第97話 苦難の果て、アスレチックDを突破する件



 護人の慌てた問い掛けが上から響いてくる中、香多奈の頭の中では忙しく正解探しが渦巻いていた。何しろ、異世界生物妖精ちゃんとは毎日コミュニケーションを取っているが、鬼との対応は初めてなので。

 どう話し掛けたら良いのか、果たしてこちらの言葉が通じるのか不明である。特に恐怖が無いのは、一緒に落ちてくれたミケが全く慌てていないから。

 ついでに妖精ちゃんも、ゆっくりと少女の肩に舞い降りて来て。


 アレは鬼族だねと、今更ながらの解説をしてくれている。特殊な能力は持っているけど、特に慌てる必要も無いっぽい。何故なら、相手も子供だから。

 恐らくは遊びたい盛りなのだろうと、大威張りの妖精ちゃんの推測。


 そう思ってみたら、机の上のアイテムもお店ごっこの商品なのだろう。これは幾らと試しに話を振ってみたら、何かと交換で良いよと思わぬ食い付き具合。

 それならと鬼のコインを取り出してみたら、それはここでは使えないよと突き返されてしまった。仕方が無いので、姉の紗良が持たせてくれてたお握りを見せると。

 それ美味しそう! と、今までに無い興奮した反応振り。


 それならと2つのお握りと、ついでにコロ助用のジャーキーをお金代わりに差し出す香多奈。ご機嫌な小鬼は、それじゃあお返しにと机の上のアイテムを全部くれた。

 それには香多奈もニッコリ、早速お握りを食べ始めている小鬼にお礼を述べて。それから頭の上の叔父さんに、今から上がって行くねと大声で返事をする。

 ミケがこの空間に飽きたのか、先に滑り台を登り始めている。


 妖精ちゃんは、貰ったアイテムは『帰還の魔方陣』だねと早速の鑑定をしてくれた。それが4枚、効果はダンジョンを一瞬で脱出してしまえる魔方陣のお札らしい。

 それが本当なら、物凄い魔法アイテムではある。普通なら間違っても、お握りとジャーキーで交換して貰える代物では無い筈だ。

 改めてお礼をと思って振り返ると、小鬼は既にその場から消え去っていた。




「香多奈、心配したぞ……無事だったかい、どこか怪我してないか?」

「大丈夫だよ、叔父さん……転がって落っこちただけだから、怪我はしてないし。それより下で、何か良さそうなアイテム拾って来たっ!」

「香多奈、アンタ転んでもただでは起きないのね……ほら、こっちも良さげな宝箱を回収して来てあげたよっ。

 彫刻付きの箱だから、きっと中身も豪華かもね?」


 こちらも無事に戻って来た姫香、姿を消した末妹を皆と一緒に心配していたのだが。ケロッとした顔で這い上がって来た香多奈に、一応は安堵の表情を浮かべて。

 フロア中央の安全地帯で、騒ぎながらの品評会。中には薬品が2種と鬼のコインが3枚、薬品の1つは恐らく全回復のエリクサーだろう。もう1つは、変な匂いがする以外は用途不明。

 粘りもあるので、服用するようなモノでは無いのかも。


 それから木製品が2つ、木彫りの鬼面と大小揃った木彫りの独楽だった。どちらも漆塗りの立派なもので、独楽はサイズ違いで5つ入っていた。

 何の警戒も無く、鬼の面を被る香多奈だったけど。どうも魔法の品だったらしく、チョー強くなった気がするとはしゃいで姉に報告する。

 或いは、本当にステアップ系の魔法が掛かっているのかも。


 戦闘中に、こんなお面をずっと装着するなんて論外ではあるけど。取り敢えずこれも回収して、改めて移動に集中する来栖家チームである。

 こうして8層フロアも何とか突破、9層へとワープ移動を果たして。


 ここも最初の襲撃に備えていたが、案の定空から陸から団体が襲い掛かって来た。しかも今回は遠隔攻撃の支援付き、大リスが見事なフォームで硬い木の実を投げつけて来る。

 護人も大盾を構えて、この戦法に対抗。ゴブリンなどと戦った際に、弓矢攻撃などで散々苦労した経験もあるので。対応力はお手のモノ、そして『隠密』で近付いたツグミが一気に接近戦で片付けて行く。

 接近戦も、姫香やコロ助が中心となって近付く敵を片付けて行く。丸太の渡し棒を伝って来るのは、ウッドゴーレムに混じって初見の大猿が数体。

 手には大振りのハンマーを持ち、いかにも手強そう。


 ソイツの相手を嬉々として行っているのは、誰あろうレイジーだった。瞬く間に1匹目の大猿を屠り、2匹目の攻撃を丸太棒の底に入り込んでかわす。

 アクロバティックなその動きは、『歩脚術』の賜物たまものである。明らかに狼狽うろたえている敵に向け、フリーになった姫香が果敢にアタックを掛けて仕留めている。

 その頃には、既に周囲に敵影は数える程で。


 空中を飛んでいた敵も、全て片付け終わって見晴らしは良くなっていた。改めてフロアを見渡すが、アスレチックコースに特段の変化は無い様子。

 程々に障害物は増えているが、コースを見極めれば10分程度で踏破出来そう。先行していた姫香とハスキー軍団も、敵の群れを全て駆逐して任務完了と雄叫びを上げている。

 ここに来て、気力もノッて来た様子である。


 そして姫香は、単独隠された宝箱を探しに……行こうとして、今回はワープ魔方陣の旗の下の大きな木箱を見付けてガッツポーズ。踏破のご褒美タイプなので、慌てる必要はない。

 そんな訳で、姫香は後衛組に頑張ってと声援を飛ばすのみ。末妹にも一応は、今度はいなくならないでよねと釘を刺しておいて。

 自身は一足先に、エリアの踏破地点で家族に声援を送る係に。


 そんな彼女の励ましもあって、他の面々も10分後には姫香と合流を果たせた。恐らく次で最終層と聞いて、紗良もようやく安堵の表情。

 そして香多奈に急かされての、大きな木箱を開封する姫香。最初に目に付いたのは、綺麗な白木の椅子が4脚。細身で芸術性は高そうだが、普段使いの実用性は乏しいかも?

 全部同じタイプだが、細部は少しずつ違っている。


 それから子供が遊ぶのに良さそうな積み木セットに、けん玉が4個ほど。けん玉は広島の廿日市市はつかいちしが発祥らしいが、広島県民的には特に誇らしい話題でもない。

 まだ西城秀樹や浜田省吾が広島出身だよと言われた方が、誇らしい気持ちになるってモノ。ちなみに護人も、浜省ハマショーのCDは結構手元に持っている。

 自宅のリビングでも、定番の懐メロソングでもある。


 他には何かの苗が3株と木の実が4個、それからMP回復ポーションが800mlほど。半分が探索とは関係ない品だったけど、香多奈は椅子の一つに座って幸せそう。

 姫香もけん玉で遊びながら、次の青空市で子供が来たらプレゼントしようと楽しげである。さっきの独楽もいいよねと、このダンジョンの回収品には文句は無い様子。

 この椅子も、ひょっとしたら高値で売れる可能性も。


 そんな大物も回収出来てしまう、魔法の鞄2種は本当に素晴らしい。コレ便利だしもっと欲しいよねと、香多奈は贅沢な事を呟いているけど。

 チーム『日馬割』的には、実は既に最深層に到達していると言う衝撃の事実。チーム全体の運の良さからしても、良ドロップは無きにしも非ずな展開なのかも。

 そんな期待で、挑む10層目である。



 もちろん不意打ちにも充分に注意を払いつつの、チーム全員でのワープ移動。帰りの時間を気にしなくて良いってのは、精神的には楽ではあるのだけれど。

 実はダンジョンにインして、既に3時間以上が経過している。5層の終わりなどの区切りで、結構長めの休憩を取っているとは言え。

 そろそろ疲れて来たし、お腹も空いて来た。


 なるべくサッと済ませたいが、ボス級もいるだろうし侮れる階層では決してない。それを見越して、チーム全員で気合いを入れつつ、MP回復もキッチリこなしての突入である。

 出迎えたのは、9層と同じく空からと丸太を渡っての敵の群れの襲撃。あらかじめ木の実を食べてのドーピングも行っていた前衛陣は、張り切って立ち向かい始める。

 ハスキー軍団も同じく、そして今回はミケもスキルを開封。


 あっという間に撃ち落とされて行く、空を飛んで接近して来た殺人モモンガと大キツツキの群れ。香多奈も応援を飛ばしながら、ミケに撃ち落とす敵の指示を飛ばしている。

 その隣で怪我人が出ないか案じている、紗良がエリアの異変を最初に感じ取った。何と歯車のギミックで、安全な筈のスタートの木板の舞台に。

 外壁伝いに、巨大な丸太の壁が接近中と言う!


 下手にこの場に居座れば、数分後には近付いた丸太で落とし穴に纏めて落とされてしまう。とんだ極悪仕様である、そして覗き込んだフロアの底にはやはりびっしりと竹槍が。

 大猿の群れに押されていた前衛陣も、この異変に遅ればせながら気付いて。とにかく道を切り開こうと、大猿の群れに立ち向かう。

 ちなみにこのフロアの中央には、一際大きな巨大猿が。


 そいつはハンマーと曲刀の二刀流らしく、しきりに咆哮を放ってこちらを威嚇している。その脇を固めているのは3体のウッドゴーレムだった。

 手にはこれまた巨大なハンマー、体には蔦が何重にも絡まっている。その中央の舞台に辿り着くには、蔦のロープ移動や段差の木株移動が待ち受けているのだけれど。

 せめて最初の丸太の橋を過ぎないと、歯車のギミックで落とし穴に強制的に落とされてしまう。慌てた香多奈は、取得した爆破石で前衛陣の戦闘をお手伝い。

 大猿はともかく、ウッドゴーレムは爆風に派手にすっ飛んで行く。


 そして落とし穴に落下して、穴だらけでお亡くなりになる木人形。それが数体と、前線は既に割とカオスな状況となっている。それにレイジーの魔炎ブレスが加わり、敵の数は更に減って行く破目に。

 そして護人から、ここまで進んで来てとの指示が香多奈と紗良に下されて。丸太のギミックは、既にスタートの木板の端に届いている。

 ここで慌てないで、どこで慌てるのって話である。


 香多奈に手を引かれて、細い丸太に進み出る紗良なのだが。慌てたせいで足を滑らせ途端にピンチに。必死に丸太にしがみ付いて耐えるが、力持ちの前衛は戦線維持で戻って来れない。

 代わりに戻って来たのは、『影縛り』を操るツグミだった。そのスキルで紗良が落ちるのをフォローしつつ、敵が来ないように警戒の目を光らせている。

 これなら当分は、落下の心配はしなくて済みそう。


 その間に前衛陣は、更にグイっと戦線を押し上げていた。何しろ中盤の木株エリアは、下手をしたらボス連中の攻撃に一方的に晒される場所だったりするのだ。

 そこに居座るより、一気に中央の舞台に乗り込んだ方が被害が少なくて済む。幸い香多奈のヤンチャ投擲攻撃で、そこまでのルートは綺麗に切り開かれていたので。

 姫香を先頭に、レイジーと護人もボス連中に張り付いて行く。


 巨大猿は、得意の速攻でのダメージ無しで相手取るには手強い敵には違い無かった。しかも護衛のウッドゴーレムは2メートル級で、強力な武器持ちである。

 レイジーが『魔炎』の目晦ましから1体の腕に噛み付いて、振り回しての破壊を敢行している。物凄いパワーだが、それは『身体強化』を掛けた姫香も負けていない。

 ボスの巨大猿の二刀流を躱しながら、果敢に責め立てている。


 ウッドゴーレムに巻き付いている蔦は、例の別パーツの敵扱いだった様なのだが。護人もレイジーも全く気にせず、パワーと勢いに乗せた攻撃で破壊へと導いていて。

 そこにコロ助も乱入、1体に圧し掛かって動きを封じていたと思ったら。巨大猿の尻尾が絡んで来て、巨大化していたコロ助を放り投げてしまった!

 それを慌ててフォローする、姫香と護人。


 姫香はその長い尻尾を、強化鍬で思い切り根元から切断する。絶叫を上げる巨大猿だが、反撃の一撃が叩き込まれた場所に姫香は既にいない。

 一方の護人は、放物線を描くコロ助が落とし穴に落ちないように素早く回り込んで。薔薇のマントと《奥の手》の両手使用で、何とかふんわりキャッチに成功!

 後方の香多奈から、絶叫に似た喝采が飛んで来た。


 その頃には、ツグミに助けられた紗良と香多奈は安全な木株地帯の端っこに避難終了していて。ミケさんに、最後の出動をお願いしていた所だった。

 身体の小さいミケは、下手に戦闘地帯に投入すると簡単に敵に潰されかねない。だから投入時期を本当に考えないと、事故に巻き込まれる恐れが多大にあるのだ。

 だけど今なら大丈夫、完全に視界も拓けたし的となる敵はあんなに大きい。


 そのダンジョンボスの最期は、言うならば割と悲惨だった。ミケの《刹刃》で、突然顔面を中心に切り傷だらけにされたと思ったら。

 無防備になった所に、姫香の一撃が急所の首筋に大きくヒット。そのまま悲鳴も上げず、巨大猿は大木が倒れるように沈んで行って。

 ドロップ品を落として、長かった探索にようやく終止符が。





 ――こうして3時間を超える探索は、ようやく終焉の運びとなったのだった。








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