第4話

ライルハート様から別れた後は、私はご機嫌だった。

だが、お父様がいる書斎に近づくにつれ、私の表情から浮かれた様子は消えて行くことになった。


「……今度は何かしら」


公爵家当主アレスルージュ・サールベルス。

私の実の父である彼は、私にとってアリミナと並ぶ頭の痛い存在だった。


私がお父様に不信感を抱き始めたのは、アリミナの存在の意味、つまり浮気に気づいた頃だ。

アリミナと私は一つしか歳が離れていないことを考慮すれば、その浮気はかなり長期間のものだろう。

それだけで私にとっては衝撃だったが、お父様の一番の問題はそこではなかった。


……お父様は、アリミナがどんな問題を起こそうが、咎めるどころか擁護し始めたのだ。


どれだけ問題が大きくなってもその対応を変えないお父様の態度は、公爵家の名にも大きな傷をつけた。

ライルハート様がいなければ、公爵家が取り潰されていてもおかしくなかったかもしれない。


そんな経緯が存在したからこそ、今日もまたどうせろくめもない要件で呼ばれたのだろうという確信があった。


「……折角、ライルハート様が来てくれたのに」


愛しの人との逢瀬を邪魔されたこともあり、私はお父様に対する怒りを強める。

いっそ、当主命令を無視してやろうか、そんな考えさえ浮かぶ。

だが、実際にそんなことが出来るわけなく私はお父様の書斎に向かった。


書斎にたどり着いた私は、扉をノックして口を開く。


「お父様、アイリスです」


「入れ」


部屋の中から響いてきた声に従い、私は書斎の扉に手をかける。


中にいたのは、いつも通り不機嫌な表情を浮かべた中年の男性。

そのいつも通りのお父様の姿を目に入れながら、私は口を開いた。


「お父様、当主命令とのことでしたが、一体何が起きたのですか?」


「当主命令?誰がそんなことを言った」


「……え?」


お父様のまさかの言葉に、私は言葉を失う。

その私の反応だけで全てを理解したのか、お父様は重々しいため息をついた。


「……アリミナか。本当に困ったやつだ」


当たり前だが、当主命令は滅多なことでは使われることなく、そんなものを偽るなど決して許されることではない。


「相変らず仕方のないやつだ。しかし、可愛い娘のことだ。責める訳にもいくまい」


にもかかわらず、お父様はあっさりとその件を水に流した。


それが当主の判断だとすれば、私に逆らうことはできない。

だからといって、到底納得できるものではない判断に私は、目でお父様に不満を伝えようとする。


けれど、その時の私は知らない。

……その判断さえ比にならない理不尽な決断を、下されることになることを。


「そして、アリミナはお前の可愛い妹でもある。だったら、そんな可愛い妹のために何かしてやっても良いとは思わないか?アイリス」


「……何を?」


突然、話を広げ始めたお父様に対し、私は不信感を隠せない。

そんな私を無視して、お父様は言葉を続けた。


「どうやら、アリミナはお前の婚約者であるライルハート様が好きになったらしい。──婚約破棄してくれないか?」


「…………は?」


それが私の災厄の始まりだった……

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