8月16日(月)【22】告白
そのあと、焼きそばイカ焼きたこ焼きフランクフルトを買って境内の石段に座り、三人でつまんだ。
「ねえあきくん、小学校行こう?」
「踊りたい?」
「うん。二人で」
「いや、社交ダンスじゃねえんだから」
とツッコんでも、ゆきこはピクリとも笑わない。
「エリカさん、ちょっと盆踊り行ってきていいですか?」
「うん。いいよ」
お姉さんはおそらくゆきこに会ったその日から、彼女の気持ちに気づいている。ただ、そこはプロというべきか、ゆきこの前でそのことを茶化したり変に応援したりはしない。その代わりにぼくをさんざん茶化したが。
あまり待たせると申し訳ないので「すぐ帰ってこなければ先に帰ってくださいね」と伝えると「待ってるよ。わたしあんまり動けないから」といった。
探検は好きなのに迷子になるのか。
申し訳ない気持ちが、すこし和らいだ。
一応19時から花火大会があること、会場自体は別の場所なので、ここからだと小っちゃい花火しか見えないことも伝えて別れた。
提灯でライトアップされた歩道をゆきこと歩く。隣で響いている下駄の音は、さっきよりも速い。横断歩道をわたって、終業式ぶりに正門から小学校に入る。
「あきくん、踊ろう」
盆踊りの歌声が大きすぎて、ゆきこの声が聞き取れない。
「なんて」
「きて」
ゆきこはぼくの左手首をつかみ、運動場の中へとひっぱる。中央のやぐらから四方八方、滑り台のように提灯がぶら下がっている。
その一番外側の輪に、ぼくたちは加わった。
ゆきこの振りを真似るように両手を右へ左へ。進んでは止まり、半歩下がって、斜め下のなにかを両手で払いのけたらまた進んで、手を打つ。何度も同じメロディが繰り返され、トリップしてしまうのではないか、何か召喚してしまうのではないかという感覚が頭の中でグルグルうずをまく。
夜空の下、赤く照らされる運動場の砂とゆきこの顔。子供も大人も女も男も大きく描かれた円の一部となって、左回りに吸い込まれながら、ただひたすらに同じ儀式を繰り返す。なんど回れば、おもいはとどくのだろう。なんどはらえば、盆の魂は慰められるのだろう——。
「あきくん、好き」
「なんて」
「好きい」
ちゃんと聞こえていた。
「ありがと」
「うん」
ゆきこはそのあと黙って、しばらく踊り続けた。
後門が近づくと、ぼくはゆきこの手をつかみ、輪から抜け出す。
校舎の階段へつれていき、そこに座るよう促した。
「ゆきこ。どうしてほしいの」
「どうもしてほしくない」
コンクリートに置かれた金魚袋が、ぺちゃんこの肉まんみたいに広がっている。水がぴゅっと外にあふれて染みをつくる。
「俺がゆきこのことをどう思っているか、言っていい?」
「だめ」
「本当にだめ?」
「......ううん。いい」
夜のお店で働く人間なら、ここではっきり伝えないのが正解なのかもしれない。だけど、このままにしておくと、いつか強いゆきこに引っ張られる。気付かない間に、ただ後ろに立っていただけなのに、ぼくの胴体に絡まって動けなくなってしまう。
「俺、ゆきこのこと――」
「――うん。うん......うん」
ゆきこがうなずくたびに、ちゃぽちゃぽと金魚袋は形を変える。
「わかった」
泣く、と思っていた。
でもゆきこはこわいくらいに落ち着いていた。
いまの気持ちを全て話し終えると、階段の一段目を見ていたゆきこが顔を上げた。
「でも。じゃあ。ともだちで、ともだちでいてほしい。これからも遊びたい」
眼鏡の奥の目はパッチリと開かれ、ぼくの目をのぞいている。
「いいよ」
「よかった」
わらって、ゆきこは立ち上がる。
自分の両手でお尻をはらおうとして金魚袋が大きく揺れたので「俺がはらうから」というと、おとなしく両手を前で組んだ。小石と砂をはらうと「ありがとう」といった。
「花火みる?」
「ううん。帰る」
「家まで送る?」
「ううん。大丈夫」
ちょこちょこと離れていくゆきこの後ろ姿を、ぼーっと眺める。
こんなに小さかったんだな。そんなことが頭に浮かんだ。
そのまま一人とぼとぼ離れていく彼女に小走りで追いつき、「ほんとに大丈夫」と言ったゆきこを無視して、家の前までついて行った。
不安な気持ち、申し訳ない気持ち。すべて伝えてカラになってパンパンに膨らんだ彼女を最後まで見届けてやろうというイジワルな気持ちも、少しだけあった。
揺れる金魚袋を眺めて歩く。
祭りのリズムは遠ざかり、下駄と虫だけがないている。通り過ぎる小さな身体に反応した玄関灯がぱっぱっと灯る。逆光に浮かび上がったゆきこの横顔を見ると、それに気付いて「なに? ひひひ」と彼女は笑った。
「ゆきこ」
「なに」
「また遊ぼうな」
「うん」
ゆきこが玄関扉を閉めたところまで見届けると、
暗くてはっきり見えないアスファルトの地面を足裏の感覚だけでとらえる。運動靴はさっきよりも軽い。盆踊りの外側トラックを走り抜け、そのまま神社へと向かう。
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