第806話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その28
『仏教の聖者』と言い換える事もでき、元はサンスクリット語のアルハンから来たようだ。
そんな大層な名前を、羅漢疾風坊としては気に入っていた。そもそも縄張りの羅漢を冠する山も、この辺りには本当にあちこちに存在する。
例えば、広島県と山口県にまたがる羅漢山とか、広島県と島根県の境にある
本人は気にしていないけど、品とか格と言うのは安売りすべきではない類いのモノ。天狗に良く言われる付け上がったような態度は、疾風坊には無縁である。
彼は本気で、自分の縄張りの治安を保ちたいと考えていた。鬼のように、向こうとこちらに半々に
そんな訳で、人間どもが暮らすこの地を荒す、ダンジョン問題にも関わるようになってはや6年近く。なかなか有効な手段を探し出せず、
その目の敵にしていた鬼が、どうやら地元の探索者の中から有望な人物をピックアップしたとの噂が。それは良い案だと、手の足りなさに閃光に撃たれた気分の疾風坊である。
そして心の中で葛藤した結果、そのメシアシステムを踏襲する事に。いや、さすがにプライドや何やらと考える事は多かったのだが、良い案が他に浮かばないのだから仕方がない。
そんな訳で、地元の近辺で有望な人材を探す作業を半年ほど。その結果、何故か鬼が目をつけた探索者を選んでしまうと言う皮肉の結末が。
それでもまぁ、この地を平穏に導く手間を思えば許せる範囲だ。
心証を良くするために、その家族チームにちょっかいを出す拠点を潰したのは2ヶ月ほど前の事だ。自身で手を出すのは本来はご法度なのだが、近場でその所業を見て腹が立ったのが犯行に及んだ経緯だったりする。
動物だろうと人間だろうと、命を粗末にするような
何も聖者を気取るつもりは無いのだが、殺されて行った命に何の敬意も払わないのは腹が立つ。しかも目的は金儲けと来たモノだ、品位の
腹立ち紛れに暴れ回ってしまったが、火災まで起きるとは思わなかった。ただまぁ、犬や猫達が逃げる良い機会になったので、それもよしとしよう。
そんな感じで、やや自分への裁量が甘い疾風坊である……そんな彼が目をつけた、日馬桜町の家族は絆も強く面白い存在には違いない。
ムカつく鬼が先に目を付けた件は置いといて、そんな連中の
吉和にも大きなチームがあるみたいだが、食指の動く探索者チームは残念ながらいなかった。そんな訳で、後はスパルタの度合いを見極めるだけ。
気まずいので、なるべく鬼の連中とは顔を会わせないようにしないと。それにしても、試練を与えるためにダンジョンの中にダンジョンを作るとは考えたモノだ。
そこをクリアする事で、彼らは経験値を得る事も出来るし、魔法アイテムも回収が可能である。試練の形として、ダンジョン探索は何て優れたシステムなのだろう。
本当に
――そんな訳で、近々来栖家の敷地内に新たにダンジョンが増える予感?
尾道在住の“八代三姉妹”の次女である
他にも原因は、探索者ランクがなかなか上がらないとか、姉が最近彼氏に振られたとか色々ある。末妹の
姉の
何しろ探索業は、ダンジョン探索の途中で事故って死んでしまう事態だってあり得るのだ。それを思えば、平穏な家庭を築くのは難しいのは当然だ。
姉の幸せを思えば、引退を勧める事も出来た次女の椿ではある。ただまぁ、色々なチーム事情があっての、今長女に抜けられたら困るってのが本音である。
尾道のギルド&チーム事情は、ここ1年で大きく変化していた。その1つに、お隣りの三原が“浮遊大陸”だかの襲撃で大打撃を受けた事も関係していた。
それから、女性チームの
たった2人のチームながら、B級に昇格した彼女達は破竹の勢いである。加えて、今や探索者達が羨望の的である『ワープ装置』の所有も大きいと思われる。
それがあれば、ゲート渡りで“アビス”ダンジョンに好きな時に探索に行けるのだ。探索者活動にもブームは存在するが、“アビス”はまさに最先端のダンジョンである。
もう1つは、宮島に直通した“太古のダンジョン”だろうか……アレも尾道からは微妙に遠いので、日帰りで探索はちょっと難しい。
その新勢力の2人だが、好んで女性チームを組んで探索しているようだ。“八代三姉妹”も何度か一緒に探索した事もあるが、そこに三原から別勢力が流れ着いて、
それが、前『ウサギ同盟』所属の牧田姉妹で、20代で2人ともC級である。どうせなら広島市内に移れば良いのに、尾道に来たと言う変わり者だ。
とは言え、腕は確かでギルド『日馬割』の尾道支部2人ともウマが合うよう。それから尾道のギルド『Zig-Zag』の森
もちろんそれは遊びにでは無い、“アビス”を含めた近隣ダンジョン探索である。乗り遅れたなぁと、椿は色んな角度を踏まえてそう思う。
せめて、自分達のチームも『ワープ装置』を所持していれば、この時代の波に乗れただろうに。水耐性アイテムも、なかなか人数分は用意出来ずに波には乗れない体たらく振り。
本当に切ない、姉の失恋を含めて……。
――そんな感じの、最近の尾道事情なのであった。
ヒバリと姫香に名付けられたグリフォンの子供は、無事にこの世に生を受けてホッとしていた。何しろ、肉体を持って産まれるのは初の体験でドッキドキである。
つまりは妖精ちゃんの推測はほぼ当たっており、このグリフォンの子供の出生は世界樹にあった。そこに棲まう精霊が、好奇心から来栖家にくっ付いて来たのが
そして手っ取り早く、来栖家との
それが早まった好奇心なのは、まぁそう言われたらそうなのかも知れない。それまで肉体を得ずに精神体で過ごして来た存在が、急に肉体を得ると言うのは物凄い一大事なのだ。
例えれば、乳歯が抜けて新しく生えて来た永久歯を
肉体を得ると言うのは、それほどに取り返しのつかない事態である。肉体とは成長もすれば破損もするし、精神の状態次第で肉体にも影響を及ぼす厄介な構造なのだ。
その分、楽しい事や経験値を得てレベルアップする速さは精神体の比では無いとは言え。やっぱりリスクも高くて、それ故に
つまりは、来栖家について来た精霊は、相当な変わり者って事になる。それでも後悔などしていない、健在ヒバリと命名されたグリフォンの子供は超アグレッシブ。
そして姫香に連れ添われて、先住民へと挨拶して行っていきなり洗礼を浴びる破目に。つまりはミケには凄まれて、薔薇のマントには布に
親代わりの姫香は、それに関してはちっとも気にしていないみたい。ペット間の上下関係を教えるのも、
「はいはい、今のがウチのミケお婆ちゃんだからね。逆らったら駄目だよ、アンタはバリバリの新人なんだから。
あんな小柄でも、ウチでは最強生物扱いだからね」
「ミケさんからシャー貰ったんだ、良かったねヒバリ君。そんじゃ、今度はハスキー達と茶々丸に挨拶しに行こうよっ。
どんな反応示すかな、楽しみだねっ!」
末妹の香多奈にそんな言葉を貰って、姉妹は縁側へと移動を果たす。姫香はヒバリは
結果、ハスキー軍団の反応はかなり微妙なモノに。4本足の体型は自分達と同じだけど、顔の部分はモロに鳥型の生物の子供である。
そんなのを妹だと紹介されても、何と言うか戸惑いしかない面々。茶々丸だけは、妹分が増えたととっても嬉しそうなリアクションを返してくれた。
人を乗せるのと、突進力では負けないよと妙に張り合っていて心配な部分もあるけど。将来的には良いペアになりそうで、姉妹もホッコリして見守っている。
室内飼い(?)の萌とルルンバちゃんに関しては、どちらも大人しいので問題は無し。萌は多少興味を示したけれど、ルルンバちゃんは生き物の概念が独特な模様で。
抜け毛をあまり落とさないでねと、AIロボの興味はそれに尽きるみたい。ピィピィと無邪気に鳴いてるヒバリは、果たしてルルンバちゃんを最強兵器と認識しているのか。
今は思いっ切りお掃除ロボット仕様なので、そんな感想は全く抱かないかも。そもそもルルンバちゃんは、来栖家で一番のジェントルマンなのである。
それから最後に、護人の膝の上にいるムームーちゃんとのご対面。この軟体幼児も新入りなので、まぁ仲良くやってくれると思いたい。
探索者から見たら、スライムなどは大ネズミなどの雑魚モンスターより、よっぽど楽に狩れる雑魚中の雑魚である。動きは遅いし弱点の核は透き通って
スライムさえ倒せない探索者などと、雑魚の証拠みたいな隠語も存在する現在ではあるけれど。実はスライム……と言うより、ムームーちゃんはとっても強い。
既にレベルは10を超えて、来栖家期待の新人である。スキルの所持数も5つを超えており、攻撃魔法に関しては新エース候補と言えるかも。
姫香はヒバリの将来を、スキルを覚えてツグミと一緒に戦ってくれればと思っている感じ。香多奈も大きくなって、騎乗して戦えればいいねと戦力候補として見ている節がある。
護人としては、生まれたばかりの幼児に無茶を言うなと言いたい気分。とは言え、ザジの言葉によるとグリフォンはバリバリに戦闘種族だとの話である。
国の抱える戦士団では、騎乗部隊として物凄く重宝されているそうな。馬よりも
とは言え、そんなサイズに達するまで、一体何年かかる事やら?
――それでも、姉妹の空想は止まる事無く
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