第95話 アスレチック階層を、何とか順調に降りて行く件



 3層にワープ魔方陣で飛んでの人数確認、幸いな事にハスキー軍団もこの移動方法には抵抗なく馴染んでいる様だ。子供の香多奈も、この移動にすぐに馴染んで面白がっているけど。

 護人に関しては割とおっかなびっくりで、目の前の景色が急に変わるのにどうしても抵抗を覚えてしまう。誰かはぐれていないかと、必要以上に神経質になるのも仕方の無い事か。

 今の所は、そんな事故も無く順調に移動出来ているけど。


 姫香が移動した先の木のフロアを指差して、ちゃんと『参』の漢字が書かれてあるのをチェックしている。至れり尽くせりだが、それが無いと本当の階層も判別し難いと言う一面も。

 何しろ、この3層も似たようなギミックの配置なのだ。ギミックと言うか遊具と呼ぶか、アスレチックコースとも言い換えられるけど、まぁそんな木製の障害物だ。

 後ろから紗良のため息が、苦手意識は払拭されていない模様。


「……ここで一度、この未踏破ダンジョンの情報を整理しておこうか? まずは出て来るモンスターだが、ハスキー達の戦い振りからもそんなに強くは無いな。

 それからアスレチックコースは、毎層定番の出現みたいだな」

「そうみたいだね、護人叔父さん。それから結構な確率で、宝箱が配置されてるねぇ……後は鬼の要素だけど、箱に入ってたコインくらい?」

「鬼はもういないんじゃないかなぁ、あれって噂みたいなモノでしょ? それよりお姉ちゃん、あそこに宝箱あったよっ!」


 ロープを張られたスタート地点のフロアから、コースを念入りに眺めていた香多奈だったけど。実際は宝箱を探していたようで、その目的は呆気無く果たされた模様。

 ここまで約40分程度で、犬達にも疲れの類いは全く窺えない。発見された宝箱は、コース途中のロープを伝って登った高い棒の上に配置されていて。

 欲しければそれなりの労力が必要っぽいが、姫香は全く意に介さずな様子。


 それじゃあ行こうかと、張り切って号令を掛けて進み始める来栖家チームの面々。相変わらずハスキー軍団は先行して、邪魔な敵を勝手に排除してくれている。

 この層の最大の障害は、どうやらブランコジャンプらしい。そうしないと進めない箇所があって、迂回するにはちょっと時間と労力的に大変そう。

 そんな訳で、順々に挑戦するのだが。


 ハスキー軍団は、その跳躍力でブランコすら使わずに進んで行ってしまった。その先でパペット兵士と、初見の大カミキリムシと戦闘中の模様。

 護人も一応は気にして見ているが、それより飛んで飛来する大カナブンや大クワガタの方が厄介。その警戒と、それから子供たちの移動に神経を配って手一杯な感じ。

 木の実の力を借りて、紗良も何とか一度の挑戦で成功!


 それに手を叩いて、心から喜んでいる姫香と香多奈である。それから姫香は、単独ですぐ側の宝物の回収へと出掛けてしまった。その仕掛けの下で、心配そうに見守る家長。

 一緒に登る訳にも行かないし、敵が飛んで来たら警護しないと。とは言え、万一襲われた時に迎撃する飛び道具を、彼は1つも持っていなかったり。

 何か遠距離攻撃の手段を、持つべきかもと考える護人。


 そんな不安を物ともせず、姫香は丸太棒の頂点にまで到達して。その場で開封、中身を回収して蔦を伝って落下するような速さで降りて来た。

 物凄い運動神経に、下で待ち構えていた護人も驚き顔。最後の着地で抱き着くような格好になったのを、見ていた香多奈が口笛を吹いて茶化している。

 茶化された本人は、歩を染めつつ満更でも無い感じ。


 それはともかく、回収したアイテムはポーション700mlに解毒ポーション400ml、木の実が5個に例の鬼のコインが2枚だった。薬品系は、両方とも竹の水筒に入っていて。

 木製品推しが前面に出ていて、かえって清々しい気もするけど。紗良はいい加減、アスレチック縛りは終わって欲しいと内心ではテン張り気味だったり。

 しかし敢え無く、続く4層も全く同じ構造。


 ここも木板のスタート地点と、旗で知らせるゴール地点が丸いフロア内に存在して。登ったり渡ったりと、体を使っての移動を強いられる感じ。

 そして渡るのを失敗すると、約3メートルの高さから落下して竹槍に串刺しにされると言う。酷過ぎるペナルティだが、幸い出て来る敵は弱っちいし数もそんなに多くは無い。

 魔石は稼げないけど、その分宝箱の設置は確実にあるのが嬉しい。


 この層も細い丸太渡りとか、ボルダリングのように壁を3メートル登らないと通過出来ない箇所とか色々。レイジーはともかく、他のハスキー達がこの壁をクリアするのに手古摺てこずってしまったけど。

 姫香の『圧縮』とか、護人の薔薇のマントを上手く利用して何とか運搬に成功。大型犬と言えど、抱えられない重さじゃ無いのは本当に助かった。

 体力は消耗したが、ハスキー軍団は戦闘を頑張ってくれてるので。


 そしてこのフロアには、大カミキリムシと大蛾が結構な数出没した。大蛾の麻痺にひどい目に遭った事のある護人は、これに過剰に反応するけど。

 レイジーとコロ助が全て事前に撃ち落としてくれて、幸い誰も鱗粉を浴びずに戦闘終了の運びに。そしてハスキー軍団は、ゴール地点で待ち構えているパペット兵士の群れに突っ込んで行く始末。

 元気いっぱいの彼女達、平均台も何のそのって感じである。


 もちろん紗良も頑張った、下を見ると怖さも増すので、ひたすら前を歩く香多奈の頭を見ながら足を動かす。念の為のロープは腰に括り付けられているが、それが役に立つ事は幸いながら無いままにコースを制覇出来た。

 その頃には、ルルンバちゃんも魔石を全て回収済み。


 順調なのかそうでないのかさっぱり分からないけど、取り敢えずは4層は踏破した満足感と共に。この層の宝箱は何処かなと、肝心な事はしっかり覚えている末妹である。

 ひょっとしてコレじゃないのと、姫香が指し示すのはゴール旗の下に設置されている飾り彫刻も立派な木箱である。買い物籠サイズのそれは、香多奈が弄るとすぐにバカっと蓋が開いた。

 そして中からは大当たりのスキル書が1枚と虹の果実が2個、それからビー玉サイズの魔結晶が4個に木彫りの彫刻龍が1体。龍の彫刻は精密で、凄く立派な30センチサイズである。

 中身の豪華な宝箱だが、隠されずに置いてあったと言う衝撃の事実。


「やったぁ、スキル書1枚目に龍の彫刻とかも入ってるよっ! 頑張ってここまで来た甲斐あったよね、紗良お姉ちゃん!

 これで進むの、ちょっとは楽しくなって来たでしょ?」

「そ、そうね……」


 実はちっとも楽しくは無かったけど、空気を読んでそう返答した紗良である。姫香などは、今日はちっとも戦闘してないよとやや不満そうな有り様で。

 香多奈はこんなタイプのダンジョンの方が楽しそう、つまりはアスレチック+宝探しの面白要素の二重奏である。そんな子供たちの舵取りをする護人が、実は一番大変そうと言う。

 いつもの事だが、リーダーは本当に弱音など吐いてはいられない。


「次は5層で、恐らくボス的な強敵がいるかも知れないから充分に注意してな。最下層の可能性もあるから、心して進むようにしよう」

「了解っ、何があっても慌てずに対処するよっ!」

「そっか、新しいダンジョンだから5層で終わりの可能性もあるんだ」


 香多奈の呟きに、それは朗報を聞いたと顔を上げる紗良。ここでMP回復込みの休憩を挟み、準備万端で次の層へとワープ移動を果たす。

 それと同時に、皆の分の木の実も用意する紗良なのだけど。出現した風景にビックリ、ってか蔦がカーテン状になっていて出現地点を覆い隠していて。

 景色が見えないと思っていたら、突然周囲に敵の気配が。


 真っ先に反応したのは、やはり神経の鋭敏なハスキー軍団だった。蔦のカーテンを割って入って来る、パペット兵士や大クワガタの群れにすかさず対応している。

 それに混じって、ミケの『雷槌』も派手に炸裂する。護人と姫香も、低い位置から現れた大カナブンや大カミキリムシに慌てつつ対応している。

 スタート地点の小フロアは、いきなりのパニック模様。


 こんな仕掛けもありなのと、後方で騒いでいる香多奈も前衛陣の応援に忙しい。ボス戦の前にとんだ不意打ちを喰らった面々だが、幸い大きな被弾は今の所は無い。

 そして一瞬だけ大きくめくれた木の蔦のカーテンに、護人は思わずゾッとする。何とその向こうは、崖と言うか落差のある落とし穴仕様になっていたのだ。

 下手にブラインドを嫌がって、打って出ていたら完全アウトだった。


 真っ逆さまに落とし穴に落下して、下に敷かれた竹槍に串刺しになっていたかも。遊具のコース程度だと侮っていたら、急にこんな殺意の高い仕掛けが待ち受けているとは。

 護人は慌てて、姫香に蔦の切断を指示して自分もそれを取り除きに掛かる。強化スコップの切れ味は、しかし揺れる木の蔦には通用せず。

 逆に姫香の2段強化の鍬は、まるで死神の大鎌のような切断力。


 そして出現する景色に、後衛を含めて大慌てなチームの面々。眺めは確かに良くなった、円形の丁度中心部にボス敵が視認出来る程度には。

 円形フロアの丁度中心の、丸い舞台の上に4メートル級のウッドゴーレムがたたずんでいる。お付きはカブト虫の獣人が2匹、立派な装備を着込んでゴーレムの左右に。

 巨大ゴーレムは蔦が絡まっていて、ちょっとお洒落。


 その中央の円形舞台に至るには、丸太を渡って進むか切り株を飛んで行くしか手立ては無いみたい。雑魚の襲撃はようやく終わり、蔦も綺麗に切り払われて眺めも良くなった。

 そして巨大なウッドゴーレムを前に、改めての作戦会議。ハスキー軍団は突っ込みたそうにしているが、さすがに中ボス戦に勝手は許せない。

 そう、このフロアにダンジョンコアらしき物は見当たらず。


「向こうの端に階層ワープの魔方陣があるな、中ボスを倒さないと進めないけど。どうやらもっと先がありそうだ、さてどうしようか……」

「取り敢えずあの大きいゴーレムは倒そうよ、護人叔父さん。宝箱も向こうに大きいのが置いてあるね、それはまぁ良いんだけどさ。

 真ん中の舞台が意外と小さいから、敵の攻撃を避けようとして、うっかり下に落ちちゃう事故とか起きそうで怖いかも?

 そこは前以まえもって、用心しとかないとね」


 確かに姫香の言う通り、戦法はやはり速攻が望ましくはあるけど。お得意のシャベル投擲では、弱点の曖昧なあの巨体ゴーレムを瞬殺は難しそう。

 レイジーの『魔炎』ならいけそうだが、その結果暴れ回られたら酷い事になりそうだ。間違っても同じ舞台にいたくないので、その時は単独で突っ込んで貰うしか。

 ただし、ハスキー達に全任せは少し情けない気も。


 姫香もそう思ったのか、中ボス戦くらいは頑張るよとやる気は充分。それを前提に作戦を立てるなら、やはり姫香には遠距離投擲を軸に戦って貰うのがベストかも。

 そして不安定なルートを辿って、意外と狭い舞台に護人とレイジーだけで突っ込んで行って。レイジーは壁も歩けるので、落とし穴に落ちる心配は全く無い。

 後は舞台に、これ以上変な仕掛けが無いのを祈るのみ。



 そして敢行された護人の作戦だが、まずは姫香の投擲攻撃がエグい事になっていた。どうも筋力アップの木の実と、それから香多奈の『応援』を貰っての『身体強化』での攻撃だったらしく。

 物凄い着撃音と共に、一発で巨体ゴーレムの胸に亀裂が入ってしまって。木株を伝って舞台に上がった護人とレイジーだったが、やって来たのはカブト獣人2匹のみだけと言う。

 それでも油断せず、まずはレイジーのブレスから。


 それで敵は完全に浮足立って、後は掃討戦になってしまった感もあるけど。姫香の2投目は大きく外れて、巨人ゴーレムは奇妙な動きを繰り返すのみ。

 どうやら1投目のダメージが、思いのほか大きかったらしい。それでも近付こうとした護人目掛けて、ゴーレムに絡まってた蔦が絡み付こうと蠢き出す。

 慌てて距離を取って、あの蔦もギミックなのかと冷や汗をかく護人。


 それもレイジーのブレスで、簡単に燃え尽きてしまう顛末に。カブト獣人も倒してしまって、後はこの巨体ゴーレムの後始末を考えるのみに。

 動きが完全に鈍化してしまった相手に、怖い所はほとんど無い。姫香の投げた最初のシャベルは、ものの見事に矢のように敵の胸元に刺さっている。

 護人は思い付いて、そのシャベルの取っ手に《奥の手》で殴り掛かる。


 ハンマーのような一撃は、目論見通りにシャベルをウッドゴーレムに深く突き刺す事に成功した。動きの止まった相手にもう一撃、めりっと乾いた木の割れる音が周囲に響き渡る。

 そして次の瞬間、ウッドゴーレムは消滅して魔石に変わっていた。





 ――これで取り敢えず5層突破だ、問題はもっと深く潜るか否か。







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