第19話 女2人話
俺の彼女、石橋咲江に会いたいと妹の由美が主張して、咲江が平成2年4月の日曜日の午後に、いずみ野のアパートに来てくれた。
最初は由美が初めて会った際の不義理を詫び、硬い雰囲気になっていたが、咲江が持ってきてくれたケーキや俺が淹れたコーヒーを機に、少しずつ雰囲気も柔らかくなっていた。
しかし俺は早々に、
「お兄ちゃんは男子禁制ね!」
と由美に宣告され、しばし8畳部屋を半分に区切った4畳の俺のスペースに籠る羽目になった。
なんなんだ、最初から女同士の話に突入する気満々なのか?
いつもは開いたままの、4畳半と元々8畳の部屋の間の襖まで閉められてしまったので、あまりに息苦しく、由美のスペースとの間に引いてあるカーテンを開けた。
すると、最近買ったのか、見たことのない競泳用水着が2着、飾ってあった。
古くなったのを買い替えたのかもしれないが、今年の夏にかける由美の意気込みが伝わるようだった。
と同時に、男としての本能がちょっと働いてしまったのは否めない。
股間からの切れ込みが、凄い急角度なのだ。ハイレグというらしいが、角度が急なほど少しでも速く泳げるらしい。
だがこんな急角度で、由美の女性としての大事な部分はちゃんと隠れるのだろうか?
男としての興味半分、兄としての心配半分な気持ちになってしまった。
だが不思議なもので、これが俺とは全く無関係の女子高生や女子大生だったら、多分水着のVゾーンを意識してガン見してしまうだろう。
下着も一緒で、由美のパンツがスカートから見えたりしても特に何とも思わず、時によってはパンツ見えてるぞ!と注意したりするが、俺とは無関係な女性の場合は、つい見てしまう。
由美はいつか、それがお兄ちゃんの健全なところだと言って、気にしない素振りをしていたが、たまに自分自身で嫌悪感を感じることもあるのが嫌だった。
・・・一応、本などを読んで男子禁制の時間を過ごしていたが、襖が薄いのと女子2人の息が合ってきたのか、段々会話のボリュームも大きくなってきて、今はほぼ襖など意味がない状態となっている。
『サキ姉ちゃんは、部活はいつまで続けたの?』
お?由美は咲江のことをサキ姉ちゃんとまで呼んでいるじゃないか。
『アタシもね、インターハイ目指してたんだよ。だけど、県大会の壁を越えられなくてね。7月一杯で引退になっちゃった』
和気藹々と話している。良かった…。これでバレンタインからの懸案事項が、一つ消えた。
『サキ姉ちゃんは、引退したらすぐに受験勉強したの?』
『ううん、しばらくはボーッとしてたよ。インターハイに出れなかった悔しさが残っててね。たまに高校に顔出して、新体制になった陸上部で走ったりしてたけど、後輩からの圧が凄いんだ』
『え?後輩からの圧?』
『そう。引退したのに、いつまで出て来るんだ、みたいな圧。それが分かってからは、陸上部に行かなくなって、引き籠ってたかな~』
『へー、先輩なのに。そんな態度されると腹が立たない?』
『仕方ないよ。新しい体制になって、既に来季を目指して動いてる所に、引退した人間が頼まれもしないのに先輩風吹かせてやって来ても、現役生はいい気しないよね』
2人の会話を聞いていると、いつも俺に甘えたりふざけたりしている咲江が、物凄く大人びた存在に思える。
やっぱり中高6年間、体育系部活で過ごしてきたのは伊達ではない。
『ところでサキ姉ちゃん、今の大学を受けることになったのは、何かキッカケがあったの?』
『うーんとね…。順番に話すと、少しは推薦の話もあったんだ。陸上で』
そうだったのか?!俺は初めて聞く話だった。
『でもね、アタシはもう限界だと思ったの。これ以上陸上を続けても伸びしろがないと思ったの。アタシは高校から陸上を始めたから、中学から続けてるみんなに追いつこうと必死になってたのね。その分、練習とか時間配分とか無茶苦茶な方法でやってたから、そのせいか怪我にも悩まされたし。なのに推薦で大学受けたりしたら、4年間陸上に縛られちゃう。それは無理だと思ったの。だから陸上での推薦は全部断って、普通にアタシの実力で行ける大学、親からは自宅から通える大学にしろって言われてたから、横浜周辺で大学を探して、自分の実力に合った今のK大学を受けたんだ』
咲江は俺にも、ここまで詳しく話してはくれていなかった。もっとも俺がなんでこの大学にしたの?と聞いてこなかったのもあるが…。
真剣に大学を探してK大にした咲江に比べ、本命に落ちて仕方なくK大に通っていた自分が情けなくなってくる。
『そうなんだぁ…。凄い勉強になったよ、サキ姉ちゃん!そしてK大の軽音楽サークルで、ウチのお兄ちゃんと出会ったんだね』
『エヘヘッ、そうなるね。由美ちゃんは、今はインターハイで頭が一杯でしょ?』
『うーん、そうなっちゃうの。親や先生は、進路を考えろって言うし、近々進路希望調査も書かされるんだけど、まだ卒業後自分がどうしたいっていうのが分からなくて。サキ姉ちゃんは高3の今頃、進路って考えてた?』
『えっとね、全然考えてなかった!』
2人は爆笑していた。そう言えば俺も、バレーで3年の時こそはインターハイに出たいと思ってて、大学がどうこうとかは考えてなかったな…。2年生の時に嫌な思いをさせられた分、絶対に見返してやるって思ってたな。
『まあ由美ちゃんの場合、水泳だから、そんなに酷い怪我とかしてないんじゃない?どうかな?』
『うん。しいて言えば夏の屋外プールでの日焼けくらいかな…』
『じゃあ大学に進んでも、水泳は続けられるね。由美ちゃんとしては水泳は続けたい?』
『うーん…。とか悩んでるけど、結局続けそうかな。ハハッ』
『そしたらインカレ目指す厳しめの大学を狙うか、もうちょっと緩めの水泳を楽しむサークルの大学を目指すか。そこから考えた方がいいかもね』
『なるほど…。さすがサキ姉ちゃん』
『何にしろ、今はまだ焦らないでいいよ。インターハイを目指すことに専念するくらいの気持ちでいいんじゃないかな』
『ありがとう、サキ姉ちゃん。そろそろお兄ちゃんを監禁状態から戻してあげないといけないかな?』
『そうね、センパイ、何してるかな?』
という声が聞こえたので、俺は慌てて由美との間のカーテンを閉め、机で読書している体を装った。
と同時に襖が開いた。ギリギリセーフか?
「お兄ちゃん、疲れたでしょ?もう男子禁制の話はないから、いいよ」
俺は一応、疲れた~というような表情を作って、由美に聞いた。
「そうか?お前、女としてサキちゃんに聞いておきたいことは聞いたのか?」
「うん。それは早々に聞いたもん。ね、サキ姉ちゃん」
「あの話ね。うん、アレはセンパイには聞かせられないよねー」
なんなんだ、まだ小声で話してた時、一体何を話したんだ?女としての話だからあまり突っ込めないし、かといって2人の秘密みたいな言い方されると気になって仕方ないじゃないか…。
でも2人が仲良くなってくれたのは、俺には嬉しいことだった。
もし、俺とサキちゃんが結婚まで進んだりしたら、否応なく由美は義妹になるからだ。
ま、そんなことを考えるのはまだ早いか…。
「ところで俺、そろそろ居酒屋のバイトに行くけど、サキちゃんも行く?実はいつも由美を連れてって、賄い飯を夕飯にもらってるんだ」
「わー、センパイのバイト先に行ってもいいんですか?センパイの働いてる姿が見れるなんて、嬉しいです!連れてって下さ~い」
「じゃあみんなで行こうか。いずみ野線に乗って、横浜駅に着いたら、ダイヤモンド地下街の2階ね」
「えー、アタシ迷子になったらどうしよう…」
「大丈夫!サキ姉ちゃんはアタシがちゃんと案内するからね。お店に近付くと、お兄ちゃん、仕事モードになるから、その変身も面白いかも」
「わ、興味沸くね!」
「はいはい、出るよ~」
「はーい」
女子二重奏の返事が返ってきた。予想外に楽しみなようだ、俺が居酒屋でバイトするのを見るのが…。
【次回へ続く】
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