学校一の美少女と、付き合う「フリ」をすることになりました。

@YA07

第1話 始まり


 大抵の学校には、いわゆる告白スポットというものがある。うちの学校もその例には漏れず、第二校舎前の銅像の前で告白をすると必ず成功するなんて言われているそうだ。


 ───俺に言わせれば、必ず失敗するの間違いだろといった感じだが。


 俺の視線の先でフラれている男子生徒を眺めながら、ぼーっとそんなことを考える。

 男子生徒の方は名前も顔も知らないが、女子生徒の方は知っている。というか、毎日その顔を拝んでいるほどだ。

 彼女の名前は篠宮凛。一か月前にこの荘南高校に入学してきた新入生で、そのとてつもない美貌から噂話を聞かない日はないというまさに学園のアイドルといった生徒だ。


(うーん……確かに綺麗だよねぁ。てか顔整いすぎだろ)


 歩き去っていく男子生徒にも目をくれず、俺は篠宮のことを眺めていた。

 ここ毎日見ている顔だが、何度見ても美しい。ここまで美しいと、何か芸術的な賞でもあげた方がいいんじゃないかと思うほどだ。何と言っても瞳が美しい。こうして目が合うと、その深い黒に吸い込まれそうに……


「あ……」


 しまった。ぼーっとしすぎて目が合っていることにも気づいていなかった。

 言い訳をさせてもらうが、俺は何も他人の告白を盗み見る趣味があって盗み見ていたのではない。仕方がなく見ていたのだ。

 なぜかというと、俺が所属している料理部の部室──つまりは家庭科室がちょうど第二校舎一階の一番左。つまりは、例の銅像の近くの部屋なのだ。目の前で告白なんてされちゃあ、見てしまうのも仕方がないだろう?


「……何見てるの?」


 そんな俺による脳内の言い訳が届いてるわけもなく、篠宮さんの不快そうな声が俺に投げかけられた。


「いや……ごめん」

「そう思ってるなら毎日毎日見ないでよ」


 バレてたのか。

 いや、よくよく考えたら当然か。他人の視線というのは存外勘付きやすいものだ。

 ド正論を前に俺が何も言えないでいると、篠宮さんは少し慌てたように手を振った。


「あ、なんかごめんなさい。ケチ付けるために声掛けたんじゃなくて……えっと、とりあえず話がしたいからそっちに行ってもいいかな?」

「話?」


 オウム返しのようにそう尋ねる。

 冷静に考えても、篠宮さんが俺にいったい何の話があるのか皆目見当もつかない。

 とはいえ俺は篠宮さんのお願いを断れるほどの男でもないので、自分の間抜けな問いを誤魔化すように部屋へと招き入れた。


「おじゃましまーす……相変わらず誰もいないんだね」

「相変わらずって、知ってたんすか?」

「うん。こっちも毎日見てたからね。あと、その取ってつけたような敬語はいらないよ。同級生でしょ?」

「お、おう」


 怖。

 というか、見られていたなんて全然気づいていなかった。俺は勘が鈍いのかもしれない。


「それで、話っていうのは?」


 美少女と二人きりというのは気が落ち着かないもので、俺はまくしたてるように本題へと入った。我ながらチェリーボーイ感が隠しきれていないが、一般男子高校生にはこれが限界というものだ。


「うーんと、それはこの部屋が過疎ってることにも通ずるんだけど……」

「過疎言うなし」

「でも、浅川くんしかいないでしょ?」

「……今はな」

「ふうん」


 たしかに、今は……いや、ここ一か月はほとんど俺しか顔を出していない。

 というのもこの料理部は現在部員が足りておらず、活動が停止されているのだ。

 我が荘南高校には部活動には最低五人必要というルールがあり、前三年生が卒業して部員が二人になってしまったそうなのだ。

 といっても俺は篠宮さんと同じく新一年生なので聞いた話でしかないし、先輩方ともこの一か月間で数回しか会っていない。

 そして現在は先輩方二人と俺。そして俺の幼馴染である村上朋を合わせた四人が部員ということになっている。つまり、あと一人いれば部活動を再開させられるのだ。


「ていうか、なんで俺の名前を知ってるんだよ」


 一度はスルーしようとも思ったが、やはり気になったので掘り返すように質問をした。

 いや、正直に言おう。最初からものすごく気になっていたが、物怖じして聞けなかったのだ。少しでも気に障ることを言ったら潰されそうでさ……


「あー、ちょっと調べさせてもらったの。使えないかなって思って」

「使う?俺をか?」

「そう。交換条件でね」


 ごくりと唾を飲む。

 よくわからないが、篠宮さんは俺に交換条件という名の命令を下すつもりらしい。だってそうだろう?俺が篠宮さんのお願いを断れるわけないじゃないか。胆的にも、スクールカースト的な意味でも。

 いったいどんな話が出るのかと緊張する俺を他所に、篠宮さんはあっけらかんとその条件を提示した。


「私が料理部に入ってあげる。その代わりに、私と付き合ってよ」

「……は?」

「いやなの?」

「いやって言うか……は?」


 は?以外に何と言えというのか。

 そもそも部活に「入ってあげる」というのはいかがなものかと思うし、あれだけ毎日のように告白を断っておいて付き合ってくださいというのも意味が分からない。

 説明がつくとしたら篠宮さんが俺のことを好きだという可能性だが、そんなものはないだろう。いや、もしそうだとしても、こんな形で告白するとも思えないか。


「うーん、説明不足だったかな?」

「不足もいいとこだよ。全部一から説明してくれ」

「一から?メンドクサイ男は嫌われるよ?」

「うるせえよ。そんな男に告白してきたのはそっちだろうが」

「それもそっか」


 ケラケラと笑う篠宮さん。

 何が面白いのかは知らないが、対話の相手を置いてけぼりにするのはやめていただきたいところだ。


「っと、それじゃあ説明するよ?」


 そんな俺の気配を察したのか、篠宮さんが真面目な顔つきに変わった。


「まず、私は毎日のように告白されています」

「そうだな」

「正直メンドクサイです」

「……」


 男子側としては決死の覚悟をしている人もいると思うのだが、それを一蹴とはなんともまあ。

 しかし、篠宮さんからしてみればそんなものか。


「だいたい、好きですって何よ。ろくに話したこともないのに。ああいうのは、私じゃなくて恋に恋してるのよ」

「うーん……そんなもんなのか?」

「うん。『私と付き合えてる自分』を想像して酔ってるだけ」

「はあ……」


 篠宮さんの唐突な哲学トークに、俺は微妙な返答しかできなかった。


「っと、愚痴を言いたいわけじゃなくて……この状況を何とかしたいのね」

「そんなもん、無理せずともそのうちなくなるんじゃないのか?」


 この学校にいる男子生徒も限りがあるわけだし、その中でも勢いで告白するような生徒はごく一部だろう。

 しかし、そんなことは篠宮さんもわかっているようだった。


「むしろ、それが問題なのよ」

「何が?」

「あれだけ告白されたのに誰とも付き合わないなんて、お高く留まった女だって次はみんな手のひらを返して批判してくるの」

「……」


 そうはならんやろ。

 という心の声は口から出ていくまでではなかった。


「私に告白してくる人もみんな高校デビューで舞い上がった一年生だけだし、そういうタイプの人って大体声が大きいのよ。彼らにもフラれた名分をあげないと、きっと私の悪評はあっという間に広まっちゃうわ」

「そうはならんやろ」


 おっと。今度は漏れ出してしまった。


「なるのよ!……ほんとに」

「……そうか」


 何かトラウマのようなものを匂わせてくる篠宮さんに、俺はそんなことしか言えなかった。

 しかし、それで白羽の矢が俺に刺さったというわけか。……納得いかないな。


「どうして俺なんだ?告白してきた誰かと付き合えばいいじゃん」

「いやよ。好きでもない人となんて」

「俺のことは好きなのか?」

「はぁ?」


 ……。

 酷い。心に来ましたよ。ホントに。

 いや、先程の哲学トークからすれば、篠宮さんがしゃべったこともない俺のことを好きなはずもないのだが。


「だって、会話の流れ的にさ……」

「あー、そうだよね。ごめん。そうじゃなくてね、恋人のフリをしてほしいって話で……」

「フリって……それでもなんで俺なんだよ」

「だって、勢いだけで告白してくるような人なんてフリでも嫌だし、こっちの事情に付き合わせるんだから対価も必要でしょ?」

「それで入部か」

「うんうん、そういうこと」


 そんなの対価として釣り合っていないような気もするが、そんなことは気にしてもしょうがないだろう。

 そもそも恋人のフリなんて気持ち的な問題だし、入部と比べるのもおかしな話だ。それに、どうせ俺は───


「わかったよ」

「ホント!?ありがと!」

「はいはい」


 ───篠宮さんのお願いを断れるほどの勇気はないのだから。

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