第946話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その33



 異界の王国間で“9つの災厄”として評される1人、“西海の魔女” マダム・マリィは困惑していた。彼女はその通り名の通り、300年以上生きている魔女である。

 彼女が“災厄”の1つに連ねられたのは、意外と新しくて約8年近く前である。その頃にある王国と少々揉めて、あろう事かその王国は4百名の討伐隊を率いて彼女の塔に攻め入って来たのだ。


 その発端だが、ただ単に国王の無茶なお願いを無碍むげに断っただけである。確か自分の配下につけとか、おのれの価値も考えずのアホな申し出だった記憶がある。

 マダム・マリィにとっては断って当然だったのだが、向こうはそうは思わなかった模様。完全に腹を立てて、討伐隊を差し向けたのはしかし愚策であった。

 結果として、その一団は誰1人として王国には戻らず終い。


 こんな事があって、その王国は滅びへとまっしぐらに。それは自業自得ではあるのだが、異界のダンジョンへと放り込まれた騎士団は少々気の毒ではあった。

 最後まで見届けてはいないが、バカな国王の命令に従った騎士団はダンジョンの肥やしになった筈。異界渡りの達人の“西海の魔女”は、ダンジョン管理もお手の物なのだ。


 何を隠そう、リッチキングの“常闇王”ダァルや冥界の番人“黒天”のミゲルに、ダンジョン育成ごっこを教えたのは彼女である。2人の死霊王は、大いにハマって長年の趣味に昇華させて行く事態に。

 それはまぁ、また別の話で今は全く関係ない……いや、ダンジョンに関係しているので、全く関係なくは無いのだが。つまりは、マダム・マリィが困惑している原因である。


 異界渡りを長年の研究としていた“西海の魔女”は、実は異世界チームが懇意こんいとしていた隠れ里とも繋がりがあった。つまりは彼女の縄張りで、それを知る者が悪さを仕掛ける事態はまず無いと言っても良い。

 それが、大集団による襲撃騒ぎである……呆れた事にこのならず者の連中は、そこを自分達の拠点にしようと目論もくろんでいた。しかも隠れ集落の住人にも、被害が出て大慌てをする破目に。


 こんな非道は、彼女が“9つの災厄”を拝命して以来の事態である。困惑は次第に怒りへと変わり、彼女はその連中をまとめてダンジョン送りにしてやった。

 そしてハッと我に返った時、重大な過ちに気付く事に。どうやら奴らが人質に取っていた子供たちも、誤って一緒にダンジョン送りにしてしまったらしい。


 これは不味いと慌てるマダム・マリィだが、時既に遅しで集落の子供をも異界のダンジョン送りにしてしまった。この事態を、なるべく早く収束しなければ罪のない子供の命が失われてしまう。

 とは言え、実はマダム・マリィはダンジョンを探索する能力は持っていない。異界渡りや空間系の魔法は得意だが、それらは大規模過ぎてチマチマ敵を倒すのには向いてないのだ。


 一番良いのは、それ専用の冒険者を雇う事だろうか。伝手は持っている“西海の魔女”だが、果たして都合よく例の隠れ里に冒険者が滞在しているだろうか。

 厄介な事に、勢いで悪漢連中を放り込んだダンジョンは、相当に難易度の高い“処理施設”でもあった。過去に王国の騎士団を放り込んだのも、実はこのダンジョンだったりする。


 幾らダンジョンに詳しい彼女でも、放り込んだ連中を単独で追いかけるのは現実的ではない。悪漢連中も当然歯向かって来るだろうし、階層に住まう敵は手強い奴らばかりだ。

 せわしなく頭を働かせるマダム・マリィだが、やはり冒険者を雇うのが一番良さそう。 “エルヴィス”に手伝わせたいが、彼は3日前から姿が見えないと来ている。


 インテリジェンスソードの“エルヴィス”は、マダム・マリィの子供に等しい存在である。それがいなくなるのは大ゴトだが、まぁたまにある事なので今は気にしていられない。

 今は隠れ里の長老や、滞在している冒険者に事情聴取するのが先決だろう。自分のした事とは言え、これ以上不味まずい事態になる前に歯止めを掛けなければ。


 ――それにしても、エルヴィスは本当にどこに行った!?









 12月の年末に差し迫った頃、アメリカ軍の戦艦が瀬戸内海へと侵入して来た。空母型の巨大な鉄の塊は、それなりの威容を誇って一般人には見慣れない存在かも。

 その艦長であるカール総督は、長かった航海を思い返して1人感慨にふけっていた。何しろはるばる太平洋を渡って来たのだが、途中の航海は物凄く大変だったのだ。


 太平洋の横断中に幽霊船に遭遇する事3回、それから40メートル級のクラーケンに襲われる事1回。ついでにゴーストに館内に侵入されて、人的被害も出す始末。

 航空手段は完全に危険となった現代だが、航海での旅行も割と命懸けだと思わせる日々だった。戦闘空母でもそうなのだ、普通の輸送タンカーだと野良モンスターへの対処はどうなっている事やら。


 色々と考えさせられる今回の任務だったが、航海はこれで終わりではない。今は目的地の元米軍基地へと向かいながら、ワイバーンの群れを撃ち落とした所。

 瀬戸内海へと入って来てから、より一層モンスターの襲撃回数が多くなった気が。やはり島のあちこちに、間引きのおざなりなダンジョンが多いのだろう。


 それよりかつての岩国米軍基地も、ダンジョン化してしまって今はかつての面影も無い有り様。補給もままならず、向かう甲斐も目的もなかったりする。

 それでも向かうのは、日本と言う国の政府が今は瓦解してしまって面影も無いせいだ。せめて窓口は欲しいと、かつての伝手に頼ろうとしての行動だ。


 まぁ、アメリカも似たようなモノで実はもっと酷い有り様だったりする。内戦やら南の国境近くで紛争が起きたのは、食糧を求める人々の多さに比例すると思われる。

 これだから血の気の多い種族+銃社会のコンボは厄介なのだ。その点日本は、逆に厄介な腐り切った政府を追放して、この6年間を上手く乗り切ったらしい。


 その辺の情報は、辛うじて無事だったネット通信で掻き集められるだけ集めて来た。そんなこの艦隊のメインの目的は、安全な航路開発だがそれは今はどうでも良い。

 何しろこんな時代だ、売る物も買うべき輸入品もどうせろくにありはしない。それを政府は分かっておらず、いたずらに戦力を浪費する日々である。


 そもそも輸入を再開したとて、アメリカ国の内戦や食糧事情が劇的に向上する訳など無い。国民向けのアピールがしたいだけの、点数稼ぎに過ぎないのだ。

 それより、日本は他の国より圧倒的に優れている点がある。それはダンジョン攻略で、聞けばダンジョン通路から来た異世界人とも接触を持ったとか?


 しかもこの瀬戸内海には、異界の大通路“アビス”と、そこから出て来た“浮遊大陸”まであるそうな。手付かずの大陸が異界から来たのは、カール総督にとっては衝撃だった。

 狩猟民族の自分たちには、未開の地と聞くと真っ先に乗り込んで所有権を主張するのが当然との発想がある。ただまぁ、そこにいる先住民族はモンスター軍団らしいのだが。


 本当に悩ましい一連の問題だが、ダンジョン先進国の日本から学ぶ事は恐らくたくさんある。例えば協会の運営法とか、魔法アイテムのデータだとか。

 そう、特に“アビス”から回収したとの噂の『ワープ装置』は、是非とも我が国にも欲しい所。燃料食いの戦艦や戦闘機など、この時代ただの鉄の塊でしかないではないか。


 問題は、それを向こうが大人しく譲り渡してくれるか否かである。それからワープ可能な距離だが、自国アメリカと極東の日本を結ぶ事が可能かどうか。

 それが実現すれば、まさに新時代の到来である。


 ――それを叶えるためには、威圧や暴力も辞さぬ構えのカール総督であった。









 時間は少々遡さかのぼるのだが、40人以上の大所帯に膨れ上がった、“天使のぼったくり亭”はまさにイケイケの状態だった。異界渡りの能力者から、隠れ里への行き方を教わっての今は侵略戦である。

 逃げまどう集落の住人に、放たれる業火が混乱に拍車を掛ける。こちらに立ち向かって来る冒険者も何人かいたが、“ハイエナ”のガレスの部下には武闘派も多い。


 “強腕”のトトは2メートルを超す巨漢で、その名の通り腕力は3人力との噂だ。“重鎖”のペイドの、鎖鎌使いは、接近戦でも距離を置いた戦いでも自在である。

 “蟲使い”のムジャに至っては、味方からも嫌われる気持ちの悪い技を使う始末。ただし、敵の駆逐となるとこれ以上頼もしい奴はいない。


 そんな侵略戦は、30分後には子供の人質も何人か捕らえる事が出来て沈静化の方向へ。下手に荒らし回っても、今後の活用を見込んでいるのでガレスにとっても悪手である。

 そんな訳で、そこからは集落の長との交渉が始まるかと思われた矢先。ゲートを使って逃げた連中がいると、部下の何人かが目撃情報を持って来た。


「そいつは面白くねぇな、外部から応援を呼ばれたら厄介だ……おいっ、追跡が得意な連中でチームを組んで、逃げた連中を捕まえて来いっ。

 最悪、殺しちまっても構わねぇ。ただし、逃げた奴らが外部と接触する前に必ず始末しろよ。せっかく手に入れた楽園だ、こっちが攻め込まれる立場にはなりたくねぇ」

「了解だぜ、ボス……そんなら、“影使い”のジュリスを向かわせやしょう。ついでに目鼻が利くのを数人付けて、すぐに追跡させやす。

 おいっ、ガキどもの泣き声がうるせぇぞ、さるぐつわでも噛ませとけっ!」


 副官のムラーは、巨大な両手斧を軽々と振り回して部下に次々と指示を飛ばす。荒くれ者の中では、戦いも凄腕で珍しく目端の利く頭脳派でもある。

 とは言え、捕まえた子供たちは交渉では重要な役割を果たす鍵でもある。あまり乱暴に扱って、傷付けたら向こうも態度を硬化させる可能性も。


 そんな事を考えながら、“ハイエナ”のガレスは井戸の側に簡易テントを張らせて前哨基地を部下たちに造らせる。戦争に慣れたガレスは、水や食料の確保にはかなり敏感なのだ。

 そうして、ようやく段々と集落から戦利品が拠点へと運ばれ始めた。大して価値のある物は無いと思っていたが、どうして食糧以外にも金品は意外と多い。


 それを見て、ガレスが頬を緩めて思わずほくそ笑んでいた時だった。急に視界全体が歪んで、まるで次元が強引に割かれたかのような感覚が周囲を襲った。

 それは決して気分の良い症状ではなく、頭を抱えてガレスは何事だと周囲を見回す。


 テントは既に3つ程、普段使いの大振りの奴が建てられていた。彼らの仮の拠点で、移動の際は特性の魔法の鞄に詰めて持ち運ぶのだ。

 つまりは見慣れた存在なのだが、そこに割って入る異質の人物が“ハイエナ”の視界に映った。それは巨漢の魔女で、2メートルを超す体型はゆうに200キロはありそう。


 その魔女の姿を見た途端、ガレスの脳裏に警鐘が鳴り響き始めた。職業柄、彼の脳内の棚の中には『関わってはいけない』重要人物のリスト欄があるのだ。

 “9つの災厄”の1つである、“西海の魔女” マダム・マリィの悪名はある意味ガレスの中ではトップランクだった。何しろ、お互いの活動範囲が圧倒的に近いのだ。


 虎の尾を踏むリスクは、物理的な近さに起因する……それがガレスの持論で、つまりは彼の今までの悪辣な活動も、藪を突かないように細心の注意を払ってこなしたモノ。

 それが今回、誰にも知られぬ拠点が欲しい余りに、大いなるミスをしでかしてしまったらしい。今や向こうも、自分の尾を踏んだ異物を見初めて何やら考える素振り。


 それでも“ハイエナ”のガレスは、一応は“西海の魔女”相手に交渉しようと試みてみた。相手は長年を生きた魔女とは言え、この西大陸の出身に間違いはない。

 何なら同じ人間だ、他の“9つの災厄”とは違ってまだ話し合いの余地がある。そんな思いに望みを掛けたが、どうやら向こうはこの侵略行為を許すつもりは毛頭なかった模様。


「おっ、おい……まぁ慌てるな、ここがアンタの縄張りとは知らなかったんだ。今すぐ部下を引き下げるから、まずは話し合おうじゃないか」

「消えな、下種ゲスなウジ虫共めっ」





 ――ガレスと部下達が次に見たのは、見知らぬダンジョンの景色だった。








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