第35話
馬車の中に設置されたランタンの光を反射して光る指輪。
「……ふ、ふふ」
その光を見る度、私の口元は緩む。
何度も何度も、そうして指輪を眺めている自分は、浮かれているようにしか見えないだろう。
「でも、仕方ないわよね」
リサには御者と共に御者台に乗って貰っており、馬車の中には私の他誰もいない。
そのことをを分かりながら、私はそう言い訳する。
これは当然の権利だと。
これくらい喜ぶのも当然だと。
何せ、初めてライルハート様が私に思いを告げてくれたのだから。
私とライルハート様は婚約者で、大切に思われていることも分かっていた。
けれど、それが義理かどうか判断できていなかった。
ライルハート様は義理堅い人だと知っていたから。
だから、私のことを楽しげに語っていたとリサに教えてもらった時も嬉しかった。
──そしてその時でさえ比にならないほど、想いを告白された今の方が幸せでたまらなかった。
「……っぅ!」
歓声を上げて騒ぎたい衝動を、私は指輪のついた左手を強く抱き締め、堪える。
ああ本当に、どうしようもなく嬉しくて幸せで、堪らない。
「今度こそ、私は本当にライルハート様の力にならないと」
そんな中、私は改めてかつての誓いを呟いた。
それはかつて、ライルハート様のそばにいることしかできなかった時の誓い。
あの時と違って私はもう子供じゃない。
だから、今度こそライルハート様に何かが襲おうとするならば、止めなければならない。
……そう、もうお父様が野心を暴走させるようなことなど、絶対に許してはならない。
ふと、ある問題を私が思い出したのはその時だった。
お父様の、アリミナに婚約者を譲れと告げた言葉が、頭の中蘇る。
「流石のお父様でも、今回は諦めるわよね?」
異常とも言える野心を抱く父の存在に、先程まで私の心を占めていた喜びが減衰するのが分かる。
正直、私はあの父がこのまま黙っているとは、まるで思えなかった。
が、直ぐに私は自分を鼓舞し、その弱気な心を吹き飛ばした。
「いえ、もう誰にも文句は言わせないわ!」
ようやくライルハート様の気持ちを知り、役に立てるようになった。
誰に何を言われようと、私はライルハート様の婚約者の地位を譲り渡すつもりなかった。
その決意を胸に、私は目の前に近づいてきた屋敷を睨みつける。
「自分の言葉を忘れたとは、言わせないわよ」
そうら私が決意を新たにした瞬間、ちょうど御者台に座るリサから声がかかる。
「お嬢様、屋敷に着きました」
「ありがとう。リサ」
もう引き下がる理由はない。
その決意を胸に、私は屋敷へと足を踏み出す。
……今、屋敷で何が起きているのか知らぬまま。
◇◆◇
「何が起きているの?」
馬車を直しに行ったリサと別れ、屋敷に入って直ぐ、私はその異常に気づくこととなった。
屋敷は、異常な程静まり返っていた。
……何時もなら、多くの使用人達の姿で賑わっているのが普通なのに。
その光景を知るからこそ、私は戸惑いを隠せない。
周囲を伺い、見知った使用人達を探す。
「皆、どこにいるの!」
……そんな私達の声に返答したのは、背後から響いた男の声だった。
「ああ、そいつらならもう屋敷にはいないぞ」
「っ!」
私が衝撃を隠せない様子で振り返ると、そこにいたのは柄の悪い男達の集団だった。
動揺する私達を見て、男達は笑みを浮かべた。
「さあ、雇い主がお前らのご同行をお望みだ」
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