第9話 (ライルハート視点)
「……もうこんな時間か」
幸せなアイリスとの時間、それはすぐに過ぎていった。
そのことに名残惜しさを覚えながらも、これ以上この屋敷に留まれば、アイリスどころか兄上にも迷惑をかけることになる。
「お見送りしますわ」
それを理解しているからこそ、俺は渋々アイリスとともに客室を後にした。
……その女が現れたのは、その時だった。
「お姉様、私がライルハート様をお見送りさせて頂きますわ。お父様がお呼びです」
突然現れたのは、未だ十四歳であるにも関わらず、その年に見合わない妖艶な雰囲気を醸し出す少女だった。
その少女は初対面のはずの人間。
だが、一瞬で俺はその少女が誰であるかを理解する。
彼女そこが、あのアイリスの義妹であるアリミナなのだと。
それを理解した俺は、思わず顔をしかめそうになった。
俺は彼女に対していいイメージを抱いていない。
そんな人間が、貴重なアイリスとの時間に乱入してきて、いい感情を抱けるわけがなかった。
アリミナに見送られたところで、嬉しくもなんともない。
……だが、そんな文句を言ったところで無駄なことを俺は理解していた。
自分のことを、どれだけ貴族が軽んじているのか俺はよく知っていた。
そんな俺に、アイリスの父親が気を遣うことはあり得ない。
俺のために、アイリスが呼び出しに遅れることなど、良しとはしないだろう。
この状況は、自分が望み作り上げたものだと理解しているが、このときばかりは煩わしく感じる。
しかし、今の状況に一番心を痛めているのが自分ではないことを知っていた俺は、その感情を表に出すことはなかった。
「ライルハート様、突然のことで申し訳ありません」
「いや、気にしていない。無理言って来たのはこちらだしな。今日はありがとう」
「はい!」
人一倍責任感を感じやすい婚約者に向けた、気遣いの思い。
アイリスが浮かべた笑みに、それが伝わったことを確信して俺は内心安堵の息を漏らす。
これで、間違ってもアイリスが自分を責めることはないだろう。
そう考え、俺はアイリスの背中を小さな笑みを浮かべて見送り、それから玄関へと歩き出した。
……ただ、そんな状況でもある一つの懸念だけが消えることはなかった。
それは、アイリスが一体どんな要件で父親に呼ばれたのか、ということ。
アイリスの父親に対し、俺はあまりいい感情は抱いておらず、だからこそここまで急な呼び出しに何が起きたのかと思わずにはいられなかった。
玄関に向かう俺の足取りは、いつのまにか重いものとなっていた……。
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