第42話 (執事視点)

「………なるほど。それはライルハートがあんな物騒なことを言うわけだ」


話し終えた後、そう漏らした王太子様の顔に浮かんでいたのは、隠しきれない苦渋の色だった。


「公爵家当主も、本当に馬鹿なことをしたものだ。下手な動きさえ見せなければ、もう少しその地位を保てただろうに。……それと、私が余計な手間をかけられることもな。くそ、ライルハートのやつ父上に喧嘩を売るなら、一人で売れよ。私を巻き込まないでくれ……」


その顔に色濃い疲労と、心底嫌そうな表情を浮かべた王太子様は、重い動きで扉へと手をかける。


「君はここにいればいい。ここなら黒の狼の保護も受けられるだろうし、今どこかにうろつくよりも確実に安全だ」


最後になんとか作り上げた笑みでそう告げた王太子様は、そのまま部屋を後にしようとして……その前に私は震える声で、口を開いた。


「ご無礼を承知でお尋ねします。王太子様は、なぜライルハート様のあの魔術を見てもそんなに冷静なのですか……?」


その時には私も、ある程度──具体的には目の前で起きたことが夢でないとわかるぐらいには、冷静さを取り戻していた。

が、代わりに今度は私の頭の中を一つの疑問が支配することになった。

何故、王太子様がライルハート様の異常な姿を見ても、ここまで冷静なのかという。


私の疑問に、王太子様は少し困ったような表情を浮かべ、口を開いた。


「私にとってはあの姿の方が見知ったライルハートだからね。……詳しい理由は、言えないけれども。ただ一つだけ、君に保証してあげられることならある」


瞬間、王太子様の顔から、今まで浮かべていた疲れも、苦々しさも消え、何か大切なものを自慢するような悪戯っぽい笑みが浮かぶ。


「アイリス嬢は絶対に助かる。何なら、私の王太子の身分をかけてもいい。──久々にあの元神童が本気を出したのだから」


そう告げた王太子様の顔に浮かんでいたのは、間違うことはあり得ないと言いたげな確信だった。

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