第14話

「……私は、どうすれば」


お父様に婚約破棄を強いられた翌日の朝、自室の中で私はそう小さく呟いた。

昨日のアリミナと楽しげに話すライルハート様の姿。

それは未だに私の頭に鮮明に残っている。


「……っ!」


そして、その光景を思い出す度に胸に痛みが走って、私は唇を噛み締めた。


もし、ライルハート様が心変わりするなら、それはどうしようもないことだ。

そう自分に言い聞かせるも、それは無駄でしかなかった。

不安がさらに広がり、そんな自分を自嘲するように私は笑った。


「……ライルハート様の負担には、ならないと決めていたはずなのに」


全てに憎んだような目をしていた頃のライルハート様の姿を、私は思い出す。

あのとき、私は誓ったはずだった。

私は、あの人を支えるために生きようと。


なのに今、私は逆にライルハート様の負担になりかねない状態で……それは絶対に許せないことだった。


「いつも通り、頑張らないと」


だから私は、必死に虚勢を張って自室の部屋を後にする。

やるべきことに熱中することで、一時でも今の状況を忘れようと決めて。


アリミナと顔を会わせたのは、その直後のことだった。


「……アリミナ」


その瞬間、先程の決断はあっさりと揺らぎ、この場から逃げ出したい衝動に私は駆られることになる。


……だが、実際に逃げ出したのはアリミナの方だった。


「ひぃっ!」


「っ!」


私の顔を見るなり、短い悲鳴を漏らして後ろに反転して逃げ出した義妹。

何故逃げ出したのか、その理由が全くわからず私は呆然とその背中を見送る。


……こんなこと、今までで初めてのことだった。


アリミナは形式上は私のことを敬ってはいるが、その実態度は横柄だ。

今までどれだけ激しく叱っても聞いた様子はなかったし、それ故に私は驚きを隠せず呆然と立ち尽くす。


「あら、どうしたんですか。お嬢様」


「……リサ?」


そんな私を正気に戻したのは、通りかかった使用人だった。


「珍しいですね。アイリス様がそんな呆然としているなんて」


滅多に見ない私の姿に、訝しげにそう呟くリサ。

しかし、次の瞬間彼女の顔に下世話な笑みが浮かんだ。


「もしかして昨日のライルハート様のことですか?きゃー、お熱いですね。確かに殿方にあれだけ思われていれば、呆然としちゃうのも分かります!」


「……昨日のライルハート様?アリミナとのこと?」


その瞬間、自分の声が強ばるのが分かる。

なぜ、リサがライルハート様のことをいきなり話し出したのか分からない。

ただ、今の私はどうしてもライルハート様の名前に警戒心を抱かざるを得なくて。


「アリミナ様、何の話ですか?……あれ、もしかして私、余計なこと言ってしまいました?」


「え?」


けれど、その私の警戒心はアリミナの言葉に霧散していく。


リサがアリミナのことを言っているのならば、どうしてお熱いや、思われているなんて言葉が出てくるのか?


動揺を隠せない私は、説明を求めてリサを見つめる。

そんな私に対し、リサは慌てたように目を泳がしていたが、少しして開きなったように満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「まっいいか!実はですねお嬢様、昨日侍女が聞いてしまった事なのですが……」


そして私は、自分の勘違いを知ることとなった。

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