第21話

衝撃の告白から約1週間が経った。


ルシアの態度はそれまでと変わるところはなかった。すれ違えば挨拶して、たまには立ち話をする。


変わったのは周囲の男たちだ。既婚者を除き、俺への対応は明らかに変わっていた。避けたり、無視したりするならまだマシで、すれ違うたびに「二股やろう」と呟く奴もいた。


アルクは「よくあることだ」と笑っていた。ルシアの兄であるクルクはあれからとてもよそよそしい。


狩りに行くときは既婚か女性で構成されたグループに入れてもらっている。



「セツ、早いね」

早朝、朝稽古をしているとアリアが話しかけてきた。


「これから、商人と仕事の話をするんだが付いてこないかい?護衛がいたほうが相手にナメられないからね」


アリアなら強さでねじ伏せられるだろうに。


「クルクは?」


いつも、アリアの側近はクルクが務めている。


「クルクには別の仕事を頼んである。さぁ、さっさと装備を身に付けて私の家に来ておくれ」


俺は部屋に戻って、狩り用の防具を身に付けた。上半身は大牙猪の皮を使用した革鎧。下半身は洋袴ずぼん。銀狼の皮で仕立てたものだ。アルクの奥さんが作ってくれた。


「うん。似合うね。すっかりエルフの剣士だ」


アリアの家の応接間に着くとアリアが目を細めて言う。


「俺は何していればいい?」


「どうせ揉め事にはならない。私の隣に座って楽にしててくれ。ドルンドはヒューマンだ。金の話が終わったらお前のことを紹介しよう」


ーーしばらくして、ヒューマンの男二人が尋ねてきた。


「この度は商談の機会を頂きありがとうございます。アリア様。ご機嫌いかがですかな?」


「まぁまぁだね。また太ったんじゃないかい?ダムッド」


アリアと小太りの男が握手しながら言葉を交わした。もう一人は護衛だろう。


ダムッドは一瞬こちらを見たが、特に触れずに商談を切り出した。


隣で聞いているとおおよその内容が掴めた。森の一部の採掘権を1カ月の間、旅商人であるダムッドに有償で貸し出すというものらしい。


森から鉱石が取れることは、狩りの際、アルクから聞いていた。特定の区域を一定の間、採掘場として利用。その後、長寿のエルフが長い時間をかけて、草木が生い茂る森林へと戻すのだと。


外貨を安定的に確保するためにアリアが始めた新しい商いだ。


「では、さっそく野営の設営を始め、準備が終わり次第、採掘作業に入ります。」


話は滞りなく進み、無事に商談成立に至った。二人は契約書に署名し血判する。


ダムッドはカップに注がれたお茶を飲んで一息ついた後、アリアの横にいる俺に目を向ける。


「この集落にヒューマンがいらっしゃるたとは珍しいですな」


「あぁ。名をセツという。ここよりも田舎の辺境から来た旅の者だ。集落の者が森で助けられたので客人として受け入れている」


「旅の方ですか。すると、ここを発った後はトスマンテに向かう予定ですかな?」


トスマンテとはここから一番近い都市だ。

ヒューマンをはじめ、多くの種族が住むという。白狼に乗って、1日ほど走ったところにあるという。


「かもしれないね。今回もトスマンテを経由して来たんだろう?様子はどうだった?」


アリアが俺の代わりに答えた。


「例年通りの賑わいですな。ただ、最近はブーガの被害が少し多いとか」


「女攫いのブーガか…厄介だね」


ブーガというのは恐らくモンスターのことだろう。


転生してきて、しばらく暮らす中で、神の恩恵である会話能力に限界があることに気づいた。

元の世界の知識で定義できない存在は頭の中で変換されず、意味もわからないままだ。

誰かに教えてもらうしかない。


反対に、元の世界の常識で説明できる場合は自動的に変換され、意味を認識することができる。

1週間は7日であるとか、ズボンは二股に分かれた袴であるとか、コンビネーションは連携である、とかそんな具合だ。

おかげで俺の話し方はすっかりこちら側に染まってしまっていた。


とにかく、魔力やら魔纒まてんやらオークやら、この世界ならでは存在はこれから地道に学んでいくしかない。

当分、田舎者で突き通す必要がありそうだ。


「セツ様。改めまして旅商人のダムッドと申します。以後お見知りおきを」


「よろしく頼む」


「アリア様とは、採掘の事業のほか、物資の売買でもお世話になっております。セツ様も何かお手伝いできることがありましたたらお申し付けつださい」


「魔纒については何か知っているか?」


「申し訳ありません。戦闘分野に疎くアリア様のほうが詳しいかと。必要ならお調べしますが……」


「金か?」


「適正価格でやらせていただきます」


ダムッドは丸まった口髭を触りながらニッコリと笑顔を向ける。


「ならいい。金もないんでな」


「そうですか……であれば、トスマンテで冒険者として稼ぐことをお勧めします。金は正義ですから」


「金は正義」。この言葉にやけに力が入っていた。


「そうかもな」

俺は適当に応える。


「それが真実です。マリア様も今以上に資金が必要であればいつでもお申し付けください。この森は広大だ。もう少し採掘規模を広げても問題ないでしょう。例えばあの泉とか……」


「ダムッド」


アリアが強い口調でダムッドの言葉を遮る。


「泉の話をするなら、採掘の件もなしだ」


ダムッドはとんでもないと言うようにわざとらしく首を振る。


「これは失礼しました。どうか今後ともダムッド商会をご贔屓に」


ダムッドたちは森の方へと去っていった。


ダムッドの姿が完全に見えなくなってからアリアが言う。


「セツ、二人だけで泉に行こうか」

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