第1話

「アリミナ! 貴方自分が何をしたのか理解しているの!」


 屋敷の中の広い廊下に、私の叱責が響く。

 決して小さくないその怒声に、働く使用人達がこちらに怪訝そうな目を向けてくるのがわかる。

 だが、そんな視線もいまさらだと、気にせず私はさらに声を上げる。


「私は前にも言ったでしょう!婚約者のいる令息の方々に近づかないで、と!」


 その私が叱責を上げるそこにいたのは、美しい少女、十四歳となった妹のアリミアだった。

 公爵家に来てから五年、アリミナは美しい少女へと成長していた。

 けれど現在、その女神のようなアリミナの表情は微かに歪んでいた。

 それを私は無視し、怒声を上げる。


「貴方が今どれだけ、社交界で噂になっているか知っているの? このままでは、公爵家の名まで貶めかねないのよ!」


「お姉様、もうその話は聞き飽きましたわ」


 ……それでも、私の言葉がアリミナの心に響くことはなかった。


「私に婚約者がなびくのは、全て婚約者を留められなかった自身の責任でしょう? 何故、私が負け犬の言うことを聞かなければならないのですか?」


 美しい顔に、隠す気もない嘲りを浮かべてそう告げるアリミナ。

 そのあんまりな言葉に、私は一瞬言葉に詰まる。

 その私の態度を、反論の言葉が見つからなかったからだとでも判断したのか、アリミナは得意げな笑みを顔に浮かべる。


「お姉さま、心配などしなくても大丈夫です。何も問題なんて起きないのですから。──なぜなら私はヒロインですもの!」


 その美しい目に、自信を浮かべてアリミアが告げた言葉、それに私は内心嘆息を禁じ得なかった。


 確かに、アリミナはお伽噺に出てくるお姫様のように美しい。

 しかし、だからといってここはお伽噺の世界なんかじゃない。

 アリミナのやること全てが許される彼女が主人公の世界ではないのだ。

 このまま、好き勝手されるわけにはいかない。

私はその事を伝えるべく、口を開く。


「確かにアリミナ、貴女は美しいわ。けれど、それだけで好き勝手はできないのよ。……貴方はもう少し、身分を考えなさい」


「……っ!」


 暗に、平民上がりであることを意識しろという意味を込めた私の言葉に、アリミナの顔色が変わった。

 その様子に私は胸が痛むのを感じる。

 平民上がり、それは唯一と言っていいアリミナのコンプレックスだ。

 それをつかざるを得ないことに、私は強い罪悪感を覚える。


 しかし、これは必要な言葉だった。


 平民上がりであるにも関わらず、好き勝手に振る舞うアリミナ。

 そんな彼女に反感をもつ貴族はかなり多い。

 今までは私が必死に押さえつけてきたが、アリミナの態度が変わらなければこの先も押さえきれるか分からないのだ。

 だから私は、心を鬼にして口を開こうとして……その前にアリミナは身体を翻した。


「……気分が優れないので休んできますわ」


「アリミア!」


 それだけいうと、アリミナはここから足早に去っていく。

 その背を見て、私は嘆息を漏らした。


「……はあ。私はどうすれば」


 このままでは確実にいけない。

 けれど、アリミナは私のいうことなど聞かない。

 その事に私は頭を悩ませて、使用人が私の元にやって来たのはそのときだった。


「お嬢様、婚約者様がお越しです」


「……え?」

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