『走れ殺戮オランウータン』論

貝塚しじみ

第1話 『走れ殺戮オランウータン』論

 オランウータンは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の殺戮オランウータンを除かねばならぬと決意した。

 オランウータンには世の中がわからぬ。オランウータンは、熱帯林の大型類人猿である。ドリアンを食べ、時に奇声をあげて暮らしてきた。けれども邪悪に対しては人一倍、否、オランウータン一倍に敏感であった。

 きょう未明オランウータンは森を出発し、川を越え山越え十里離れたこの熱帯雨林にやってきた。オランウータンには父も母もない。女房もない。十六の、内気な妹もない。単独生活者だ。結婚式は間近ではないが特に意味もなくこの熱帯雨林にやってきた。

 まずはドリアンを食べ、意味もなく熱帯雨林の木々を渡り歩いた。オラウータンには竹馬の友がなかった。孤独を愛するのみである。一人遊びがとくいであったからこれから独り奇声をあげて小動物を驚かせ歩くつもりなのだ。久しくしていなかった遊びなので楽しみである。渡り歩くうちにオランウータンは、熱帯雨林の様子を怪しく思った。ひっそりしている。熱帯雨林の暗いのは当たり前だが、けれども、なんだか、夜のせいばかりではなく、熱帯雨林全体が、やけにさびしい。孤独なオランウータンもだんだん不安になってきた。

 木にとまった小鳥に、何があったのか、にねんまえにこの森にきたときは夜は皆がなきごえをあげて、にぎやかだったはずだが、と質問した。小鳥は首をふってこたえなかった。しばらく歩いて老木にあい、こんどはもっといきおいよく質問した。老木はこたえなかった。オランウータンは両手で老木の幹をゆさぶって質問した。老木はちいさいこえでこたえた。


「殺戮オランウータンは殺します。」

「なぜころすのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」

「たくさんのオランウータンをころしたのか」

「はい、はじめは殺戮オランウータンの妹婿さまを。それから御自身のお世嗣を。それから妹さまを。それから妹さんの御子さまを。それから母オランウータンさまを。それから賢臣の友オランウータンを。」

「おどろいた。殺戮オランウータンはおこっているのか」

「いいえ、怒ってはおりませぬ。ただ殺戮をするのみでございます。このごろは、息を吸うように殺戮し、隠れているものを一匹一匹その手で殴り殺すのです。きょうは六匹殺されました。」


きいて、オランウータンはすごくウホウホした。


「ウホッ!ウッホーホー!」


オランウータンはたんじゅんであった。ドリアンをみぎてに持ったまま、ウホウホと殺戮オランウータンのなわばりに入っていった。たちまち殺戮オランウータンにであった。


「ウホッウホホホホウホー!ウホー!」

「ウホ。ウホホウホ!」ウホ、ウホホウホ。「ウホ!ウホッウホッ!ウウウホッウホッ」

「ウホッ!!!」


そこにいたのはただにひきの殺戮オランウータン。たちまち、二ひきの殺戮によって、いちめんがまっかな血でいっぱいになりました。せいぎもものがたりのおやくそくもどこかにいきました。こうして、たいようがおちるまで殺戮、殺戮、殺戮、殺戮、殺戮。ウホ、ウホウホ、ウホホホウホウホ…………。




――以上が殺戮オランウータンを研究していた某博士の最期の作品、『走れ殺戮オランウータン』である。

 殺戮オランウータンを主な研究対象としていた某博士は趣味で小説をかいていたが、論文を書き上げる前……この『走れ殺戮オランウータン』をかいている最中に殺戮オランウータンに殺されたとみえる。

 殺戮オランウータンは近づくだけでも命のきけんがあるといわれてきたが、この『走れ殺戮オランウータン』は、とても大せつなけんきゅうしりょうになるだろう。殺戮オランウータンはあたまにも、わるいえいきょうがでることがわかったからだ。がっかいのけんきゅうがこれでまたよい殺戮のほうへむかわるとおもウホ――



――ぐしゃぐしゃになった資料で読めるのはもうこれぐらいだった。これを読んだのすぐそばにも殺戮オランウータンは近づいていた。

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