第37話
「乾杯。トスマンテへようこそ」
アスカと別れ、テスラ特製のシチューを食べたあと、俺はダンテに連れられて街の酒場へとやってきた。
コップに並々と注がれたエールを喉に流し込む。
アリアの集落で飲んだ時と違い、酒場のエールはキンキンに冷えている。常温のエールもそれはそれでうまいが、冷たいエールは狩猟で火照った体を落ち着かせてくれる。俺は一杯目を一口で飲み干してしまった。
「いい飲みっぷりだな」
ダンテは、酒場の店員を呼び止めて次のエールを注文した。
「一杯いくらだ?」
「俺がおごるって言ったろ?」
ダンテは、不満そうな顔を浮かべる。
「遠慮なくご馳走になるよ。ただ、貨幣の価値を知りたいんだ。なにぶん、金を使ったのはさっきの宿代が初めてだ」
ダンテの宿屋は朝夕の2食付きで銀貨5枚だった。食事の心配をしなくていいのは助かったので5泊分をその場で支払った。
昼飯の時間帯に居れば、適当なご飯を作ってくれるとのことで、その好意には甘えることにした。
ダンテは機嫌を直したようでニンマリと笑った。
「エール1杯で銅貨2枚だ。トスマンテは麦の栽培が盛んでエールの生産地でもあるから安めだな。王都では3~4枚くらいだな」
それなら心配なさそうだ。
俺は近くの店員を呼び止めて、銀貨を5枚手渡した。
「ここにいる皆にエールを一杯ずつ。余ったら店の人達にも頼む」
笑顔で頷いた店員はパンパンと大きく手を叩き、20人ほどいる客の注目を集めていった。
「ここにいる旦那から皆様全員のエールを承りましたー!どうか盛大な拍手を!!」
うぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
拍手はほとんどないが、野太い歓喜の声が飛び交う。
俺は立ち上がって客に呼び掛けた。
「暫くこの街に滞在することになった。名をセツという。よろしく頼む!!」
「ひゅーひゅー」
「わかってるね、兄さん!」
見かけない姿が目立ったのだろう。先程まで、怪しむような牽制するような視線を感じていたが、好意的なものへと変わった。
酒の力はこの世界でも絶大なようだ。もっとも、隣にいるダンテのおかげもあるだろうが。
「一杯だけご馳走になるよ」
「あぁ、それ以外はあんた持ちだ」
コツンッ
俺とダンテはコップを合わせ、乾杯を仕切り直した。
宿屋に帰る途中、俺はダンテに聞いた。
「冒険者だったのか?」
ダンテから感じる気質は守る側のものではなく、狩る側のそれに近かった。
「昔な」
「なぜ辞めた?あんたなら冒険者として十分やっていけたはずだ」
「ソフィには会ったか?」
「いや…わからない」
「5歳になる俺の娘だ。近くで守りたかった。それだけだ」
――2年前、ダンテは冒険者として活動していた。結婚し、子供が生まれてからも狩猟で生計を立てながらD級冒険者への昇格を目指していた。
その日は体の調子も良く、D級モンスターを複数討伐。それで得られる報酬もかなりのもので、3歳になったばかりの娘に何を買ってやろうかと考えながら上機嫌で帰路についた。
だが、トスマンテの街の雰囲気は殺伐としたものだった。
地面や建物の壁はモンスターの血で汚れ、少なくとも20頭以上のモンスターの死骸が転がっていた。
街の人間は大声で駆け回り負傷者の救護にあたっている。
子どもが泣き叫ぶ声も至る所から聞こえる。
モンスターの集団襲撃があったという。ダンテは発生源とは離れたダンジョンに潜っていたため、まったくそれに気づかなかった。
ダンテは担いできた大量のモンスターの素材を投げ出し、自宅へ向かった。
幸い、モンスターによる襲撃は街にいた冒険者の奮闘で入り口で食い止められ、非戦闘民への被害は無かった。
ダンテは自宅に帰ると、泣き叫ぶ我が子を抱きしめた。
――「何が一番大事か気づいたんだ」
我が子を思い出しているのか、ゆっくりとした歩調で宿へと向かうダンテの顔は微笑んでいるように見えた。
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