第13話 パンツの恩はパンツで?

「お帰り。俺の三者懇談の時とは違うな、やっぱり」


 三者懇談の後、由美は部活に戻ったので、俺は1人で先に帰宅し、台所で夕飯を作っていた。そこへ由美が帰ってきたのだった。


「ただいま、お兄ちゃん。三者懇談って、こんなに精神的に疲れるものなのね。でも市村先生が、お兄ちゃんのことを知ってたなんてビックリだよ」


「俺が中2の時だから、何年前?って思うよ。でも先生ってのは生徒のことを覚えてるものなんだなぁ」


「だから最初の保護者懇談会の時、アタシにお兄ちゃんに必ず来てほしいって伝えてと、何回も言ったのかな」


「それはあるだろうね。この伊藤由美の保護者になった伊藤正樹ってのは、昔教育実習で関わったことがある生徒じゃないか?と思ったんだろうね」


「そっかぁ…」


 由美は疲れたのか、カバンを由美のスペースに置くと、着替えるのも面倒と言わんばかりに、制服のままで四畳半の部屋に座り込んだ。


「俺の三者懇談なんて酷かったからな。母さんがいる目の前で、正樹君の今の成績では、志望校には入れません!って断言されてさ。俺その時、横浜国大と千葉大と都立大って書いてたんだよ。国公立に行けば少しは学費も安くなるかな?って思ってさ。それが親の前で一刀両断だろ。まぁ、バレーボールばっかりしてたから、無理なのは承知の上だったんだけどな」


「お兄ちゃん、三者懇談で、そんなこと言われたんだ?」


「そうだよ。まあ今は私大だけど滑り止めに受かっただけでも良かったと思ってるよ。浪人したらもっと親に迷惑かけとっただろうしな。そうだ由美、風呂湧いてるよ。先に入る?あ、因みに夕飯は炒飯と中華スープで勘弁してな」


 由美は俺のその言葉に、何故か感極まったのか、突然泣き出した。


「ありがと、お兄ちゃん…うっ、うぅっ、うわ~ん」


「ど、どうした?由美?」


 俺は台所の火を止めてから、由美に駆け寄った。


「アタシ、これからどうすればいいの…。分かんない、分かんないの…」


 泣きながらそう訴え、由美は俺に抱きついてきた。

 とりあえず俺も由美を抱き止め、小さい時のように、大丈夫、大丈夫、と背中を撫でてやった。


「お兄ちゃん、温かいね。ゴメンね、でも安心する…」


「大丈夫だよ。色んな感情が弾けたんだろ?進路とか、これからの自分はどう動いたらいいのか、とか…」


「…うん…」


「俺もそんな時があったよ。志望大学に落ち続けて、今の大学にしか受からなかった時とか」


「その頃って、アタシも高校受験の頃だよね…?」


「そう。3歳違いだもんな。だから俺はその時、暴れたいほど悔しかったけど、由美のS高校受験が上手くいくまでは…って我慢してたんだ」


「そうだったの…」


「ま、そんな昔の暗い話しても夕飯が不味くなるだけだし。テレビでも見ながら食べようよ」


 ちょっと由美が落ち着いて来たので、俺は夕飯を運び、風呂の前に一緒に食べようと誘った。テレビを付けたら、丁度志村けんのだいじょうぶだぁが始まったところだった。


「いただきます」


 黙々と炒飯を由美が食べてる姿を見て、俺は安心した。食欲があるなら、大丈夫だろう。


「どうだ、由美。美味い?」


「うん、お兄ちゃんの炒飯、上達したね!美味しいよ」


「じ、上達かぁ…。ま、ヘタになったと言われるよりはいいか」


「うん、美味しいもん。お代りある?」


 やっと由美の表情が元に戻った。


「あるよ。たっぷり作ったから、俺の右手、フライパンをずっと持ってたからちょっと痛いくらいなんだから」


 由美に炒飯のお代りをよそってやり、改めて由美に聞いてみた。


「さっきは色んな感情が昂って、自分で自分が一瞬分からなくなったんだろ?」


「うん。なんかね、大学へ行くってことは、アタシの思ってた以上に、慎重に考えなきゃいけないんだな、って思ってね」


「そうか。そう言えるんなら、由美、成長したな」


「そう?」


「先生の話を聞いてる時、俺は由美の表情も時々確認してたんだ。そしたら特待生の話の時は目が輝いてたけど、寮生活強制とか、大会で上位入賞し続けなきゃいけないって話の時は、明らかにそれは嫌だって顔になってたから」


「うん、そんな自由がない大学生活は、嫌だよ。もし大学に行けたら、水泳は一番に頑張るけど、プライベートだって楽しみたいし…」


「彼氏もほしいだろ?」


「え?そっ、そんなの、要らない」


「またまた〜。年頃の女の子が彼氏要らないなんてこと、ないだろ?」


「いや、アタシの彼氏はね…」


 由美は、お兄ちゃんが好きだから、と言いそうになったのを、必死に抑えた。


「アタシの彼氏は水泳だから」


「うーん、まあ今はそれでもいいよ。そうだ!色々大変だった今日1日のご褒美!」


「えっ、何々?」


 俺は押入れに隠しておいた、勝負パンツが入っている、ラッピングされた箱を取り出した。


「さ、由美、開けてごらん」


「お兄ちゃん、これってもしかしたら…アレ?」


「期待に添えるような柄なら良いんだけど」


 由美は炒飯2杯目を急いで食べ終わって、ごちそうさまと合掌してから、ラッピングを丁寧に剥がし、中に入っている女性用のパンツを見た。


 俺は由美がどんな反応をするのか内心ドキドキしていたが、由美は…


「うわぁ、可愛い!これはカッコいい!ありがとう、お兄ちゃん、今まで持ってないようなパンツを3枚も!嬉しいーっ!」


 予想以上に喜んでくれた。俺はホッとした。

 今日の最後に、由美を喜ばせることが出来て、俺自身も荷が降りた感じになった。


「お風呂湧いてるんだよね?お兄ちゃん!」


「うん、湧いてるよ。時間が経ったから、少し湧かし直しした方がいいかも…」


「アタシ、お風呂入るね!わー、お風呂上がり、どのパンツにしようかなっ」


 由美はパジャマとブラジャーを持って来て、


「じゃお兄ちゃん、後でね〜」


 と、風呂に入っていった。


(新しいパンツだけで、あんなにテンション上がるのか…。女の子だからか?)


 俺は苦笑いしながら、台所の後片付けを始めた。


 風呂場からは、由美の鼻歌が聞こえてくる。よほど嬉しかったんだな…。俺もパンツを何枚か買ってみようかな…。


 その後は俺がクリスマスプレゼントとして由美に上げたパンツ3枚が、よほど由美には気に入ったのか、その3枚を毎日ローテーションで穿いているようだ。

 洗濯していると、よく分かる。


 2学期修了の今日も、どうやら俺のプレゼントしたパンツを穿いているようだ。


「由美、俺のプレゼントしたパンツ、気に入ってくれたのは嬉しいけど、毎日ヘビロテしてたら、すぐにまたボロボロになっちゃうよ?ここ一番って時に穿くんじゃなかったっけ」


「えー、だってさぁ、お兄ちゃんから下着、しかもパンツもらえるのって、こんなに嬉しいんだ!って気分なんだもん。お兄ちゃんはこの3つの柄を選ぶのに、下着屋さんで恥ずかしそうに悩んだんだろうな、とか考えたら、余計にそう思うよ」


「そっ、そりゃあ…そうさ。そごうの中の女性下着専門店に、一番空いてる時間帯を狙っていって、彼女へのクリスマスプレゼントだって言い張って、買ったんだから」


「なんかお兄ちゃんが下着屋さんで真っ赤になりながらイチイチ説明してるのが目に浮かぶよ~。決めた!アタシもお兄ちゃんにパンツプレゼントするから、期待しててね」


「えっ?いっ、いいよ、そんなの…」


「また照れちゃって。パンツもらったからには、パンツでお返ししなくちゃね。じゃあ今日は部内記録会だから、もらった3枚のパンツで、一番勝負向きのパンツ穿いて行くね。頑張るよ!行ってきまーす」


 数日前の三者懇談で、進路のことで一瞬取り乱すほど悩んでいたのが嘘のようだ。

 まあ由美には、そんな元気な姿が似合う。


 実は俺は三者懇談の後、由美がいない時を見計らって、金沢の母に電話をしておいた。


 由美がかなり進路について悩んでいること、国立大学も東大とかじゃなきゃ十分目指せる位置にいること、だが金沢大学と言われてもピンときてないこと、関東地区の水泳部の強い私大なら推薦入試も可能なこと、だが全寮制と聞かされてそれは嫌だと思っていること…。


 母は「悩める内が華なのよ」と言って、まだ時間はあるからゆっくり考えさせて、俺には精神的支えでいてほしいと話してくれた。


 由美があれだけ悩むということは、真剣に進路について考えていることの裏返しだ。俺はサポートに徹してやろうと、改めて思った。


 そういう俺も今日は、大学の軽音楽サークルの、納会を兼ねたクリスマス会だ。

 ちょっと気合いを入れて…。

 俺もちょっと良いパンツに穿き変えていくかな。


【次回へ続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る