第6話

書斎から出た後も、私は動揺を抑えることが出来なかった。

頭の中で、もしかしてライルハート様がアリミナを選んだら、そんな考えがぐるぐると回っている。


「……そんなことない」


小さな声で、その考えを私は否定しようとする。

だが、そんなことで私が落ち着ける訳が無かった。


いつからか、ライルハート様が私の前で笑わなくなったのは紛れも無い事実で、その事実があるからこそ私は自分を落ち着けることが出来ない。


遠く、玄関の報告から途切れ途切れの会話が、私の耳に入ったのはその時だった。



「本当に、アイリ……どうしようもない………。…………がいい」


「……え、………ですわ…」



その声の主が、ライルハート様であることに気づいた私は、思わず目を見開いた。


「……え?」


私がライルハート様と別れてから、それなりの時間が流れている。

なのに、なぜか今日に限ってライルハート様は、まだ玄関にいた。


「……もしかして、私と会うため?」


胸が高鳴り、私の顔に自然と熱が集まる。

次の瞬間、私は玄関の方へと歩き出した。



廊下を進む程に、ライルハート様への愛しさが溢れ出す。

やはり、先程までの不安はただの杞憂だったのだと、私の胸に安堵感が広がっていく。

──その希望故に、私は玄関に広がっていた光景に打ちのめされることとなった。



「どうやら、君のことを勘違いしていたらしい」


「い、いえ。そんなことお気にしないで下さいませ」



玄関、そこではライルハート様がアリミナと談笑していた。


私には、見せない輝かんばかりの笑顔で。


「……何で」


現実を目の前につきつきられた私の顔から血の気が引いた。

痛いほど激しく心臓がなっていて、その場にうずくまりたい衝動に駆られる。


私との婚約をライルハート様がどう考えているか、それは目の前の光景がなによりも雄弁に語っていた。


次の瞬間、耐えきれなくなった私は背を翻し走り出した。

自分に気づかないほど夢中でアリミナと会話を交わすライルハート様の姿から逃げるように。



だからこそ、その時の私は気づくことはなかった。

ライルハート様と会話していたはずのアリミナが、私の存在に気づいていて、顔をこちらに向けていたこと。



── そして、その顔が助けを求めるよう、悲惨に歪められていたことに。

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