自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした

第12話 （アリミナ視点）

私が、第二王子ライルハートを誘惑しようと考えたのに、大した理由はなかった。

私は、自分が特別な存在であると知っている。

それは決して自惚れなんかではなく、私の持つすべての能力がそのことを証明していた。

前世の知識も、異性を意図も簡単に誘惑できる魅了の力も。

全てが、私をヒロインと思い込むに相応しいだけの条件だった。

……そんな中、唯一平民上がりであることだけが、私なとって拭い難い汚点だった。

前世では、平民が成り上がるシンデレラストーリーが存在していた。

けれど、この貴族社会はあまりにも身分に厳しい。

だから、私を平民呼ばわりしたお姉様への意趣返しとして、お姉様の好きな婚約者を奪うことにした。

そう、全ては気まぐれだった。

いや、そうでなければあの役立たずの王子に私がここまで乗り気になることはなかっただろう。

例え、それが強制されたことであっても。

そう考えれば、あの王子にとってお姉様の婚約者だったことは幸運以外の何者でもないだろう。

何せ、そのお陰でこの私と婚約者になることができるのだ。

まあ、一時期の話でしかないけれども。

そう内心で呟きながら、私はさも悲しげに俯いてみせる。

「あ、すいません。誤解を招くような言い方でしたね。──でもお節介なお姉様が、私を心配してそう言ってくれているんだと思います」

「っ！」

貴族から馬鹿にされる無能な王子には、これで十分だろう。

これで確実にお姉様が私を虐めていると勘違いして、私を守ろうとするに違いない。

私はそう確信していた。

「ああ！その気持ちはよく分かる！アイリスはお節介焼きはたしかに異常だよな。本当にどれだけらそれだけ他人を省みる暇があれば、自分を見直せと思ったことか……」

「……え？」

だから私は、第二王子が突然生き生きとのろけ始めた時、動揺を隠すことが出来なかった。

何をどう勘違いすれば、私が本当にお姉様はお節介だと思っているように思い込めるのか。

そう呆然としながら、私は初めて見る王子の態度に困惑することしかできない。

……ただ、王子の姿に私はある一つのことだけは理解することができた。

すなわち、王子は私に一切魅力を感じていないということを。

それは、私にとって信じられないことで、それ以上に屈辱だった。

無造作な髪に、パッとしない服装。

その姿は、私が今まで誘惑してきた人間の中とは比べ物にならないくらい地味だった。

普段であれば、私は第二王子を相手にしないどころか、興味さえ抱かないだろう。

にもかかわらずこうして声をかけてあげたのに、この男はそんな私に一切の興味も示さない。

それどころか、よりにもよってお姉様の話をする始末。

お姉様は、女として遥かに格下。

その自負があったからこそ、私は今の状況に怒りを隠せなかった。

そして内心で誓う。

生意気にも、私にこんな屈辱を与えたお姉様には、いつかこれ以上の後悔をさせてやると。

まず、この第二王子は確実に落としてやろう。

そう私は、強く手を握りしめた。

だが、そう誓う私は知らない。

この後、玄関に居座り続ける第二王子によって、長々と惚気を聞かされ続け。

……最終的には、その決意さえ風化してしまうほど、消耗する未来を。

私が決意に満ちた状態で拳を握り続けていられたのは、ただの十数分の間だけだった。