第9話


                  9(最終話)




 着いたのは、徒歩で約10分の カラオケ店 だった。




 入店して手続きをして、部屋に向かう。 指定したのは、一番少さい部屋だった。


 以前にも二人で来たことのあるカラオケ店に、彼女はなぜか浮きだっていて、コントローラーを持とうとした手を祥太が先に払いのけ、彼女に対して言い放った。




「もう、いいかな、オレたち........」




 唖然とする彼女。




「おわりだな」


 更に祥太。




 暫くの沈黙の後、すすり泣く声が聞こえだして、それは次第に大きくなり、そして鳴き声に変わった。




「あ....、あれは....ちがう..の....」


 と言う彼女。


「違わないよ。オレ、見たから、しっかりと」




「ちが....」


「違わないよ、見たから」


「だから。....」


「違わないよ、見たから」


「そうじゃ....」






「嫌がって無かったし」


 この一言に、なにも出ない彼女。






「お互い、セックスも初めて同士だったし、もういいじゃないか?」




 この一言が、彼女には一番キツかった。


「そ....んな、言い方....」




「もう解放してくれよ、愛良あいら。 オレ頑張って恋愛した。 オレ、頑張って彼氏した。 だから、もういいだろ? もう許してやってくれよ、オレの事」


 この祥太の一言で、今まで自分が執着していた事に気が付き始めた 愛良。




「わたしは、只々、あなたを好きだっただけなのに」




 スクリーンは相変わらず 設定画面のままだ。


「................」


「なにも言ってくれないのね」


「................」


「そう....分かった........でも、最後に言わせて」


「................」


「あの男の子とは、まだ付き合って無いの。 ただ、最近アプローチがすごくて、それで........、流れで....」


「流された....と」




「な....、言い方....」




 悪い事は出来ないとは、こう言う事なのか、たまたまの初めての瞬間に、彼に見られたという事だった。 


 だが、祥太は違う事実を聞かされていた。




「愛良。 本当の事を言ってくれないか?」


「え?....、なにが?」


「いいから。 本当に怒らないから、言ってごらん」


「だから、なにを?」


 このやり取りに、ピリオドを打ちたい祥太は、本当の事実を愛良に告げる。




「本当は、あの男とは、数ヶ月前からなんだろ? しかも、付き合っているって聞いた」


「!!........」


 愛良はまさかと言う形相に変わり、すぐに否定してきた。


「そんな事は無いの、さっき言った事がホントなの」


 さすがにまだ否定してくる愛良に、祥太は、次第に気持ちが離れていくのが、自分自身で気づいてきた。


「愛良。 もういいから。 そこまで言うなら、もうこれっきりだ、じゃあな」


 そう言い残して、愛良を残し、部屋を出て、清算を済ませてから、カラオケ店を出て行った。




 実家に帰ってから、愛良に関するスマホ絡みを、全てブロックした。 その最後のOKマークをタップする時には、さすがに頬から涙が流れてきた。








 愛良の浮気は、今日の教授との会話中で、出た話だった。




 ここ数ヵ月前から、愛良と2年の男子生徒が、良く腕を組んで学内を歩いている光景を、この教授が見る機会が増えたので、祥太とは別れた物だと思っていたみたいだった。


 しかし、今日の午前中、祥太が教授との面会で、その話が出た時に、未だに祥太と愛良が付き合っていると、祥太から聞いた時、教授は唖然としたのだった。


 そして、祥太が教授に聞いてみたところ、その事実が発覚したのだった。


 この事実を聞いた時の祥太の衝撃は、大きかった。






『もういいかな....』






 そう思い、祥太は愛良に対して、とことん愛情が冷めきってしまったのは、この日の教授との会話の時からだった。






              ◇ ◇ ◇






 咲彩が新入社員で、MRエムアールコーポレーションに入社してきた。




 年が明けて、春になり咲彩は新社会人となり、祥太と一緒の会社に入った。




 咲彩が入社して暫くは、現場に出ている祥太が結構同僚・下請け業者の作業員の人達から、からかわれたが、咲彩の性格を知る人達から“男前な女”と言うレッテルが付き、さらに1年が過ぎた頃には、24歳にして、姉御肌が板につくようになっていた。


 咲彩の性格上、直近の上司に対しても、言いにくい事は、オブラートにも包まずに、キッパリと言い切り、それがかえって上層部に良い印象を与えていると言う事になっていた。


 この咲彩の性格に、“良く付き合っていられるな”と言う事を、時々言われるが、祥太はその事については、笑ってごまかしていた。




 二人きりになると、コロっと変わる咲彩の態度に、祥太はとにかく参ってしまっていたのだった。


 特に、祥太にとってのトラウマである “恋愛での嘘”が、全く無く、咲彩の性格上、嘘がつけない。 “嘘をつくなら、最初からバラす”と言っていたのは、祥太しか知らない事であった。


 そんなところも、祥太が惚れた、咲彩の良い所であった。






 入社から2年が経ち、咲彩も事務に慣れてきた頃、祥太は早々と、第2工事主任と言う、異例ともいえる出世をした。 だが、そんな時期に、祥太に事件が起きた。




『ねえ、祥太さん、私達もう一度やり直せない?』


 大体このような内容の、愛良からの メール だった。


 愛良は携帯を、機種変して、番号も変えていたので、こうしてメールが届いたのだった。


 さすがにもうすぐ30歳になろうとするこの時期、今は絶賛ゾッコン中 の咲彩が居る祥太には、このメールの内容は、到底受け入れられる事が出来ず、このメールが来たことを、咲彩に見せたのだった。




 しかし、それを見た咲彩は。


「あはは、何これ?  いまだに翔太さんの事を狙っているんだ。 多分彼氏と別れたからなんだよね」


「それしか無いな。でも。他に彼氏作ればいいんじゃないかと思うが」


「過去に一度付き合った事があるから、まだ気持ちが残っているんじゃないかと、探りを入れてきたみたいね」


「なるほど、やはり女の考えは、女でないと分からないんだな」


「は~い、そうで~す」 




 と言いながら、咲彩は真剣な目をして、祥太に宣言した。




「ぜぇったいに、祥太さんは渡さないから!   もう、こうなったら、結婚だぁ、けっこ~ん!!」




 この咲彩の  “結婚したい”  宣言がきっかけで、この年に二人は籍を入れる事となった。




「ま、近いうちにオレがプロポーズしようと思っていたんだが、男らしい嫁からされてしまったよ」


 とは、所帯を持った後の祥太が、飲み会で暴露した、プロポーズのエピソードだ。




 この時期には、愛良からのアプローチが一切無くなっていた。




 また、この年の春に、藤堂とうどう 朝樹あさきが高校卒業後に、入社した。






               ◇






 次の年には咲彩が妊娠。そして女児を出産した。




 祥太と咲彩の子供、留美るみは、父親と母親の、良い所ばかりを受け継いだ、カワイイ女の子だった。


 祥太の可愛がりと言うものは、半端なく。 いままで会社人間と、愛妻家と言う、2足の草鞋(?)だったのが愛娘と言う、新しい草鞋も加わった。


 当然、スマホ・PC・タブレットの壁紙は、愛娘と言うのは当然である。






             □ □ □






 祥太の勤めるMRコーポレーションには、現場作業員として 藤堂 朝樹(藤堂あさき)、さらに数年後には、事務職として大卒の 鈴木すずき 愛美あいみと、短大卒の 希まれ 宇来うらいと言う、新人が入って来た。


 やがてと朝樹と宇来は、ちょっとした出会いから、親しくなり、結婚まで発展するのだが、これは すでに投稿している “結婚したい” の小説で、披露しているので、朝樹と宇来の馴れ初めは、そちらをお読みください。






 次話は “おまけ” になります。












  あとがき






 この小説をお読み下さり、ありがとうございます。




 この小説の元になる “結婚したい” のサイドストーリーになりますが、どうしても、男前の咲彩の話を書きたかったので、旦那の祥太と共に、書いてしまいました。


 この小説には、藤堂 朝樹 と、 希 宇来 は出て来ません。当り前ですが....。


 本当は、まだ続けたかったんですが、また気が向いたら短編でもしてみようかと思っています。




 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。








    雅也
















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