第875話 “アビス”の深層はやっぱりかなり手強かった件



 結局は10分近く掛かった、水エリアの初っぱなの戦いではあった。ドロップしたサメの集団の魔石は全て小サイズで、軽くB級以上の難易度である。

 ヒバリとムームーちゃんも頑張って、それぞれ3匹ずつ程度は珊瑚に潜んでいた敵を倒していた。それらは魔石(微小)で、まぁ敵のサイズ的にも妥当な線ではあった。


 それでも、活躍した軟体幼児は大威張りで鼻高々な様子である。ドロップした魔石を拾いながら、全部父ちゃんにあげるデシと親孝行な所を見せている。

 一方の仔グリフォンも、自身のキル数は4匹とまずまず。残りは兎の戦闘ドールが始末してくれて、こちらも大威張りで勝利のダンスを踊っている。


 それよりも前衛陣の活躍振りは見事で、何しろサメの群れは確実に20匹近くはいたのだ。それを被弾無しで一方的に駆逐したとなると、素晴らしいの一言に尽きる。

 もちろん姫香も頑張ったが、今はハスキー達を褒めまくって怪我チェックを行っている所。怪我もそうだが、慣れない水エリアでの戦いはスタミナも心配になって来る。


 幸いにも、ハスキー達を含めたペット勢に動きの鈍っている者はいないようで何より。そう判断した姫香は、後衛に合図を送ってどうするのかのお伺いを立てる。

 つまりは小休憩をするか、このままゲートを目指すべきか。


「そうだな、少しだけ休憩してから探索を再開しようか。ハスキー達に怪我は無かったかい、サメの集団に襲われるってのは見た目からして心臓に悪いからね。

 何事もなければ、本当に良かったよ」

「こっちは大丈夫だったけど、後衛でも戦闘があったんでしょ? しかもヒバリやムームーちゃんが戦ったって、大丈夫だったの、護人さん?」

「何ならノリノリで戦ってたよ、今回も隠れてる敵はスルーで良いかも、姫香お姉ちゃん。実戦でこんなに訓練が進むとは、何とも贅沢な気分だよねっ!」


 護人の代わりにそう答える香多奈は、このままヒバリを鍛え上げる気満々である。一方の護人は、そろそろムームーちゃんには肩の上に戻って欲しそう。

 それから小休憩が終わって、再び“アビス”の31階層を進み始める来栖家チーム。珊瑚エリアは相変わらず綺麗だが、やはり死角が多くて進むのは大変だ。


 ところが、そこから10分も進まない内に次の層へのゲートを発見してしまった。体感的には、31階層は洞窟エリアと水エリアが半々ずつって感じだろうか。

 拍子抜けではあるが、まぁ1つの階層のボリュームとしては充分過ぎではあったかも。そう話し合いながら、ゲートを抜けて次の層へと向かう一行である。



 ちなみに、残りの水エリアでの襲撃は待ち伏せが数回とマーマンの襲撃が2回ほど。待ち伏せに関しては、毒持ちの大カサゴが珊瑚の死角から中衛と後衛に2度ずつ程度。

 どちらも毒の被害もなく、あっさり返り討ちで問題もなく残りの層の踏破に至った。この調子で、この32層も進んで行きたい所である。


 そう思って眺めるエリア情報だが、ここも最初は洞窟エリアのスタートみたい。しっかりと空気はあるし、真っ暗なエリアだが分岐は無いし歩くのも楽そう。

 ここも奥の半分は水エリアかなと、呑気に会話をしながら一行はスタートを切る。そして程無く、サハギン獣人の群れと遭遇を果たした。


 この辺もさっきと同じで、勢いよくそいつ等に突っ込んで行くハスキー軍団である。茶々萌コンビも追従して、やられる前にヤレ的な戦いが始まる。

 今回も術者を率先して倒す戦法を、姫香が指示しなくてもツグミがになってくれている。敵の前衛の槍持ちは大した技術もなく、壁役にもなれていない有り様。


 そのお粗末な獣人の群れだが、敵の術者の水魔法は相当な威力を有していた。しかも召喚系と言うか、周囲を水エリアに変えてしまう能力はあなどれない。

 とは言え、先ほどから水の精霊の加護を貰っている来栖家チームに戸惑いは全く無い。敵の前衛をサクッと倒して、術者を狙うツグミのフォローなど。


「出て来る敵も似た感じだね、さっきの水エリアに較べたら楽でいいかも。この調子で、どんどん進んで行くね、護人さんっ」

「ああ、ペースはこのままで大丈夫だよ、姫香。さっき岩国チームから通信があってね、向こうも足並みは揃わないなりに、攻略を進めて行く予定だそうだから。

 こっちも、夕方過ぎを目途めどにボチボチやって行こう」

「は~い、それまでには宝の地図の場所を突き止めなきゃねっ! 妖精ちゃんの推測は当たってると思うけど、たまに外れてる事があるからねぇ」


 何だとと憤慨する小さな淑女だが、必ずあるとは明言しない辺りはさすがである。ダンジョンに踊らされる探索者と言うのは、言ってみれば日常茶飯事さはんじ

 時として命を落とす可能性もあるし、それだけ凶悪な仕掛けや敵の配置も言ってみれば当然だ。そこまでダンジョンを信頼するのは、お門違いとの見方もある。


 不安になった香多奈が再び宝の地図を取り出すが、それは扉前のように発光などしておらず通常通り。妖精ちゃんも覗き込むが、敢えてコメントは述べず仕舞い。

 そんな事をしている間にも、前衛陣は次の敵の群れと鉢合わせをしていた。お次はカサゴ獣人とサメ獣人の混成軍で、パッと見た限り20匹以上いる。


 これは大変と、ルルンバちゃんが率先して加勢に向かっている。護人も同じく、ムームーちゃんに声を掛けて魔法攻撃に切り替えるように指示出し。

 スライム幼児は、父ちゃんに手を引かれて嬉々として後衛での戦闘参加。


 それを見ながら、明らかにムームーちゃんの適性は後衛だよねぇと話し合う紗良と香多奈である。何しろ範囲魔法を3つも4つも、しかも属性違いで持っているのだ。

 その威力も、子供の癖に割と強くて命中精度もかなり高い。MP保有量にしても、確実に末妹よりも現時点では高い気がしている。


 護人もそれを横目で見ながら、弓矢での『射撃』スキルで前衛のサポート。連携は上手に取れていて、ツグミなどは敵の誘い出しがとっても上手である。

 明らかに、後衛陣が倒しやすい方向へと敵を導いて行くその手腕は、さすが来栖家の忍犬と言われるだけはある。その点コロ助は、自分で倒したがりな一面が窺える。


 どっちが良い悪いではなく、そのスタイルは個性から来ているのだろう。巨大化したコロ助のパワーは、確かに盾役とフィニッシャー役に相応ふさわしい。

 そしてレイジーだが、これはもうハスキー軍団の不動の指揮官でありエースの存在だったりする。レイジーの指揮があって初めて、ハスキー達は個ではなく群れとして成立している。


 この“アビス”ではやり難いけど、敵が多ければ炎の軍団でのかさ増しも可能な万能指揮者である。一撃の威力も半端ないアタッカーの素質も持ち合わせており、戦闘でのキル数は余裕でコロ助を上回っている。

 今回もまさにそんな感じで、中衛の姫香や茶々萌コンビも思わず舌を巻くほどの暴れっぷり。敵の混成軍も、思わずひるむ戦場での立ち振る舞いはまさに鬼神である。


 後衛からの応援を背に受けて、10分に満たない戦いはこちらの完勝で幕引きとなった。お疲れ様と合流を果たす後衛陣は、早くも魔石の回収に忙しそう。

 紗良の怪我チェックも同時に行うも、どうやら怪我を負った者はいないようで何より。茶々萌コンビも、今回は慎重に戦ってくれた模様。



 それから5分と進まない内に、またもや難関の水エリアの入り口を発見。とは言え、洞窟エリアの続きが途中から水に満たされた鏡面のようになっている感じだ。

 その境目はある意味綺麗で、ゲートのようにも見受けられる。もっとも、向こうが見えるゲートと言うのは、今までの探索生活でも目にしたことなど無い。


「これはこれで、割と珍しいエリア構成だよねぇ……向こう側の水エリア、今回は珊瑚じゃなくて穴ぼこの空いた変わった地形みたいだね。

 これはこれで、警戒しながら進まなくちゃ」

「本当だ、地面にも穴が開いてるや……まぁ、ちゃんと通れる道はあるから歩いて進むには問題は無さそうだね。ただやっぱり、穴からの不意打ちが怖いかも?」

「そうだねぇ……あれっ、あちこちで光が明滅してるね? 何だろう、蛍光虫的なモノかな……まぁ、深海には光を放つ魚なんかもいるっぽいけど」


 そう話して水エリアを眺めている一行の前を、光を発しながら穴から穴へと泳ぐ小さなイカの群れが。ホタルイカだと騒ぐ末妹だが、アレはずっと光っている訳では無い。

 そう説明する長女だが、まぁダンジョンなのである意味何でもアリなのだろう。それに釣られて、壁に張り付いているオウムガイやら虫っぽい連中も淡く光を発し始める。


 まるで、今から水エリアに突入する来栖家を歓迎しているようなその風景。それを無視して、ハスキー達は何でもないかのように水エリアへと入って行った。

 それに遅れて中衛陣が突入、それから後衛陣も後に続いて行く。香多奈はヒバリに対して、穴ぼこに落ちちゃ駄目だよと口を酸っぱくして注意を飛ばしている。


 その穴ぼこだが、まるでアニメに出て来るチーズのように、不揃いな大きさであちこちに開いていた。幸いにも、地面に開いた穴は大きいモノが無いようで、歩くには不便はない。

 とは言え、2~3メートル直系の穴ぼこは割とあちこちに開いている。不注意で足を滑らせたら、一体どうなる事やらって感じ。


 それからもちろん、穴の中からの奇襲も充分に注意しないといけない。護人も注意を飛ばすけど、ムームーちゃんもオートマタ鎧での自由行動を止めるつもりはないみたい。

 そうして32層の、後半戦となる水エリアのスタートである。慎重に進むハスキー達は、暗く開いた大穴を特に注意しながら進んでいる。


 現に、そこからいきなり出現したのはマーマン&巨大チョウチンアンコウ部隊だった。マーマン部隊は1ダース近くいて、巨大なアンコウは3体もいる。

 ソイツの光らせている提灯ちょうちんは、敵ながらピカピカ光って綺麗かも。それはともかく、こちらも光源を最大にして暗所での戦闘を少しでも補う構え。


「うっ、水エリアは遠距離攻撃がほぼ封じられるのが辛いな……前衛陣は頑張ってくれ、本当は俺かルルンバちゃんが前に出たい所なんだが」

「あ~っ、ムームーちゃんが冒険したいお年頃なんだねぇ。ヒバリがやたらとムームーちゃんをライバル視するから、一緒に運用出来ないのが辛いよねぇ。

 そんじゃ、ルルンバちゃんに前に出て貰おうか?」

「そうだね、後衛陣はいざとなったら私の《結界》でカバー出来ると思うし。前衛陣が戦いっ放しで疲れちゃったら、大怪我に繋がるかもだから怖いもんね。

 それじゃあお願い出来るかな、ルルンバちゃん?」


 水エリアでレーザー砲の威力を封じられていたAIロボは、その言葉に良いのかなって表情。最終的には護人にオッケーを貰って、それならと前衛参加を決め込む事に。

 何しろこの水エリアに出て来る敵は、総じて大型サイズが多めみたい。それに対抗出来るのは、やはり魔導ボディを誇るルルンバちゃんが適任だろう。


 レイジーも炎属性を封じられているし、チームとしてはやはり弱体化が否めない水エリアの探索である。ルルンバちゃんの前衛参加も、そう言う意味では致し方なし。

 そんなAIロボは、すぐに巨大アンコウと殴り合いを始めていた。巨大な口に呑み込まれそうなハスキー達を守りながら、何とも騎士っぽい風情のルルンバちゃんである。

 それを背後から、羨ましそうに眺めるチビッ子2匹。





 ――果たして彼らにも、いつかお兄ちゃんみたいな活躍の場が訪れる?






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