第38話 (ライルハート視点)

「………相変わらず、敵わないな」


そう俺が呟いたのは夜会からの帰り道、馬車の中のことだった。

今まで、自分はどれだけアイリスに救われてきたか、そう考えて思わず苦笑する。


今でも、あの時のことはすぐに思い出すことができる。

それは、転生した当初の記憶。

何も考えていなかった俺は、最悪の事態を呼び寄せた。


その時の俺に、唯一寄り添ってくれたのがアイリスだった。

俺がどれだけ拒絶しようが、頑として俺のそばを離れなくて、そのアイリスの存在がなければ、今の俺はいないだろう。


だから、いつかアイリスに恩を返すと俺は決めていて……だが、その恩をまだ俺は返せていなかった。


「今回も、助けてられたか……」


逆に、アイリスに助けられている自分に、俺は思わず失笑する。

本当に情けないな、と。

が、それでもいつかアイリスに恩を返してみせると小さく決意を固めた。


後もう少しで、俺とアイリスは結婚する。

そうなれば、恩を返す機会もいつかやってくるはずだ。


「……とうとうか」


目を閉じ、俺は小さく口を動かした。

とうとう念願のアイリスとの結婚が目の前に迫っていて、それを改めて感じた俺は思わず頬を緩ませる。

結婚すれば、アイリスともっと近くにいることが出来るに違いない。

その未来に、胸の高鳴りを抑えることができなかった。

が、一つの懸念を思い出した俺の顔は曇ることになった。


「……その前に、現公爵家当主をどうにかしないとならない、か」


俺の心を占めるのは、アイリスの父に当たる男の存在だった。

あれには、別段特筆すべき才能などありはしない。

それどころか、公爵家でいるのが信じられない程の愚者だ。


……しかし、それを自覚していない。


故にあの男は、周囲の被害を、自分の破滅をまるで考えることなく暴走する。

アイリスとの結婚を正式なものとする前に、あの男にかたをつけておかねばならないと考え……馬車が突然止まったのはその時だった。


「なっ!」


急に止まった馬車に、俺は思わず声を上げる。

が、その声は外から響いてきた男の声に、かき消されることとなった。


「お願いです!お願いです!無礼は承知しております!ですが、どうか私をライルハート様と面会させて下さい!」


外から響いてきた声、それは俺の聞き覚えのある声だった。

俺の記憶違いでなければ、アイリスの屋敷で働いている執事の声だろう。

けれど、その執事がここまで必死に俺との面会を求める理由が分からず、俺は首をかしげる。


「このままでは、お嬢様が!お嬢様が当主様に!」


「───っ!」


次の瞬間、俺の中から余裕が消え去った。

一瞬、呆然と立ち尽くし、その僅かな間で何が起きたか、あの屑男がとうとう行動を起こしたことを理解する。


御者に向かい、俺は全力で叫ぶ。


「その執事を馬車に乗せ、全力で王宮にかけろ!」


「は、はい!」


御者の男は、今まで俺を嘲っていた人間の一人であったが、今回に限っては剣幕に驚いたのか、俺の言葉に素直に応じた。


執事を馬車に乗せている御者の姿を見ながら、俺は小さく口を動かす。


「……そうか、そっちがそう出るか。──だったら、もうこちらも遠慮はしないぞ」


その言葉には、隠す気の無い殺意が込められていた……

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