第15話 駆け引き?

 俺が風邪をこじらせたせいで、妹と2人暮らしを始めて初の年末年始を、両親とは別に過ごすこととなってしまった。


 年末は掃除をしていたら年越しソバを作るのは面倒になってしまい、緑のタヌキで済ませてしまった。

 紅白も由美と2人で見ていたが、いつもだと父や母が最近の歌手について下手だとか文句を付けてくるので、それが無かったため、却って落ち着いて見ることが出来て良かった。


 そしてそのままゆく年くる年を見ながらカウントダウンをし、0時を回った瞬間に、改めて由美に話し掛けた。


「明けましておめでとう、由美。悪かったね、俺のせいで金沢に行けなくなって」


「お兄ちゃん、明けましておめでとう!ううん、金沢に行くより、お兄ちゃんの体調の方が大事だもん。金沢なんて、横浜より寒いでしょ、きっと。アタシもお兄ちゃんも元気で、そんなに忙しくない時に、一度金沢に行ってみようよ」


「そうだね。父さんたちは新幹線で行ったけど、俺はさ、横川って駅だったけ。あの駅で数分停まってる間に買う釜飯が好きなんだよな~」


「あの、なんだっけ、途中で座席を回転させるんだよね、向きが変わるからって。その特急でしょ?」


「それそれ。どうせ金沢に行くなら、それで行きたいな~」


「うん、そうだよね。その特急で行こうよ」


「でも1月の間は俺が大学の後期試験だろ、2月から俺は春休みだけど、由美は中間とか期末とかあるだろ。水泳の大会とかはあるの?」


「その時期だと、JOCの予選があるかな…。出れるかどうか分かんないけどね。だから2月中旬から3月上旬までは、一応空けといてほしいんだ」


「そっか。じゃ、俺のバイトの都合もあるし、3月くらいに一度金沢に行ってみようか。そんなんでいい?」


「うん。いいよ。それまでアタシはアタシで頑張るし、お兄ちゃんも頑張ってね。バレンタインもあるし、もしかしたら大学のサークルの女の子からもらえるんじゃないの?」


 由美は本心を隠し、ちょっとからかい気味に言ってみた。


「まっ、まさか…」


 と言いつつ、俺は脳裏にサキちゃんの顔が浮かんだ。きっとサキちゃんは、俺にチョコをくれるはず…。義理か本命か分からないが…。


「そういう由美は、誰かチョコを上げたい男子とか、いないのか?」


「うーん…。特にいないかなぁ」


 由美はそう言いながら、本当はお兄ちゃんに、本命を上げたいんだよ、と心の中で呟いていた。


「じゃあ、俺にくれよ。手作りなんかしなくていいからさ。ま、勿論義理で構わないよ。もし俺が誰からももらえなかったら惨めだから…」


「うん!いいよ!豪華な義理チョコ、プレゼントするから、期待しててね!」


 本当は、本命だよ…と由美は内心で思っていた。


(あっ、もしかしたらこういうのをブラコンって言うのかな…?)


 由美が正樹と2人暮らしを始めた頃、同性ならいいけど兄貴と2人でアパートに住むなんてあり得ないって、ブラコンじゃないの?と、クラスメイトから言われたことを思い出した。


 その時は初めて聞いた言葉だったし、まさか自分の兄に好意を抱いているなどとは露にも思いもしなかった。


 しかし毎日一緒に過ごしていると、兄・正樹の優しさが嫌でも伝わってくる。


 精神的に不安になった時、寂しい時、怖い時など、小さい時と変わらず、大丈夫、大丈夫、と背中をトントンとしてくれたり、頭を撫でたりしてくれる。


 由美より先に帰ってきた時は、料理、洗濯、風呂などを先に準備していてくれる。


 何より由美の前では、悩んでいる姿を見せない。いつも明るく、由美の前では振舞ってくれる。


 きっと大学での悩みや、由美の進路についてとか、色々考えているのだろうが、それは由美のいない時間帯や、寝る前に考えているのだろう…。


 改めて由美は、両親とともに金沢へ引っ越すという選択をしなくて良かったと思った。


 炬燵に入り、正月のテレビ番組を見て笑っている正樹を見て、由美は改めて兄・正樹のことを大切にしようと思った。


(お兄ちゃん、好きだよ…)


@@@@@@@@@@@@@


 俺は1月中はずっと大学の後期試験だったので、ちょっと由美に家事を助けてもらった。


 由美も一度、どんな試験が出るの〜と興味深く俺の机を見に来たが、難しそう〜と言ってそのままUターンしていった。


 その後期試験も終わると、大学は長い春休みに入る。

 俺の軽音楽サークルは、卒業式の後に、先輩の追い出しコンパがある。

 各バンドが一曲ずつ披露して、先輩方がメッセージを1人ずつ読み上げる、という儀式があるので、春休み期間中もサークルの部屋は空いていて、バンド毎に練習日程を決めて、一曲仕上げていくようになっていた。ただ大学祭へ向けての練習ほどキツくはない。

 帰省する学生もいるので、集まり方も暇な時に楽器を吹きに来るという感じだ。


 代わりに由美が、3学期の中間テスト期間に入り、毎日早く帰ってくるようになった。


「お兄ちゃんは良いなぁ。テストが2回だけで」


「馬鹿言うなよ、その分分量がめっちゃ沢山で、全部で何教科あると思ってるんだよ」


「でも年に2回だけじゃん。春休みも長いし。アタシの春休みはほぼ部活だってのになぁ」


「俺だってサークルやバイトはあるんだから。お互い様だよ!今いる環境で、全力を尽くすこと!」


「え、どうしたのお兄ちゃん。その熱血教師みたいなセリフ」


「えっ…。これは高校のバレー部の伝統的なスローガンだよ。由美の水泳部にも、なんかあるだろ?スローガン」


「えーっ、気にしたこと無かったな…。今度練習再開したら、見とく」


「由美の水泳部くらい、結構強い部活だと、なんかあると思うけどな。由美だって主将なんだろ?何もスローガンが無かったら、作っちゃえば良いよ」


「そだね〜」


 由美は中間テストに気を取られているのか、気乗りしない生返事だった。


「じゃあ俺は大学のサークル行ってくるから」


「はーい、行ってらっしゃい。気を付けてね」


 由美はさして気にも止めず、俺のことを見送ったが、俺は後期試験終了後のサークル活動解禁日の今日を待っていた。


 追い出しコンパの話し合いもあるが、前から好意を持っている、後輩の女の子に会いたかった方が大きい。


(サキちゃん、練習に来てないかな?)


 俺がサークル室に到着した時には、まだサキちゃんこと、石橋咲江はいなかった。


(そうだよな、そんな俺の思う通りにサキちゃんがサークル室に来るわけ…)


「せっ、先輩!お久しぶりです!」


 俺のネガティブが出そうになったところで、サキちゃんもサークル室に来てくれた。


「あっ、サキちゃん!元気にしてた?」


「ハイ!伊藤先輩に会いたいなーって思いながら、なんとか試験期間を乗り切りましたよ!」


 サキちゃんはニコニコしながら言ってくれる。この笑顔が、日々の疲れを癒やしてくれるんだよな。


「サキちゃん、上手いこと言うようになったね」


「そんなこと、ないですよ〜」


 咲江は唇を尖らせてちょっとスネてみせた。


「それでですね、先輩!あの…」


@@@@@@@@@@@@@


「お兄ちゃん、ここ最近機嫌が良いよね。何かあったの?」


 中間テストが終わり、夕飯を作っていた由美が、ちょっと余裕が出たのか、風呂場を洗いながら洗濯している俺の様子を見てそう言った。


「ん?そうかな?まあテストも終わったし、後は単位が無事取れて3年生に上がれるのを待つだけだからかな」


「アタシの女としての勘だけど、それだけじゃないよね?お兄ちゃん…」


 制服にエプロン姿の由美が言った。

 俄に俺の鼓動が上がり、嫌な汗が背中を流れる。


(まさかバレンタインの日に、サキちゃんと約束したことがバレてる?態度に出てる?)


「な、何を言ってるのかな〜、由美ちゃんは」


「えっ、やっぱり何かあるんだ!」


「な、何もないって」


「じゃあなんで今アタシのことを由美ちゃんなんて呼んだの?いつも由美、とかお前って呼んでるのに」


 嗚呼、女子を敵に回すと厄介だ。


「まあ白状するよ…。昨日家庭教師に行ってる女の子から、先生、来週はチョコ上げます!って言われたんだ。だからだよ」


「やっぱりね〜。教えてる女の子って、いくつだっけ?」


「中3だよ。もうすぐ私立の受験だから、ちょっと俺も緊張してるけど」


「可愛いねー。先生のためにって、受験生なのにバレンタインのチョコを用意してくれるんだから。ちゃんとホワイトデーにはお返しするんだよ、お兄ちゃん!はい、カレーライス出来たよ」


 俺はなんとか軽く嘘を混ぜることで由美の直撃を避けることが出来、安堵していたが、逆にその教え子の女の子とは、チョコの話などしていないので、その日には自分でその子からもらったようなチョコを用意しなくてはならなくなった。


 俺が浮ついていたのは、本当は軽音楽サークルの後輩、サキちゃんからバレンタインの日に呼び出しを受けていたからだ。


 しかしふと思ったが、サキちゃんがもし本命チョコをくれたら、俺はどうすれば良いのだろう?


 俺は単純に浮かれていたが、本命チョコを受け取って、サキちゃんと付き合わないなんて選択肢はない。

 恐らく俺は、サキちゃんと付き合うことになる。


 しかしその事を由美に伝えるべきか?


 仮に伝えた場合…由美は喜んでくれるだろうか?あるいは嫉妬するだろうか?


 …嫉妬することはないだろう。嫉妬するのは好きな異性がいるのに、ちょっかいを出すような場合じゃないか?


 俺と由美は兄と妹であって、彼氏と彼女ではない。

 きっと由美も、兄貴に彼女が出来たと、喜んでくれるんじゃないか?


「お兄ちゃん、カレーライス、不味かった?」


「へ?いや、美味いよ!由美は母さんからちゃんと伊藤家の味を受け継いでるよ」


「なーんかさ、食べながら深刻な顔してるから。アタシのバレンタインの質問で、何か色んな考えを巡らせてるのかな〜って」


 由美は淡々と聞いてきたが、俺には、女子ならではの鋭い勘が働いているとしか思えなかった。

 再び俺の背中を、嫌な汗が流れていった。


「何もないよ。テレビ見ながら食べてただけだし」


「そう?ならもっと笑っても良いのにな。だって『SHOW by ショーバイ』だよ、今。馬場さんが変な答えして、爆笑もんだったんだから」


「え、あっ、馬場さんね。食べてる途中に笑ったらダメかと思って堪えてたんだ」


「いつもなら食べてても平気で笑ったりしてるじゃん。なんかお兄ちゃん、怪しいなぁ〜」


 うぅ、なんと妹というのは突っ込みが厳しいんだ…。

 これはサキちゃんが本命チョコをくれて、付き合うことになっても、黙っていた方が良いのではないか?


「まあお兄ちゃんが何を考えてるのか分かんないけど、中3の女の子相手に変な気だけは起こさないようにね!」


「当たり前だよ!」


 今後、俺の周りの人間関係が変化していくような気がした。


【次回へ続く】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る