第952話 冬の“鼠ダンジョン”に千客万来が訪れる件



 それにしても酷い天候に、腹を立てていた香多奈はとうとう実力行使に出る事に。つまりは雪の精霊に出て来て貰って、直接話をつけて静かにして貰うのだ。

 雪の精霊は今まで一度も呼び出した事は無いけど、紗良やムームーちゃんは探索(魔法)で散々お世話になっている。冷たい性格かもだが、話せば通じてくれる筈。


 そんな感じの行き当たりばったりの《精霊召喚》は、何故か1度で成功してしまった。豪奢な白いコートをまとった雪の精霊は、末妹のちょっと静かにしてとのクレームにも眉一つ動かさず。

 それどころか、パチンと指を鳴らして何と周囲の吹雪を静めてしまった。後にはゆっくりと落ちて来る、普通の雪模様でそこはまぁ仕方がないだろう。


「凄いっ、香多奈ちゃんってば、まるで魔法使いみたいっ!」

「そっ、それよりこの子達って迷子なのかな……やっぱり私達、誰か大人を呼んで来るねっ。穂積はザジちゃんの所行って、私は護人の叔父さんを呼んで来るっ!」

「わ、分かった、和香ちゃん……それじゃあ、急いで大人を連れて来るねっ!」


 そう言って積雪の中、邸宅の方向へと駆けて行く和香と穂積である。遼は自分も何かしなきゃと焦りつつ、何をすれば良いか分かっていない感じ。

 香多奈に関しては、異界の子供とも会話を成立させる事が出来るアドバンテージがある。そこで3人の異界の子供に、怖くないよと安心を与える作業から始める事に。


 何しろハスキー達が、散々吠え立ててビビらせまくった前振りからの今である。敷地の護衛がお仕事とはいえ、罪のない子供たちを脅かせ過ぎである。

 とは言え、子供たちが怯えた視線を送っているのは明らかに魔導ゴーレムとその隣の竜みたい。これはやっちゃったかなと、ポンポンと萌の首筋を叩く香多奈はどう説明しようかと珍しく頭をフル回転させ始める。


 その時だった、ハスキー達が再びうなり声を上げ始めての何かを警戒する仕草。どうしたのと師匠ツグミに訊ねる遼は、この状況でもお気楽モード。

 何の警戒もなく、異界の子供たちに何か着るモノ渡さなきゃと優しい性根を発揮している。何しろ、3人の子供たちは明らかにシャツ1枚で寒そうな格好。


 それよりも、香多奈はハスキー達の異変に思い切り嫌な予感。この子供たちは、異界の隠れ里から何かがあって逃げて来たのではなかろうか?

 それがゲートを渡って追い掛けて来たとしたら、この敷地もピンチかも。


 そんな思いから、香多奈は再度3人の子供たちにこっちに来るよう呼び掛ける。具体的には、そのダンジョンの階段から離れた方がいいよ的なニュアンスの投げ掛け。

 それに対して、子供たちが顔を見合わせた瞬間に無粋な邪魔者の手が突然伸びて来た。それに反応したのは、《韋駄天》を発動させたコロ助だった。


「ぐおっ、何だっ……!?」

「えっ、何ナニッ……ひょっとして悪者かなっ、急に暗闇から出て来たっ!?」


 混乱する無頼漢と、その急な出現を知って慌てる子供達。どうやら隠密のスキルで、知らぬうちに異界の子供たちの後ろに回り込んでた奴がいたらしい。

 それを察知して、《韋駄天》での頭突きを喰らわせたコロ助はさすがである。喰らった男もさぞかし慌てただろう、今はダンジョンの階段を転がり落ちて思い切り悪づいている。


 異界の子供たちは、そいつを見てようやくこちらへと逃げて来てくれた。とは言え、やはり魔導ゴーレムと竜は怖いのかハスキー達の方向である。

 積雪の中、寒そうではあるが命には代えられないと子供達も必死である。レイジーは香多奈の方をチラッと見て、この子達を確保する動きにシフトする。


 今や“鼠ダンジョン”の入り口付近は、異界からの招かれざる客の対応に緊張状態。怒号と話し声が聞こえている事から、客は恐らく複数人なのだろう。

 香多奈としては、そいつ等の正体をキッチリと知りたい所……ハスキー達が手を出して、もし悪人じゃ無かったら大ゴトになってしまう。


 ところがようやく顔を出した男と女たちは、明らかに悪人顔だった。そいつ等は異界から逃げて来た子供たちを見定め、その前に雄々しく立つハスキー達を見て顔をしかめる。

 それからルルンバちゃんと萌の存在に、改めてギョッとした表情に。


「おいっ、何でこんな辺鄙へんぴな所に魔導ゴーレムと竜がいるんだっ? ここはダンジョンの出口だろう、こんな物騒なモンスターがいるって聞いてないぞっ!?」

「慌てないで、側にいたのは子供だけだった筈……何とか全員連れ去ってしまえば、役目も果たせるし新たな儲けの手段も増えるってモノよ。

 私の影の使役で、何とか邪魔な奴らを無力化してやるわ。アンタ達は、その間に逃げた子供とここの現地の子供をさらってしまいなさい。

 ダンジョンに入ってしまえば、後は逃げるだけよ」


 耳の良い香多奈は、そんな連中の悪巧みを全て盗み聞きする事に成功してしまった。それより、あの場には1人しかいなかったのに、この外の状況をよく理解している女がいる。

 ソイツは影を使役すると言ってたが、そう言うツグミみたいな能力持ちなのかも。遼もそうだが、これは激しい戦いになりそうな予感。


 それを察して、隣の遼に相手は悪者で影使いと言う情報を共有する香多奈である。ルルンバちゃんと萌も、それを聞いて倒して良い奴だと理解した模様。

 ハスキー達も同じく、縄張りに無断に入って来た悪人を懲らしめる気満々である。そんな感じで待ち構える一行の前に、入り口から飛び出して来たのは4人の武装集団だった。


 中には見るからに悪漢と言う凶悪な面構えの奴もいて、巨漢の斧持ちや半分獣人の血が混じってる者もいる。ザジみたいな獣人タイプなら、その身体能力はあなどれないかも。

 そう考えるハスキー達だが、向こうもこちらの戦力を改めて見て薄笑いを浮かべていた。どうやら警戒していた竜モードの萌が、思ったほど大きくなくて拍子抜けした様子。


「ナンだよ、竜と言ってもまだ若いじゃねぇか……後は犬っコロが3匹と、装備無しの魔導ゴーレムか。油断さえしなきゃ、こりゃ楽勝だな。

 特に竜をったら、二つ名で“竜殺し”を名乗れるぜ?」

「そりゃいい……お前の今の二つ名の“馬並み”とかアッガスの“成り損ない”とか、このチームは酷い奴らばかりだからな。

 あの竜は、俺とあねさんで退治するとしましょうか!」

「そうだね、他の連中は子供たちをしっかり捕まえておくれ。余計な仕事はこれ以上、本当に御免被ごめんこうむるわ……さっさと戻って、新拠点で休むわよ」


 そんな勝手な感想を語り合う悪漢共は、さっさと一仕事をこなして拠点に帰りたい模様。それが筒抜けだなんて思ってもおらず、子供も商品としか考えてない。

 そして仔ヤギの茶々丸に至っては、完全に無視されていてちょっと可哀想。まぁ、誰もヤギを戦力とも思わないので、そこは仕方が無いかも。

 そんな雰囲気の中、戦いは唐突に始まった。




 先手を取ったのはもちろん向こうで、まずはいきなり影をまとった女が巨漢の男と共に香多奈と遼の方へと詰めて来た。狙いは萌のようで、この場の一番の手強い相手と思われた模様。

 一方のハスキー軍団の方には、残り2人の男達が突っ込んで行った。こちらは曲刀となた持ちのペアで、片方は亜人の血が混じってる顔立ちだ。


 その顔は戦いの喜悦に歪んでおり、ハスキー達を脅威だとは全く思ってはいないよう。ただ単に、犬っコロ共を始末して子供を確保するぞって心意気は、しかしいきなり裏切られた。

 ツグミの『土蜘蛛』の一撃で、哀れな“馬並み”のボンゴはいきなり戦闘不能に。ちなみに、異世界の流儀だと自分の二つ名は自分で決められる。


 冒険者など、名前を売ってナンボの職業であるって考えなのだ。そのために、自身の看板二つ名を掲げて周囲に宣伝するのは、ある意味営業の1つである。

 その為に、二つ名と実力がかみ合わない冒険者が多く存在するのだが、“馬並み”のボンゴもそうだった模様。ただし、“成り損ない”のアッガスはレイジーの炎のブレスをあっさり避けてみせた。


 その炎は倒れたボンゴをこんがり焼いて、悪漢の絶叫が周囲に響き渡った。コロ助も突っ込むが、素早い動きのアッガスは曲刀を手にその攻撃を逃れて行く。

 その時、何の装備も着込んでない茶々丸が何かの気配に動いた。仔ヤギの後ろを通過しようとしていたその気配に、茶々丸は思い切り角を突き立ててやる。


 その途端、絶叫と共に地面に転がり落ちる5番目の人物……隠密でずっと隠れていたのだろうが、仔ヤギの嗅覚は誤魔化せなかったようだ。

 今現在、茶々丸にひづめで蹴られ続けているこの悪漢は、二つ名も持たない悲しい存在である。名前をムーアと言って、この追跡チームを率いる“影使い”のジュリスの手駒なのだった。


 つまりは、彼女の闇纏いの能力を借りて、隠密状態を保っていた三下である。戦闘能力も乏しく、茶々丸にボコられるのも致し方のない実力の持ち主。

 そんな訳で、あっという間に2人も仲間を失った悪漢連中はトップ2人の戦いも劣勢だった。何しろ、“影使い”のジュリスに遼が思いっ切り介入していたのだ。


 その相方である大斧持ちの“鬼兵”ノーマンは、その為に孤軍奮闘する破目に。その戦いも、何故かまだ居座っていた雪の精霊に思い切り邪魔される始末。

 それも香多奈の、ルルンバちゃんと萌に対する、ヤッちゃえとの指示出しを曲解しての行為である。氷の槍を飛ばされて、大斧使いのノーマンは萌に辿り着く前に大ダメージを受ける。


「ぐあっ、何だっ……おいっ、今のはお前らの仕業かっ!? 舐めた真似してっと、ぶっ飛ばすぞテメェらっ!」

「何だい、今の攻撃はこの子供たちの仕業かいっ……戦う能力があるって事だね、仕方無いから気を失わせて運ぶわよっ。

 ついでの筈が、手間かけさせて悪い子達だねっ!」

「言いたい放題だね、オバさん達っ……大人しくしても捕まえて連れていかれるなら、そりゃあ抵抗するに決まってるじゃん。

 ルルンバちゃんに萌、遠慮しないでやっちゃいなさい」


 ルルンバちゃんも萌も、人間相手の攻撃は躊躇ためらっていたがこの際仕方がない。何しろ放っておいたら、護衛対象の香多奈や遼に危害が及ぶのだ。

 幸い、自信満々に近付いて来た男女に関しては、実はそんなに強くは無さそう。ルルンバちゃんのワンパンと、萌の尻尾振るいで見事に気絶に追い込めた。


 いや、力の加減を失敗してかなりのダメージを与えてしまった気が。ただまぁ、子供に暴力を振るうのは駄目な事だし、そんな輩は罰が当たっても仕方がない。

 実際、ハスキー達の方の悪漢たちだが、死亡者も出ちゃってるっぽい。その死体は、ツグミが上手く空間倉庫に隠して無かった事にしているのがある意味凄い。


 容赦のない征伐は、ハスキー達にとっては日常で大したコトではない模様。今は雪の中に取り残された、異界からの来訪者に胡乱うろんな目を向けている。

 今までの一連の流れより、ハスキー達はこの敷地内の滞在者に感心があるよう。そこにようやく、和香と穂積に呼び出された大人たちがやって来た。


 慌てた様子の彼らは、護人と姫香が先頭でこちらを目指して駆けて来ている。姫香など、侵入者に備えて武器を抱えて勇ましい限り。

 護人にしても、薔薇のマントを羽織ってムームーちゃんを肩に戦闘態勢はバッチリ。





 ――ただまぁ、悪者退治は既に終わって両者の出番は無い模様。







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