第7話 ライルハート視点

蠱惑的に笑うアイリスの妹、アリミナ。

俺が、彼女を誤解していたことに気づいたのは、その時だった。


今まで、俺はアリミナに対してアイリスを困らせる厄介な義妹、という認識しか抱いていなかった。

だが、それは大きな間違いだったのだ。


その事実を知って、俺は笑みを顔に浮かべた……




◇◆◇




「……またアイリスの義妹か」


俺が苦々しげに言葉を漏らしたのは、王宮内の自室でのことだった。


「幾ら公爵家でも、これだけの問題を起こせば、貴族社会でかなり立場が酷くなるだろうに」


手に広げた冊子を読みながら、俺はそう呟く。


手に持つ冊子に書かれてるのは、部下に調べて書かせた貴族社会の情報だった。

俺こと第2王子ライルハートは昼行灯、役立たずと罵られており、貴族達は俺は何もせずに生きているものだと考えている。

だが、それは貴族達の思い込みでしか無い。


このご時世、貴族達の動向を逐一確認しておかねば、どんな面倒ごとに巻き込まれるのか分からない。

そんな状況下で、怠惰に過ごすのはただの馬鹿だ。


それを知るからこそ、俺は部下に命じて、常に問題を起こした貴族達の動向を探らせ、冊子にして送らせていた。

何かあった際、いち早く動けるために。


……その冊子に、ある人物の名が頻繁に出てくるようになったのは、数年前からのことだった。


その人物の名は、平民から公爵家の一員となった令嬢、アリミナ。

俺の婚約者であるアイリスの義妹にあたる人間だ。


彼女の起こす事件は、決まって男関係の事件だった。

婚約者であろうがなかろうが、まるで気にせず男性に近づくアリミナが起こした事件は、最早数えきれない。


ただ今回アリミナが起こした事件は、歴代の中でも中々重いもので、それに気づいた俺は小さく顔を歪めた。


「アイリスは、また一人で対処する羽目になっているのだろうな」


真面目で、責任感が人一倍あり、そしてお節介すぎる婚約者。

彼女が疲れ切っている姿は、容易に思い描くことができた。

またアイリスは、全て一人で抱え込もうとするに違い。

そう考えたその時、既に俺は決めていた。


明日アイリスの元に行くということを。


決断した瞬間から、俺は準備に取り掛かる。

部下を呼び出し、隠していた調理器具を取り出し、隠し通路から厨房へと向かう。

本来ならば、王子が厨房に立つなど許されないことだが、料理人は買収済みだ。問題ない。


それに、いざという時のための影武者として、魔法で姿を変えた部下を自室に待機させてある。

言い訳なら、いくらでも可能だ。


準備の最中、自分があまりにも浮かれていることに俺は気づく。

これでは、まるでアイリスに会いたいがために、アリミナのことを口実にしたようではないかと。

その考えを否定するよう、俺は小さく口を動かす。


「……明日行くのは、アイリスのためだから仕方ないことだ」


しかし緩みきった唇が、その言葉が言い訳でしかないことを何よりも雄弁に語っていた……。

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