第10話 勝負パンツ
「お兄ちゃん、お疲れ様!」
俺がやっとの思いで保護者懇談会を終え、重い足取りでアパートへの帰り道を歩いていたら、丁度部活が終わった由美が後から追い掛けてきて、声を掛けてくれた。
「おう、由美。何とか頑張ったぞ。だけど今日はもう何も出来ないぞ。疲れたぁぁぁ」
「ごめんね、今日は料理も風呂もアタシがやるよ。でもお兄ちゃんが来てくれたから良かったよ。先生が会いたがってたから」
「そうかなぁ。最初に自己紹介はさせられたけど、その後は特に何もなかったよ?」
「そうなの?帰り際に呼び止められたりしなかった?」
「ああ。何も無かったよ」
「そうなんだ。なんでアタシに、お兄ちゃんには絶対に来てもらうように伝えて…なんて言ったんだろ」
「うーん…。あっ、もしかして?」
「えっ、何々、お兄ちゃん」
「あの先生、若かったよな。もしかしたら由美のことが好きで、卒業後に告白しようと考えていて…」
「えーっ、アタシは先生とは結婚したくないな。嫌いな先生じゃないけど、年が離れすぎじゃん。出来たらそんなに年が離れてないか、同い年くらいの男の子がいい」
「そうか…」
こんな会話から、由美の恋愛観とかを知ることが出来る。そっか、年は近いか、同じがいいのか…。
高校からアパートは近いので、そんな会話をしていたらアパートに着いた。
「ただいま〜」
「お兄ちゃん、今夜はカレーライスでいい?昨日、買い物に行って材料買っといたから」
「お、嬉しいな。待ってるよ。じゃあせめて洗濯物を取り込んでおくよ」
「うん、ごめんね~」
もう10月末なので、帰宅した頃には外は暗くなっている。洗濯物も昼間の太陽のお陰で乾いているが、冷たくなっている。
由美は手際よくカレーを作り始めていた。
「ところで由美〜」
「ん?なーに?」
「俺が言うことじゃないとは思うんだけどさ、パンツ、新しいの買ったらどう?」
「パ、パンツ?ちょっとお兄ちゃん、動揺させないでよ。火を使ってるんだから」
「だってさ、結構ボロボロのもあるし、かなり前のもあるだろ。クマさんがプリントされてるパンツなんか見られたら恥ずかしくないか?」
「見られたら…って、見せる相手はいないし。普段からブルマー穿いてガードしてるから、体育の時も心配ないし、せいぜい部活の前後の着替えでしょ。あと洗濯で、お兄ちゃんくらいでしょ。だからスカート捲れたりしても大丈夫だよ」
「うーん、そんなもんか…」
「あっ、何々お兄ちゃん、アタシにパンツ買ってくれるの?じゃあさ、試合に勝てるような勝負パンツをプレゼントしてよ」
「勝負パンツ?」
「そう。アタシ、なかなかあと一歩ってところで、今ひとつ突き抜けれないんだよね。勝負用の競泳水着はあるけど、そんな試合の時に穿く勝負パンツ、何枚か買って~」
変な方向に話が行ってしまったが、妹の頼みとあれば仕方ない。
「分かった、何枚か買ってあげるよ」
「うわー、ありがとう!お兄ちゃん」
「その時は、由美も一緒にお店に行ってくれるんだろ?」
「え?プレゼントをしてくれるのに、アタシも同行するの?やっぱりプレゼントって言ったら、アタシはドキドキしながら包装を開けたいじゃない?恥ずかしいかもしれないけど、お兄ちゃん、1人で下着屋さんに行ってみて。彼女に上げるので~とか言えば大丈夫だよ」
「お前、かなりな無茶ぶりだなぁ…。俺、こう見えてもウブでオクテで有名なんだぞ」
「そんなところがお兄ちゃんのいい所よ。アタシ、期待してるから。その代わりに、水泳部の保護者会は出なくてもいいから」
「交換条件かぁ…。分かったよ、次の大会はいつなんだ?」
「しばらく大きい大会はないの。2学期末に部内の記録会があるから、それまでにほしいな~」
「クリスマスプレゼントには…遅い?」
「んー、クリスマスだとちょっと遅いけど、早めにもらって早く開ければいいよね!うん、アタシながらいい考えだ、うん」
由美はいつの間にかルンルンな感じでカレーを作っていた。
「あとはしばらく煮込まなきゃ…。お兄ちゃん、先にサラダでも食べる?」
「……」
「お兄ちゃん!サラダ食べる?」
「はっ、はいっ、食べます!」
「クスッ、どうしたの、怒られたような返事して」
「いや、下着屋なんてどう入ればいいのか考えてたからさ…」
「男の人って、そんな時はやっぱり照れ屋なんだね。別に堂々と入ればいいじゃん」
「だって周りの目が気になるし…」
「周りはみんなお兄ちゃんの知り合い?そんな訳ないでしょ?気・に・し・な・い・こと!」
「んー…」
「別にアタシの生理用品買えって言ってるわけじゃないんだから!気にしないでいいの!ったくもう、お兄ちゃんったら」
なんで勝負パンツのプレゼントを買えと強要され、なおかつ叱られなくてはならないのだ。
サラダを食べつつ、テレビを入れたら「クイズ100人に聞きました」が入っていた。
俺は新たな悩みを抱えたような気分になってしまった。今週末の大学祭、ちゃんとサークルの演奏は出来るだろうか?
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「お兄ちゃん、いよいよこんなプリントが来たよ~」
12月を迎え、2人暮らしのリズムも曜日別に掴めてきた。
俺の大学の軽音楽サークルも、11月の大学祭での演奏を成功させ、俺が前から気になっている後輩のサキちゃんと、また距離を縮めることが出来た。
そんな矢先に由美が高校からプリントを持ってきた。
「何々…。『三者懇談のご案内』だって!?ついこの前、俺が母さんと受けたような懇談じゃん。…これに、俺が由美の保護者として、一緒にあの担任の先生と向き合わなきゃいけないの?」
「そう」
「そうって、日時は決まってるの?」
「前の全体のと違って、希望日時を書きこむっぽいよ。その期間中で都合の良い時間帯を選ぶんじゃないかな?」
プリントを見ると、12月18日から21日までの4日間となっている。幸か不幸か時間を空けやすい月曜と水曜が含まれているので、その辺りで予定を確認しておくか…。嫌だけど仕方ない。俺が由美の保護者なんだから。
「ところで由美、年末の部内記録会って、いつ?この期間に掛かる?」
「え?そんな行事のこと、お兄ちゃんに言ったっけ?」
由美は以前俺に、新しい下着のパンツを、水泳部の年末記録会に合わせてプレゼントしろと言っていたのだが、それも含めてすっかり忘れてしまっているのだろうか。だとしたら、そろそろ下着店に行くのにどうしようかと思ってたので、行かないで良いなら助かる…。
「ううん、気のせい、気のせい!今俺が言ったことは忘れて!」
「うーん、なんかお兄ちゃんの態度、怪しいなぁ…。あっ!思い出したよ!お兄ちゃん、アタシがボロボロのパンツばっかりだから新しいの買えって言うから、じゃあ年末の部内記録会前に、勝負パンツをクリスマスプレゼントしてよって頼んだんだった!ありがとう、お兄ちゃん。忘れてた!」
俺は余計な一言を言ってしまった…。
「アタシが明日から期末テスト1週間前の部活禁止期間に入るの。だから毎日早く帰ってくるから、料理と洗濯はアタシがやるよ。その間にお兄ちゃん、大学の帰りとかにアタシの勝負パンツ、買っておいてね」
追い打ちを掛けられてしまった…。
二十歳の男が女性向け下着屋に入るのがどれだけ大変か、由美は想像もしてないだろう。
かと言ってスーパーで売ってるような3枚1000円みたいなのを買っても、逆に由美を怒らせるだろう。
小さいようで大きな悩みが、俺に襲い掛かってきた…。
【次回へ続く】
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