百合の弾丸
王生らてぃ
本文
「そのペンダント、すごく素敵ね」
ルチアが目を丸くした。
わたしの胸元で揺れる、真鍮色の紡錘形のペンダント。尖ったほうを下にして、振り子のように揺れている。
「まるで弾丸みたいな形」
「そうよ。弾丸なの」
「え、本物の?」
「そう。わたしの身体の中から取り出したの」
ルチアはますます顔をおかしな形にさせていく。無理もない。こんなエピソード、そんなに無いだろうから。
「もう、ずいぶん昔のことのよう……」
わたしには、とても好きな女の子がいた。名前はエルフリーデ。みんなからはエルフィって呼ばれていた。
とても小さくて、瞳がきれいだった。
わたしの学校の後輩で、同じ寮に暮らしていたから、なんどか顔を合わせることはあった。時々は話もしたし、一緒に食事もするし、お出かけもしたし、一緒に星を見たこともあった。
だけど好きだと言ったことはない。
「マリーナさん」
卒業、そして寮を出る日。
エルフィはわたしに、とても大きな花束を差し出した。
「卒業おめでとうございます」
それは真っ白な百合の花。
両手いっぱいに抱えるほどで、エルフィの上半身が覆い隠されてしまっている。
「ありがとう、エルフィ」
わたしは百合の花の香りを、これほど間近で嗅いだことがなくて、思わずくらりとしてしまった。
両手を差し出して花束を抱えようとしたけど、エルフィは手を離そうとしない。
「わたしが入学して、寮に入ってから、いろいろお世話になりました」
「いいえ」
「いろんなことを教わりました……」
「どうしたの。今日はなんだか、いつもと様子が違うじゃない」
「どうしても伝えたいことがあるんです」
エルフィは花束を真っ直ぐに立てた。
頭のてっぺんを超えて、完全に顔が見えなくなる。わたしたちの前には百合の花が首をもたげ、立ち塞がっている。
「貴女のことが好きです」
とても力強くて、だけど小さな声だった。
わたしも、と言いかけたそのとき、またエルフィが言った。
「先輩としてじゃなくて、貴女のことを、ひとりの女性として……愛してるんです。貴女はたぶん、わたしのこと……気持ち悪いって思ってる。変ですよね。女の子が、女の子のことを好きになるなんて。わかってます。だけど、わたし、もう我慢できない。このまま貴女と離れ離れになるなんて嫌だ」
「エルフィ、わたし……」
「ずっと一緒にいましょう、先輩」
そのままエルフィは花束ごと、わたしの胸へと突進してきた。
ドン!
凄まじい音と共に、わたしの体は勢いよく地面に引き倒され、その周りにいた同級生たちがわたしたちのことを見た。
痛い。
わたしは背中から倒れ、その上には百合の花がたくさん舞っている。花束のブーケは解け、茎がむき出しになっていた。その傍らには、エルフィが小さな人形のように倒れ込んでいる。
百合の花はいつの間にか、真っ赤に染まっている。
悲鳴と叫び声と共に、みんながわたしたちのもとに駆け寄ってくる。
わたしは百合の香りに中てられて、そのまま気を失ってしまったのだった……
「そのあと、取り出してもらったの。この弾丸を」
ルチアはわたしのことを、信じられないものを見るような目で見ていた。
「あなた、撃たれたの……?」
「そう。百合の花束の中に拳銃が隠されてたみたい。それで、ドン! ってね」
「その、エルフィ……あなたを撃った子はどうなったの」
「たぶん死んだわ。同じように自分の胸を撃って」
だから、あの百合の花はみんな真っ赤だったのだ。
わたしの血だけじゃない。
エルフィの血も一緒に流れていたからだ。
「それを忘れたくないの。自分の気持ちにずっと正直でいたいから、この弾丸はいつも肌身離さず持っていたい。文字通り、わたしの胸を撃ち抜いた弾丸だから――――」
ルチアにこんな話をしても、あまりいい気持にはならないだろう。わたしも、ルチアも。
だけど、いまこうしてルチアと一緒にいられるのは、間違いなくこの弾丸のおかげだ。
エルフィが気付かせてくれたのだ。想いは、気持ちは、相手に伝えなくちゃいけないっていうことを。
「ルチア、大好きよ」
「わたしも、いつかあなたの胸を撃ち抜いてやりたいわ」
「もうとっくに撃ち抜かれてるわよ。ふふ」
百合の弾丸 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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