第899話 期せずして“百鬼夜行”に遭遇してしまう件



 そうして一行が辿り着いた10層だが、相も変わらずの昭和チックな建物が立ち並ぶエリアだった。周囲を見渡す来栖家チームだが、やがて違和感を発見に至る事に。

 まずはハスキー達が先行して周囲を嗅ぎ回っても、お迎えの敵の集団が一向に現れない点が1つ目。そして2つ目は、末妹の魔法のコンパスが方向を指し示さないという異変。


 これには戸惑う子供たち、アンタ壊したでしょと姫香に詰め寄られて違うを連呼する香多奈である。ただまぁ、過去にそう言った事例がゼロかと言えば、何度かあったのも事実。

 大いに焦る香多奈だが、妖精ちゃんがそこはかばってくれて一安心。チビ妖精の言葉は、割と衝撃で一行を大いに驚かせた。


「ココが最終目的地ダナ、つまりこの町エリア全体が大ボスの間ダ。コアの場所はアッチかナ、何となく分かるダロ」

「いや、普通の探索者は分かんないよ……そしたら、大ボスはどこだろう? 雑魚が出て来ないのは、そう言う理由なら納得は行くけどさ」

「そっかぁ、この町エリア全体が大ボスの間なんだ……護人さん、それって凄く嫌な予感がしませんか?」


 紗良のその言葉に、護人も全く同じ予感にさいなまれていた。特に《心眼》スキルを持つ護人は、上空全体からヒシヒシと嫌な感じのプレッシャーを受けており。

 大物が待ち受けてそうだなと返事をすると、望むところだよと姫香が拳を振り上げる。そうして、妖精ちゃんが示してくれた方向へと、ペット達を先導する構え。


 ハスキー達も、行く先が分かれば戸惑いは一切なくて大ボスよ出て来いと最終戦に向けて意気も高い。チームを案内しながら、やがて出たのは町の大通りだった。

 人も車も走っていない大通りと言うのは、何だか寂しくて不安感を誘って来る。そこに出た途端、どこからともなく祭囃子まつりばやしが聞こえて来た。


 笛や太鼓の賑やかな音色は、しかしこのダンジョン内では不釣り合いな気も。大通りは歩道橋や古い電柱が立ち並んで、それなりに近代的なだけあってその点も違和感が強い。

 お祭りかなぁと呑気な末妹だが、ハスキー達は何かに備えて戦闘態勢を崩さない。むしろレイジーなど、『活火山の赤灼ランプ』を取り出して配下の召喚を始めていた。


 そして次の異変は、あまりに出来過ぎでこちらをビビらせる気満々な仕様だった。周囲が突然真っ暗になって、大通りの電灯が向こう端から順次ともり始めたのだ。

 まるで何かの出現をいざなうような、その演出だがまさにその通り。宙に出現した小さな粒のような集まりは、祭りの音楽と共に段々と大きくなって行く。

 それは無数の、妖怪たちの空中行脚あんぎゃだった。


 うわっと思わず驚きの声をあげる末妹、それに騒ぐと見付かるよとかぶせて来る姫香だがもう遅い。こちらは既に見付かって、連中にタゲ指定されている模様だ。

 戦闘準備と声を発する護人は、すかさずルルンバちゃんと遠隔攻撃を始める。それにムームーちゃんも加勢して、場は途端にあわただしくなって来た。


「香多奈っ、またアンタが招いたわねっ! 信じられない程に敵が多いんだけどっ、これって本当に敵は百体いるんじゃないっ!?」

「う~ん、確かに百鬼夜行って言うもんねぇ……まぁ、鬼だけじゃなくて、色んな妖怪が混じっているけど。あっ、大半は地面に降りてくれるんだね、良かった。

 これでペット達も戦いに参加出来るよっ」

「この大ボスは私のせいじゃないよ、ってか本当に多過ぎっ! 先に部隊を増やしてたレイジーは偉いよっ、ミケさんも遠慮なくやっちゃって。

 特に一番後ろの、いかにも大ボス的なあの大きい奴とかっ!」


 アレは“ダイダラボッチ”かなぁと、その巨体を見上げながら紗良の呟き。周囲は途端に暗くなったため、街灯の灯りだけでは見分けは困難。

 とは言え、あれだけ大きいとさすがに目立つし、ミケも明らかに連中には近付いて欲しくなさそうな表情。2本の尻尾が逆立って、束の間天空に迅雷がはしった。


 そして、百鬼夜行の一番後ろを追走していたダイダラボッチを、何と一撃で沈めてしまった。恐るべきミケの雷落としだが、それ以上は自重する模様。

 どうやら仲間達にも、見せ場が無いとなってそんな考えなのかも。


 地上に降りて来た妖怪だが、前の層でも出て来た一つ目小僧やのっぺらぼう、ろくろ首や唐傘お化けなど多彩である。ネズミ男や狒々ひひもいるみたいだが、一番多いのはやはり鬼族かも。

 そのサイズも様々で、ゴブ獣人サイズの小柄な奴から3メートル級の赤鬼や青鬼まで猛り狂っている。迎え撃つハスキー達だが、レイジーの召喚した炎の狼は勇ましい限り。


 怖いモノ知らずに集団の中へと突っ込んで、炎をき散らす炎狼の軍団である。そのせいで混乱する敵陣営は、数の有利を完全に生かし切れておらず。

 そこに突っ込むハスキー達&茶々萌コンビも、その混乱をさらに拡大させて行く。賑やかな祭囃子ばやしの中、2つの勢力の戦闘は続いて行く。


 ちなみに、飛行能力を備えた一反木綿や火車かしゃ、それから妖狐の類いは護人とルルンバちゃんで遠隔攻撃の的となっている。それに軟体幼児も協力して、今の所は後衛の安全は確保出来ている。

 そんな感じで、雑魚の掃討は順当でさすが来栖家チームの地力は凄いモノがある。戦闘開始から10分程度で、敵の集団は既に半減している気が。


 それは百鬼夜行の群れが地上に降りて来てから、さらに加速して行った。敵の集団も、既に大物のダイダラボッチが姿を消して締まりがない。

 とは言え、さすがに大ボスは他にもいたようで、雰囲気のある大柄な鬼が群れの背後から姿を現した。その隣には、狐のお面を被った長身の女性と、それから超大柄な腕が6本もある妖怪が。


 ソイツを見て、薔薇のマントがアイツは俺が倒すと言わんばかりに激しく反応する。紗良がその姿を見て、両面宿儺すくなかなぁと自信なさそうに呟いている。

 ソイツは実際に前と後ろに顔があって、鬼神の類いにも見える。立派なはかま姿の鬼は、どうやら白髪を伸ばした夜叉らしい。狐のお面の女性は、まんま妖狐だろうか。

 ただし、尻尾の数は7本と実に大ボス級である。


「おっと、空の敵がだいたい片付いたと思ったら、ようやく妖怪のボスがお目見えかな? 俺が前に出ようか、ルルンバちゃんは引き続き後衛の護衛を頼むよ」

「私も1匹引き受けようか、敵も強そうだもんねっ。もう1匹は……あっ、レイジーが立候補するのねっ? いいじゃん、一緒にあのボス級の群れを蹴散らすよっ!

 さあっ、護人さんはどいつと戦うのっ!?」


 どうやら姫香は、リーダーの護人から対戦相手を選ばせてくれるらしい。とは言え、護人の意思よりも薔薇のマントの暴走の方が遥かに強いけど。

 赤いマントは護人の頭の上で指を形作って、両面宿儺すくなに向けて挑発の指招きを行う。それに残忍な笑みで乗っかる、2面6本腕の鬼神であった。



 そして姫香は、何となくボスっぽい夜叉と斬り結び始める。向こうも1対1の美学をみ取ってくれて、その点はとっても有り難い限り。

 そんな訳で、必然的にレイジーは残った狐面の妖怪と対峙する流れに。向こうはお面越しに妖艶に微笑んで、手の平に狐火を発生させて連続で投げつけて来た。


 それを平気で受けるレイジーは、ほむらの魔剣を口に咥えて接近戦を挑みに掛かる。向こうはそれを嫌がって、空中へと飛翔して距離を取る素振り。

 それを『歩脚術』で追う彼女だが、もちろん宙を駆ける事は叶わず。


 一進一退の攻防が続く隣では、姫香と夜叉の壮絶な斬り合いが行われていた。豪奢ごうしゃはかまを身にまとう夜叉は、これまた立派な刀を手にそのさばき方も上級者のそれである。

 姫香もそれに負けないあたり、素材的には素晴らしいモノを持っている。もちろん毎日の特訓あっての実力だが、スキル込みの大鎌モードの武器の扱いは手慣れた感じ。


 それこそザジやムッターシャは、きょうが乗ったら手加減無くこちらを限界まで追い込んでくれる。それが結果的に、姫香の実力をいつの間にやら底上げしてくれていた模様。

 実地で見よう見まねで覚えた、虚実のフェイントなどまさにその集大成だ。敵の攻撃を受けそこなった振りをして、態勢を崩すと見せかけてのしゃがみ込みからの逆袈裟斬り。

 これが見事に決まって、まずは姫香が大ボス撃破の1番手。



 一方の護人だが、敵を前に苛立つに手を焼いていた。恐らく薔薇のマントも軟体幼児も、護人の“四腕”の二つ名にプライドや矜持きょうじを持っているのだろう。

 それこそ本人以上に持ってるのは、ちょっとアレな気もするけれど。目の前の6本腕の異形の鬼神は、それぞれ手に剣やなたを持って随分と凶悪そう。


 その攻撃を“四腕”でいなす護人は、『硬化』スキルも併用して忙しい。ただそれ以上に、両者の暴走が心配で気もそぞろな状態だったり。

 何しろムームーちゃんなど、『擬態』スキルを駆使して護人の5本目の腕を形作って相手を威嚇いかくしているのだ。ただし、それでも向こうの6本腕には1本及ばない悲しさ。


 ところがそんなぷよぷよの腕が、突然炎を吐いて来るとは敵も予想外だったようだ。モロに喰らった両面宿儺すくなは、憎々し気に護人をにらみ据えて来る。

 いや、やったのは俺じゃないしと、護人は内心で冷めた言い訳。軟体幼児は《ドレイン》も発動しているようで、次第に弱って行く敵のボスである。


 このスキル、滅多に使わないのは凶悪過ぎるからと言う理由でしかない。敵のHPを強制的に吸い取るこの技は、ハッキリ言って呪いに近い。

 薔薇のマントも、負けるもんかと砲弾を撃ち込んだり毒薬をブッ掛けたりやりたい放題。ちなみに毒薬は、家族の目を盗んで戦利品からくすねていたらしい。


 明らかに強敵に見えた強面こわもての両面宿儺すくなだが、やっぱり両者のヤンチャには敵わなかった模様。とうとう膝を屈して、最後は《奥の手》の理力の刃に刈り取られてしまった。

 かくして“四腕”と6本腕の戦いは、無事に護人(?)の勝利に。



 残ったボス戦だが、レイジーは慌てず狐面の妖怪との追いかけっこを楽しんでいた。いや、その言葉には語弊ごへいはあるが、焦りの感情は全く無い。

 相手が逃げるのは、近接戦または体力に自信が無いからに他ならない。炎と雷の両方を扱う相手の腕前は厄介だが、気を付けるのはその属性攻撃のみ。


 不意を突かれて、電撃でしびれさせられたのは不覚だったが、ダウンを奪われる程では無かった。そう言う点では、来栖家のミケの方が百倍優れている。

 実際に、その威力を何度も目にしているレイジーから見たら、対面する妖狐は決め手に欠ける格下でしかない。優れているのは宙に逃れられる点のみで、それもそこまで高くは距離を取って来ない。


 それは油断と言うより、相手の攻撃の射程距離があるのだろう。それが証拠に、魔法攻撃の追撃はさっきからずっと続いてウザいったらない。

 気がつけば、百鬼夜行の雑魚の掃討はもうほぼ終わっていた。そしてこちらを手伝おうと、茶々丸が敵に向けて無駄な跳躍ちょうやくを行っている。


 そして電撃を喰らって、見事に空中で痺れて落下するヤン茶々丸。ただし、それを見た妖狐も、追撃して仕留めてやろうと下心を出したようだ。それを見逃さず、レイジーは落ちて来る茶々萌コンビを土台に跳躍して敵の喉元に魔剣を叩き込む。

 絶叫を放つ間もなく、その一撃が止めとなって最後の大ボスは倒されて行った。周囲では、百鬼夜行の集団と戦い抜いた仲間がお互いをねぎらい合っている。

 そして、活躍をしたレイジーにもご主人からのお褒めの言葉が。





 ――それだけで、戦いの疲れが吹き飛んで行くレイジーだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る