第14話 真の悪役(仮)育成日記(4)SideA※

――二日目。


 静かな部屋に、ぽたり、ぽたりと水が落ちる。

 食事は与えず、排泄も許さない。


 ただただ、滴る水に耐えてもらう。

 そのうち時間の感覚も狂い、精神が崩壊する。

 魔法で苦しめるのとは違う楽しさが、拷問道具にはあった。


 ちなみにヴィンセントルートでは、お嬢とヒロインが敵対する組織に攫われて、監禁される話がある。

 ヒロインは監禁だけで済むが、悪役令嬢であるお嬢は色々と拷問を受け、傷物にさらされる。

 だから、その引き金になるヴィンセントこいつはとことん潰しておかないといけない。


 お嬢をいじめるのは、俺だけでいい。


――二日目の夜。


「今日は退屈な日だったわ」

 とお嬢はぼやいた。

 眉間に皺がよっている。本当に退屈だったらしい。

 公言するということは、外に脱走はしていないようだ。

 もうすぐ変装して脱走してもおかしくない頃合いだな……と思った。


「お嬢、明日は手紙の書き方の練習をするんでしたっけ?」

「そうよ。一人前の貴族になったら、手紙のやりとりなんて当たり前にあるもの。でも手紙書くの……めんどくさいわ」

 お嬢はお気に入りのテディベアを抱きしめながら言った。


「……乙女ゲームとやらのシナリオを書くのはお手の物ですのにね。……ぷぷ」

「だだだだ、だまらっしゃい!」


 ……触れられたくないところだったらしい。

 テディベアを投げられた。


「お嬢~。テディちゃんが可哀想っすよ~。この子も泣いてますぜ。『ロゼたまぁ~。ボクを投げないでくださいぃ~』って」


「そ……そうね。キッドが可愛そうだわ」

 あ、このテディベア、キッドって言うんですね。ループ八回目にして初めて知った。

 ロゼはしゅんと眉毛をたらして、テディベアを拾った。そして愛おしそうに抱きしめた。


「今度からは投げるのは枕にするわ」

「……ものを投げるのは確定なんっすね」


 キラキラとした瞳で答えるロゼ。まぁロゼの枕なら幾らでも歓迎して受けよう。



――三日目。


「さて、どんな感じですかね」


「……いま時間は……? 仲間は……? どうなっているんだ……」

 ヴィンセントが掠れた声で言う。

 もちろん俺は答えない。笑顔だけ浮かべてやる。

 顔色は青白くなり、目には隈が出来ている。不規則に落ちてくる水滴に耐えられないのだろう。この拷問は睡眠時間を削る。

 人間ひとは睡眠時間を削れば削るほど、精神を摩耗していく。

 悪の組織のボスとはいえ、肩書をとればただの人間ひとだ。


「お前は、何を求めているんだ」

「……」

 まぁ、組織を渡せといっても、簡単に譲渡できるものではない。


 責任者が交代になりました、と発言したら、必ず離れるものもいる。


 更に信用を築き上げ、国の裏で動く組織として行動したり命令したり、そういう面倒事はごめんだ。

 そんなことをしている時間があるなら、ロゼと一言でも多く会話をしたい。触れ合いたい。


 ヴィンセントは言葉を発するほどの体力は、まだ残っているようだ。

 なら、まだ正気を保っている。


 普通なら、いつ不規則な水滴の落下を数えているうちに、気が狂う。だいたい二日ほどで根をあげるらしい。

 だいぶ衰弱していた。

 そろそろ開放してやろう。


「……うん、思ったより早く終わりそうだな」

 


――三日目の夜。


 帰宅して、服装を整え、主人の部屋を訪れる。


「ただいま戻りました。お嬢。何かお手伝いできることはありませんか?」


「あら、おかえり。お昼の休暇は楽しかったかしら? アッシュは毎日屋敷で働いてるんだから、まるっと一週間くらい休みをとってもいいのよ?」


 ロゼは上機嫌だった。

 部屋に入った時、鼻歌を歌っていたくらい上機嫌だった。


「お嬢」

「なぁに?」

「街に行きましたね?」

「――っ! なんで、わかったの?」


 カマをかけたつもりだったが、図星だったようだ。

 自分一人で世界を創ったり、屋敷の護衛から脱走したり、街で遊んだり――

 うちのお嬢様は行動力が怪獣レベルだ。


「言っときますけど、お嬢。平民街に行く時は必ず従者を――」


「たまには一人になりたいときだってあるじゃない? 私は何も買わずにダラダラと服を見たりするのが好きなの。別に買うわけじゃないけど、従者がいたら、店主さんがノリノリで接客してくるから買わざるを得なくなるし――」


「……じゃあ、こうするのはどうでしょう」


 俺は人差し指を立てて、一つロゼに提案をした。


「俺と庶民の格好をして、恋人ごっこをして街を歩くのは――」

「却下」

「まだ言い終わってないんすけどね」

「ふ、ふん。あんたと、こ、恋人なんて……寒気がするわ」


 と言いつつ、ロゼの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 キスの件から、少しは意識を向けてくれるように……なったのか、なってないのか。

 言葉と表情が矛盾して、コントロールできていない。


――可愛い……っ。


 六度目の繰り返しループの時は、監禁していたから、いつでもいくらでも抱きしめることが出来た。

 でも今はぐっと堪える。


「じゃあ、もう一つの提案を」

「……な、なによ。またふざけたら怒るから」

 どうやら俺の本気の愛情は、おふざけだと思われているようだ。


繰り返ループしているから知っている情報なんですが、明々後日に美味しいジェラートの店が来るんですよね。平民街に」


「じぇ、ジェラートですって!」

 びくんっとロゼが大きく反応した。

 犬のしっぽでもついていたら、びゅんびゅん振っていそうなほど食いつかれた。


「ちなみに、こっそり開いている露店なので、場所は分かりづらいです」

「……うっ、ジェラート、食べたい。でも……うぅ……」

「水魔法と空気魔法を応用したプロが作った氷菓子なので、繰り返しループ前のお嬢は大変気に入っておられました」

「あぁ……そんなの……絶対に食べたいわ」

 元々キラキラしているお嬢の瞳が、更にキラキラ光る。


「明々後日、俺がそこにご案内しましょう。なので、せめて明々後日までは大人しく屋敷にいてくださいな」


「……明々後日。長いようで短いようで、魅惑的な内容だわ……。でも、ちょっとくらい外に出ても……」

「ちなみに、屋敷から出たら即分かるように結界を張っておきます」

「鬼! チート!」

「チートはお嬢も同じでしょう」

「……はぁ、わかったわ」

 こうしてロゼは菓子に見事釣られた。


 明々後日までにヴィンセントについては、片をつけよう。

 ご褒美はロゼとのデートだと思えば、これから行う面倒な行為も楽しい余興だと思える。


「絶対に連れて行ってよ! 約束だからね」

「勿論」


 二人でデザートを食べに行く。

 言い方を変えただけで、正直これはデートである。

 デートだと、認識してもいいよな。……うん。


「楽しみにしてるわ!」

 ロゼは花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「俺も楽しみにしてますぜ」

 つられて、俺も笑った。

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