第22話
「セツ、少し前に詰めておくれ」
白狼2頭で泉に向かうと思っていたがアリアは俺の後ろへと乗り込む。
アリアの細い腕が俺の胴体へとまわる。
「さぁ、行こうか」
アリアは体をそっと密着させて、出発を促した。
俺は白狼に合図を送り、泉の方向へと向かう。
泉は森の中央にある。その存在は知っていたが、そこを訪れるのは今回が初めてだ。
広大な森に一つしかない泉は、モンスターの水飲み場として生態系を支えていた。
集落には、牛や豚のように食糧用の家畜はいない。モンスターの肉や植物など森の恵みによって、エルフたちの生活は成り立っている。
「この泉はモンスターのものだ」
クルクは以前、そう俺に行った。
だからこの周辺では狩りはせず、極力近づかないのだと。
水の補給や小休憩の際も、毎回小川を利用していた。
「私の父が泉を作ったんだ」
アリアは泉に向かう途中、ポツリと呟いた。
元々、森に泉はなく、なだらかに流れる小川が、モンスターとエルフ共通の水飲み場だったという。
「モンスターだけのオアシスが必要だ」
そう言い出したのが前族長でもあるアリアの父だ。
他のエルフたちは、なぜモンスターのために労力を割く必要があるのかと否定的だったが、アリアの父は諦めなかった。
モンスターは完全な敵ではなく、共存すべき存在だと何度も何度も訴えた。
そしてその想いが、エルフたちの心を突き動かした。
開拓が始まったあとも、アリアの父は率先して現場労働に努めたという。
森林を伐採し、水を貯めるための穴を掘り、小川とつなぐ。単純な作業工程であるが簡単ではない。
モンスターがいるからだ。
元々、人里から隔離された森の中央はモンスターの生息地が密集している。そこで、ヒューマンたちが長時間作業していれば、モンスターが静観しているわけがない。
原則として撤退。時には討伐し、少しずつ少しずつ作業を続けた。5年をかけ、泉は完成する。
泉の存在意義がわかったのはその後のことだ。
モンスターとの予期せぬ遭遇が格段と減少したのだ。それは無用な殺生を防げるだけでなく、集落に住むエルフの安全にもつながった。
父の功績を語るアリアの声は少女のようにいきいきとしていた。
顔こそ見えないが、さぞかし綺麗な笑顔を浮かべていることだろう。
――泉に近い位置まで来るとアリアは止まれと指示を出した。
白狼から降りると地面に耳を当て、目をつぶる。獣の気配を探っているようだ。
「よし、行こう」
そこからは白狼から降りて歩いて泉へと向かう。
しばらく歩くと開けた場所に出た。
空気が変わったのを感じる。
鳥も静かに鳴いている。
そんな気がする。
この場所はとても静かで穏やかだ。
目の前にある泉はとても大きい。
独特の神々しさがあり、見た目以上に雄大に感じる。
水は青く澄んでいて、周り木々を正確に映し出している。
ふと、泉の向こう岸を見ると2匹の銀狼が姿を現した。
俺はククリ刀を抜刀しようとしたが、アリアの手がそれを制する。
「大丈夫だ。ここではこちらから手を出さない限り襲ってはこない。群れの主となると別だがね」
アリアが言うとおり、銀狼はこちらを凝視しているが襲ってこない。
しばらくすると、俺たちに気にすることなく泉の水を飲み始めた。
アリアは両膝を地面に付き、目の前で手を組む。そして目を閉じ祈りを捧げた。
俺もそれに続く。
1分ほど経ったごろだろうか。
アリアは真っ直ぐに泉を見つめたまま言った。
「セツ、集落を出な」
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