第20話 春、始動

「…という感じです。以上で女子水泳部の説明を終わります」


 今日は新1年生相手の、部活説明会だった。

 由美は女子水泳部の主将として、説明会で新1年生女子に水泳の魅力を語り、経験者には是非引き続き入部してほしいと訴えた。


「どれくらい1年生、来てくれるかなぁ…」


 と由美が放課後、体育館の片隅で待っていたら、女子水泳部はコチラですか?と、予想以上に1年生女子が来てくれた。


「伊藤先輩、プレゼンが良かったんじゃないですか?5~6人は入ってほしいって言っておられたけど、10人以上はいますよ!」


 由美の後輩、2年生の宮田紀子が言った。


「ホントだ。嬉しいね!」


「やっぱり、先輩の人柄もあると思いますよ。アッチの男子水泳部なんて、まだ新入生が来てないですし」


「いや、そんなの、照れるよ~」


 由美は伸び始めていた髪の毛を再び刈り上げ、髪型だけは男子と変わらないくらいのベリーショートにしていた。

 更に背は高い上に、喋り声は女の子そのもので、指導も適格だから、今の女子水泳部の2年生も、由美を慕っている部員が殆どだ。


「1年生のみなさーん、女子水泳部に見学に来てくれてありがとう!では早速、主将の私が泳ぎのデモンストレーションを…と言いたいところですが、学校のプールが使えるようになるのはゴールデンウイーク明けになります。それまでは、足腰の強化をメインにした基礎トレーニングを行いつつ、土曜日の部活だけは保土ヶ谷プールまでプチ遠征して、泳ぎの練習をします。皆さん、普段の陸上トレーニングは体操服で行いますから大丈夫ですけど、土曜日は水着が必要になります。水着持ってないよ~っていう1年生の方、いますか?」


 由美が見回してみたが、誰も手を上げない。大丈夫そうだ。


「水着ないよ~って女の子、いないよね?もし今恥ずかしくて手を挙げられなかったら、後でこっそり私に教えて下さいね。一応女子水泳部共用のレンタル水着が、S,M,Lのサイズで2着ずつありまーす。でもそんな、誰が着たか分かんないのは嫌じゃ!っていう女の子は、自分の水着を用意してくださいね」


 ここで1年生に笑いが起きた。由美も上手く喋れているなと、ちょっと自信を持った。


「あと、普段の練習が5月以降、毎日プールに変わると、水着も何着か用意しないといけないので、ここはご両親にねだって下さいね」


 ここで1年生から質問が出た。


「すいませーん、質問でーす。5月以降の練習用水着って、何着用意すればいいですか?」


「あっ、なかなかいい質問だね、ありがとう。アタシは最初、3着買ってローテで着回してましたけど、3着だとすぐダメになるので、4~5着あったらいいかな?ま、あくまで個人的な思いです。いきなり5着も買うと、ご両親もスポーツ店もびっくりだと思うので、少しずつ増やして下さい」


 更に別の1年生から質問が出た。


「すいませーん。水着の柄って、なんでもいいんですか?」


「はい、普段の練習用は、どんなのでもいいです」


 ここで1年生の間からは、ヘェーという驚きの声が上がり、それなら曜日ごとに選べるねとか、色々選べて楽しそうという話し声も聞こえてきた。


「ただ!大会本番では、大会指定の水着を着ることになります。大会指定といっても、要はその学校公式の水着として登録してあるもの、ってことなんです。なので最低1着は、高校公式水着を買わなきゃいけないんですけど、これはまた大会が近づいたら詳しく説明しますね」


 ハイ!と1年生の声が聞こえてきた。


「他に質問ありますか~?もしなければ、今日はどんな基礎練を陸上でやるかを説明しますね。あと女子水泳部が使う場所の説明もします。さすがに今日はみんな体操服は持ってないと思うから、説明だけにしまーす。アタシに付いてきて下さいね」


 由美がそう言い、新1年生と2年生を引き連れて、ゾロゾロと体育館から出て行った。由美の指導力が際立っていた。


@@@@@@@@@@@@@@@


「…ハイ、ここですか?由美様」


「んあーっ、そこそこ!気持ちいいよーっ、お兄ちゃーん」


 俺はうつ伏せになった由美の体をマッサージしていた。特に足が疲れたというので、足をマッサージしていた。しかしなんと艶かしい声をだすのだ、我が妹は。


「お兄ちゃん、肩から背中も…お願い」


「しょうがないなぁ。張り切りすぎたんだろ、新1年生が予想以上に来て」


「エヘヘ、そうなの。今の2年と3年足した数、来てくれたんだよー。だから説明も張り切っちゃって、喉が痛い」


「喉はマッサージ出来んから、トローチでも舐めときな。…あの、さ…。肩や背中をマッサージしてやるのは構わないけど…さ…。俺が触れちゃいけない着衣があるような気がするんだけど」


「なに?ブラジャーのこと?気にしないでいいよ。だってブラに触られるのを気にして脱いだら、ノーブラになって、お兄ちゃん鼻血出すかもしれないし」


「なっ…妹のノーブラで鼻血なんか出すかよ!」


「えーっ、本当?試してみるぅ?」


「やめろー」


 この日も俺は妹に、いいようにあしらわれて終わっていった…。


 とはいうものの、俺と由美の3年生としてのスタートは、ほぼ順風満帆といえるだろう。


 俺も火曜日に家庭教師していた女の子が高校に合格したおかげで、ぜひウチに…と新たな引き合いがあり、再び家庭教師として火曜日にバイトすることになった。

 何かの因果か、又も中3の女の子が相手なのだが、今度は英語ではなく数学が苦手な子らしい。


「えー、お兄ちゃん、数学得意だっけ?お兄ちゃんよりアタシが教えに行ってあげようか?」


 と由美が言ってきた。今日は日曜日で、由美の水泳部はまだ4月中とあって日曜は休みだった。俺の居酒屋のバイトも、入居しているダイヤモンド地下街全体が改装工事に入ったため、昨日からしばらくの間、お休みになっていた。


「由美はそれより、インターハイに出れるように頑張れよ。俺だって中学校の数学くらいなら、思い出せるさ」


「本当…?」


 と言って、由美は俺の背後に忍び寄り、密かに俺が机の上に置いていたおニューの「高校受験・数学」の参考書と問題集を発見し、


「見ーつけたっ!そんな真新しい参考書買って、お兄ちゃん、陰で努力してるんだね、ヨシヨシ」


 と、俺の頭を後ろから撫でてくるのだが、どうやら最近またふくよかに成長したと思われる胸部が、意識してるのかどうなのか分からないが俺の背中に当たる。


「あの…由美…様…。アナタのお胸が兄貴の背中を刺激しているのですが…」


「へ?なになに、お兄ちゃんもアタシの胸で、ついに興奮するようになったの!?成長したねぇ」


 と何故か再び頭をヨシヨシと撫でられた。


「これまでは貧乳とかまな板とか洗濯板とかブラジャー要らずとか言ってたのに、やっとアタシの胸の存在を認めたのね。アタシも牛乳飲み続けて良かったよ」


「なんだ由美、怒らないのか?」


「えーっ、だって今まで無いことにされてたアタシの胸の存在を、お兄ちゃんが初めて認めたんだもん。当たってるどうこうよりも、なんか嬉しいよ」


「いや、胸が無いなんて言った覚えは……えーっと…」


「ほら、口籠っちゃって。アタシは覚えてるよ、喧嘩した時に『このブラジャー要らずが!』ってお兄ちゃんが言ったの」


「い、いつの話だよ…」


「えっとね、高校入ってすぐだから2年前の今頃かな?」


「よく覚えてんなぁ…」


「言われた方は忘れないよ。特に貧乳コンプレックスだったんだから、アタシは。その後から、絶対巨乳になってやる!って誓ったんだからね!」


 だから最近、洗濯機に入ってるブラジャーのカップが大きくなっていたのか。


「アタシの理想は、サキ姉ちゃんの胸!」


「へ?」


 俺と咲江は付き合い始めたとは言うものの、まだ手すら繋いでもいない間柄だというのに、由美は咲江の胸を見たというのか?


「この前、アパートに来てもらった時にね、お互いの胸を見せ合ったんだよ」


「だから最初から男子禁制って追い出されたのか」


「そう。そしたらサキ姉ちゃんの胸って、とっても形がいいの!お兄ちゃん、まだ遭遇してないんでしょ?サキ姉ちゃんが言ってたもん」


「そ、そうだよ。悪いか?健全なお付き合いだからな」


「別に。その時にね、正しいブラジャーの付け方とかも教わったんだ。こう付ければ、もっと魅力的になるよって」


 小声で俺に聞こえないように話していた時だろう。


「アタシは目から鱗だったよ~。お兄ちゃん、極上のナイスバディなサキ姉ちゃんを彼女に持ってるんだから、もっとお兄ちゃんも最近気になる腹回り、なんとかしなきゃ!」


「お前に言われたくないよ!俺は腹回りは気にしてないからな」


「とかなんとか言ってたら、あっという間だよ、太るのって。太ったらサキ姉ちゃんに嫌われるよ〜」


「気になることを言うな!」


 なんで俺より年が下なのに、こんなに口が達者なんだ、我が妹は…。


【次回へ続く】

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