第256話 2月の慌しい時に青空市も開催される件



 2月の第1日曜日、来栖家的には昨日の土曜の休日に探索予定を入れたかったのだけど。護人の方に、協会の用事と自治会の呼び出しが重なってしまい。

 結局予定はお流れに、例の“鬼のダンジョン”を本当は完全制覇しておきたかったのだが。ちなみにお隣の凛香チームは、ちゃっかり探索に出掛けて無事に帰って来ていた。


 それは喜ばしい事だし、護人としてもチーム『ユニコーン』の独り立ちは頼もしくもあるのだが。2月に入って、色々と周囲が慌しくなるにつけ。

 家の農業はまだ暇とは言え、色々と考えておかなければいけない事も増えて来て。準備不足でスタートにつまづいても、季節は待ってくれないのだ。

 それを決して、忙しなさのせいにしてばかりはいられない。


 例えば農業的には、前々から考えていた事なのだけれど。人を雇って、作付面積を増やす計画も実は考えている。後は、新しいお隣さんに畑仕事を教えるとか。

 向こうも家の目の前の荒れ地に、何か植えたいと申し入れて来ているし。土の造り方や用具の使い方、苗の育成から水やり肥料やりと教える事は多岐に渡る。


 つまりは春先は、かなり忙しく色々な雑事に時間を取られる事が予想される訳で。その中に、何故か妖精ちゃんのお題の、ダンジョン探索が紛れ込んでいる事実に。

 護人も考えを改めて、チームで力をつけて有事に備えようと思うに至ったのだが。なかなか上手く時間が取れず、何となくもどかしい思い。

 そんな中、2月の青空市は滞りなく開催された。


「やっぱり冬場は、食料品があんまり多く無いよね……お婆ちゃんがお昼前に、売り物用のおはぎ作って持って来てくれるんだっけ?

 多分それまでに、漬け物とか全部売れちゃうかも」

「1月と違ってイベントも無いから、そこまで来客も多くないんじゃない? 見た限りじゃ、出店数も先月より少ないし。

 でもまぁ、9時前なのに結構人の数も多いかも?」

「今日は怜央奈ちゃん、遊びに来るって言ってた、姫香ちゃん? 凛香ちゃんの所が、今回も市場のスタッフで持ってかれちゃったから交代の人手が欲しいよね」


 そんな事を口にしながら、既に慣れた感じでブースの用意に勤しむ子供たち。9時前なのに人の波はぼちぼち、既に開店している市場もあったりして。

 それでも9時を過ぎると、来客の数は一気に増えて来栖家ブースも大忙し。数少ない漬物や冬越し白菜が、あっという間に売れて行く。


 殺気立った客のさばき方も、紗良も姫香も既に慣れたモノ。そして開店30分も経たずに、持参した食料品の第一陣はブースから姿を消してしまった。

 香多奈もお昼前におはぎ売りま~すと、一応愛想良く宣伝などしていたのだが。鬼気迫るおばちゃんの群れには、やや怖気付いていた様子。

 その役割から解放されて、ホッとした表情を見せている。


「ふうっ、終わった……それじゃあ、和香ちゃんたち誘って遊びに行くね! 叔父さん、お小遣い頂戴っ!」

「ええっ、おはぎの売り子はどうすんのよっ? 紗良姉さんと2人だけじゃあ、ちょっとキツいなぁ。お客さんが一気に殺到して来るから、捌くの大変なのに」

「そうだねぇ、向こうも殺気立ってるし……でもお1人様1個限りにするから、多分だけど大丈夫じゃないかな、姫香ちゃん」


 そうかなぁと不安そうな姫香に、凛香チームの誰かに会ったら応援頼んでおくねと呑気な香多奈。何しろバッチリ、和香やリンカ達と遊ぶ予定を組んでいるので。

 小学生だって、友達付き合いは大事なのだとお小遣いを貰いながら末妹の力説に。分かったから変なコトを起こすんじゃないわよと、姉の言葉での釘差し。


 どう言う意味よと、萌を抱えながらの返答が既に爆弾にしか見えない姫香。まぁ、コロ助がついてれば平気かなと、誘拐とか変な想像を振り払っての送り出し。

 何しろブースの飾りつけも大変だし、この1年で固定客もついて来たし。世間話をしたり、差し入れを毎月しに来る近所のおばちゃんもいるくらいなのだ。

 眉間にしわを寄せて、対応などもっての外である。


 護人もいつもの後方の席で、一応の睨みを利かせながら保護者の体で椅子に腰掛けて寛ぎ模様。足元にレイジーとツグミをはべらせながら、持参して来た古い小説を読みふけっている。

 我ながら良い身分だとは思うが、見守る事も保護者の務めである。変な力添えをして、子供達が骨太に育つ妨げをしてはならない。

 そんな訳で、概ね来栖家ブースは通常運転で平和だった。




 仔ドラゴンの萌には何度か顔合わせして、慣れたつもりの地元の子供達だったけど。全く同じ顔の穂積のコピーの茶々丸には、どうもソワソワしてしまうのは否めない。

 今日も青空市の屋台をサラッと堪能して、買い物をお小遣いの範囲で楽しんで人混みから脱出。それからみんなで、どこを探検しようかと話し合ってみたり。


 青空市も最初の頃は楽しかったけど、毎月お店を出す屋台も一緒なので。新鮮な楽しさは無くなって、今ではこうやって買い物をして町中の探検ごっこにシフトしているのだ。

 何しろ和香と穂積は、この町に来てまだ半年も経ってないのだ。色々と面白い場所を案内してあげるのが、先住民の務めであるとリンカの主張。

 それにキヨちゃんと太一も、一応は賛成して。


「協会に遊びに行くのはどうかな、リンカちゃん? 能見さんは仲良しだし、新しいスタッフさんも今月から2人増えたんだよ?

 でも売り物コーナーは、やっぱり全然商品が無いんだって」

「スマホがあれば、香多奈ちゃんかお隣さんのチームの探索してる動画観れたのにね? 早く欲しいなぁ、スマホ……お母さんは中学行くまで我慢しなさいって!」

「長いよね、あと2年以上もあるじゃん! あっ、協会って言ったらアレはどうなったの? 私たちで怪しいキャンピングカーを発見したじゃん、神社の所の。

 アレ、いつの間にか無くなってて、大人に聞いても知らないって言うし」


 萌を抱っこしながら、リンカが鋭いツッコミを入れて来た。香多奈は辛うじて、叔父さんからその顛末を聞いていて。アレは恐らく、知識の足りない探索者が起こした事故だろうと。

 つまりはダンジョン制覇に成功した3人の探索者が、コアを自分達の車に持ち込んで。それが原因で、キャンピングカーが“ダンジョン化”してしまったらしいのだと。


 途中の要所で襲って来たゴースト3体は、その時の探索者のなれの果てらしい。それを聞いた時、初めてダンジョンって怖いなと香多奈は思ったのだった。

 取り敢えずあの活動休止した“キャンピングカーダンジョン”は、協会の関係者が詳しく解析したいと持って行ったそうな。ちなみに、この町に来た理由は不明である。

 香多奈はあの鬼の子が、絡んでいるかなぁと疑っているけど。


 その辺の事情は不明だが、考えて見れば敷地内ダンジョンにも鬼が関わって来ているし。叔父さんが最近ピリピリしているのは、やっぱりそれと関係ある気も。

 ただしそれは、春先の予知とも関係しているみたいで。みんなで少しでも強くなろうと、そんな感じで探索に積極的になったのは香多奈には嬉しい誤算だったり。

 だって、家族で探索はやっぱり楽しいし。


「最近はオーバーフロー騒動も無いし、この町も平和だよねぇ。それって、香多奈ちゃんと和香ちゃんの所のチームが、頑張って間引きしてくれてるからでしょ?

 感謝しなくちゃね、町を守ってる自警団『白桜』と一緒に」

「そ、そうかな……凛香お姉ちゃんもこの町に受け入れて貰って凄く感謝してるよ? もちろん、私と穂積もそうだけど」

「僕らだって、オーバーフローは減るし友達は増えるしで、凄く感謝してるよ。それより、春の予知ってこの町に直撃って本当なの、香多奈ちゃん?

 大人たちがそう言って騒いでたよ、避難訓練も2月に大掛かりなのをするって」


 そうなんだと、呑気なリンカは萌の感触が凄く気に入ってるみたい。全員で田んぼのあぜ道を歩きながら、萌を抱いて離そうとしない。

 そう言えば、島根のチームもこの前来てたねとキヨちゃんもその話に追随する。あれも確か、予知に関する話を聞きに来てたんだっけと思い出すような口調。


 怖い事にならないといいよねと、実は一番怖がりな太一がそう口にすると。実はもう1つ、この町にもうすぐ変化があるんだってとキヨちゃんの台詞セリフ

 どうやら自治会に出席した身内の爺様から、会議の内容を全て聞き出したっぽい。熊爺の所で、広島市の子供を引き取るみたいだねと最新情報を提供する。

 その辺の事情を、このまま訊ねに行こうって話らしい。


「いいねっ、今から熊爺んところに遊びに行くんだ? 和香ちゃんに穂積ちゃんっ、ウチにいる牛やヤギは全部が熊爺の所から分けて貰ったんだって!

 田んぼも山も、熊爺の所は凄い広いんだよっ。あとお家も広くて、鶏もすっごい多くて毎日の世話は大変なんだって」

「あぁ、それなら子供を引き取ってお家の仕事手伝って貰うのは、良い案なんじゃないかなぁ?」

「えっ、でも全然知らない子達だよね……こう言うのもアレだけど、市内には食い詰めて盗みを働く悪い子供もたくさんいたんだよ?

 僕らはお姉ちゃん達が、探索を頑張って稼いでくれてたけど」


 穂積の言葉に、うんうんと隣で頷いている和香。コロ助が立ち止まった子供の集団を見て、呑気に欠伸をしながら一緒に立ち止まっている。

 これは一大事かもと、途端に正義感に燃えるリンカ。熊爺に知らせて、先に対策を練っておかないと不味いかも知れない。例えば、大事なモノは金庫に仕舞うとか?

 そんな訳で、子供の集団は使命感を胸に熊爺のお屋敷へと向かうのだった。




 植松のお婆が頑張って作ってくれたおはぎは、全部で50セットだった。それをお爺と一緒にブースまで運んでくれたのが、お昼前の11時過ぎ。

 そして、それが売り切れるまでの所要時間はほんの5分と言う……何とも凄まじい売れ行きに、作った本人も唖然とそれを見送るばかり。


 結局お手伝いは、やっぱり遊びに来ていた怜央奈の合流で何とか落ち着いた。ただし、そのバイト代は少々高く付きそうな。まぁ、その程度は全然いいのだが。

 そして来栖家ブースは、もう食べ物の類いが全く無いと知れると、潮が引くように客足が遠のいて行った。いつもの事なので、それを冷静に見守る姉妹。

 そして怜央奈と世間話をしつつ、商品の並び替え作業に。


「今回はそんなに、人目を引くような品は回収出来なかったんだよね。あっ、怜央奈……家にワーム肉余ってるんだけど、それお土産に持って帰る?」

「もっといいの頂戴よ、姫ちゃんっ! 来栖家の動画は全部観たけど、今月はお墓と場所不明の2つだっけ? あとはお試し探索の動画が、ちょっとだけあったね!

 萌ちゃんも探索デビューしたんだ、あとは茶々丸って仔ヤギ?」

「茶々丸はまだ子供なんだけど、やっぱり動物の基礎能力は凄いよねぇ……私なんか全然敵わないよ、最近はハスキー達と仲良しでお庭を駆け回ってるよ」


 そうなんだと、紗良姉の最新情報を楽しそうに聞く怜央奈だが、見渡す視界内に茶々丸も萌もいない。代わりにレイジーとツグミを撫でて、それから怜央奈はミケをもうでに車内へ。

 ブースに残った紗良と姫香は、お昼と休憩をどうするかのんびり話し合っている。そんな事をしていると、ボチボチ集まって来たおばちゃん達がテーブルの商品チェック。


 そしてロウソクやお線香、“日本家屋ダンジョン”の売れ残りのお皿や花瓶を買って行ってくれて。この辺のお客の流れは、緩やかで無駄話も交えられて楽しい。

 接客は紗良が特に上手で、お客のあしらいをみて姫香も感心する事仕切り。ついでにと剣山とか雨傘まで売ってしまって、その手腕には恐れ入る。

 ただし、さすがに『頭蓋骨の形の水晶』や木魚は売れなかった模様。


 これを売るには、ある程度のカモとなる人物がお客に来るしか。とか思っていると、毎度のチーム『ジャミラ』の面々がエーテルを求めてやって来た。

 極上の笑顔で彼らに接する紗良、売れ残りを押し付ける気満々である。その手腕を隣で興味津々で眺める姫香、結局は用途不明の『頭蓋骨の形の水晶』は彼らの元に。


 まぁ、リーダーの佐久間にはフィギュアとか、訳の分からないモノの収集癖が確かにあったけど。恐らくその変な髑髏ドクロも、彼の心の琴線に刺さったのだろう。

 MP回復ポーションとエーテルも彼らのチームに売り払って、これも毎月の遣り取りの1つ。これで彼らのチームの探索が、上手く行けばこちらも万々歳だ。

 最近の青空市は、チーム同士の顔合わせの場になって来ている感も。





 ――その分、来栖家チームの顔も随分と売れて来たって事。








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