第67話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その1



 西広島で最大のギルド『羅漢』の本部は、廿日市市の吉和にあった。平成の大合併で急速に面積を増大させた廿日市市だが、本来栄えていたのは海側の都市である。

 何しろ海沿いに国道2号線が通ってるし、JR山陽本線も通っている。何なら路面電車もあるので、市民の交通手段は豊富である。

 山側の吉和方面は、本来は繁栄とは無縁だったのだが。


 “大変動”以降は、集団疎開で栄えていた海側の都市の人口は急激に減ってしまった。世界的にも有名な観光地の宮島をもってしても、その過疎化は止める事叶わず。

 海辺の工業地帯も、稼働している数はめっきりと減ってしまって。それでも復興は、徐々にではあるが為されて行っているのも事実。

 それもこれも、新たな魔石エネルギーに頼る所が大きい。


 それなら探索者への理解や有り難味が、もっと深まるかと思ったら大間違いで。地方によってはアウトローとか、政府に仇成したモノみたいな見られ方をする場合もあったり。

 まぁ、良くてダンジョンの間引きをしてくれる、便利屋みたいな立ち位置だろうか。命を懸けて危険に挑んでいる割には、報われない職業ではある。

 その代わりと言ってはアレだが、当たれは大きく稼げるのも事実。


 そのせいで、野蛮な一発屋が就く業種に思われがちなのは悲しいけれど。いないと困るのもまた事実で、協会の発足はまさに時を得たモノだった。

 探索者の数も、どこの市町もまだまだ全然足りない状態が続いていて。西広島もそれに該当しており、そんな中でのギルド『羅漢』の存在は光り輝いている。

 何しろ所属チーム15と言う数は、伊達や酔狂では無い。


 とは言え、西広島最大のギルドだとうたわれてでも、人手不足からは逃れられない運命だったり。なのでギルドのトップの森末もりすえ敏郎としろうも、常に新しいメンバーを求めて各地を彷徨さまよっている有り様だ。

 ついこの前は、西広島でも“魔境”と呼ばれる町に偵察に赴いてもいて。ダンジョン数が他の地域と較べて倍以上多い町だが、探索者チーム数は僅か1つと言う。

 よくもまぁ、今まで破綻せずにもっていたモノだ。


 自警団の活躍による比率が、恐らくは大きかったのだろう。2チームあるなら、月に2回の間引きで20以上のダンジョンを管理出来ていたのかも。

 かなり危ない管理体制で、お勧めは全く出来ないけれど。ダンジョンについての管理方法など、専門家がいる訳でも無いので正解など分かりはしない。

 この数年は、ギルド設立を含めて同じく手探り状態な森末である。


 まぁ、生き延びる事を念頭に行動した結果の事なので、それ程的外れでは無い筈である。その勢力を増大させるのも、理に適っていると森末は思っている。

 先週訪れた日馬桜町の青空市でも、つい最近探索を始めた家族チームと渡りをつけて。勧誘を含めて色々と話し合ったのだか、さすがに拠点移動は断られた。

 何しろ町で唯一の探索者チームである、生まれ育った町を見捨てる選択肢は向こうも取れない様子。しかもその家族は、結構な田畑を所有しているそうで。

 本業は農家らしい、時代も代わったモノだ。


 いや、詳しく聞くとどうも敷地内のダンジョンの間引きから始まった探索業らしい。町に頼めるチームがいないと、何でも自分たちでやるしかないと言う。

 農家って、昔から割とそんな考え方が根付いているのだ。小屋を建てたりコンクリ打ったり、家畜を育てたり或いは自分たちで鶏を絞めたり。

 色んな雑務をひっくるめて、恐らくは農業なのだろう。


 向こうの立場も大いに分かるし、無理に町で唯一の探索チームをこっちに引き抜くのも、各方面から恨まれそうなので。いざと言う時の連絡用にと、名刺を手渡すに留めておいて。

 一応は、相互の協力体制を取り付けての、その場は引き取りとなったのだが。そこは協会の支部も建ったばかりと言う話で、今後の動向も気になる地区ではあるかも。

 そんな訳で、ギルドの事務員に要チェックを言い渡してその件は終わり。


 このギルト『羅漢』の内情としても、現状は全く褒められたモノでは無い。何しろ所属チームの3割が稼働していなくて、残り半分は間引きで手一杯なのだ。

 とにかく怪我や感情のもつれ等の理由で、チーム稼働率が安定しないのが森末の目下の悩みである。各チームの再教育やダンジョン情報の整理など、やりたい事は幾らでもあるのに。

 手を付けられる状況に無いのが、ギルド『羅漢』の台所事情と言う。


 そんな彼が訪れた建物だが、探索者支援協会の吉和支部であった。島根にも山口にも近い、この県境の辺鄙な田舎町だが、協会の建物は意外に大きくて。

 そもそもこの辺りは、西広島の海沿いとは全く趣も様相も違って来る。モロに山の中で、高原が多くて冬はスキー場に利用される程の積雪地帯で。

 自然を利用した大きな森林公園や、温泉なんかもポツポツと点在していて。まぁ、どこにでもある山の片田舎の風景が拡がっているわけだ。

 “大変動”が無ければ、こんなに注目はされなかっただろう。


「おや、ようこそいらっしゃい……森末ギルドマスター、今日はどのような用事で? ギルドでの用件でしょうか、それとも協会と推し進めていた例の件の報告とか?」

「ああ、そっち側になるのかな……ウチのメンバーの高坂のスキル『予知夢』で、また新たにこの西広島近辺で起こりそうな異変を幾つかピックアップ出来てね。

 取り敢えずは、3つ程は報告出来ると思う」


 その言葉を聞いて、支部長の岩瀬は少し渋い顔に。この協会支部は建物の大きさに比例して、中で働く人員も多い。常時6名程が詰めており、森末の発言にその半数が反応して。

 そして揃って不安そうな表情に、何しろ高坂ツグムの『予知夢』は、大抵が嫌な事件や怖い未来を予見するのだ。そしてその命中率は、極めて高いので有名と言う。

 協会にすれば厄介な事案だが、それをもとに対策を練る必要もある訳で。


 実際、それで最悪の事態を回避出来た事も、過去には何度かあったのだ。無碍むげには出来ないのは、岩瀬も百も承知な案件である。

 早速ブースに詰めて、メモ帳を取り出して密談モードに。


「それで、報告出来る3つの事案って……やはり、この近辺に絞って起こり得る事件って事で宜しいですか?」

「そうだな、早く起きる可能性の順に言うと……まずは“弥栄やさかダムダンジョン”のオーバーフローが起きる案件、これが紅葉の綺麗な時期に起こる可能性がとても高い。

 次に起きるのがもみのき森林公園だったかな、ここに恐らく、秋か冬頃“蜘蛛の女王”が誕生するそうだ」

「ま、待ってください森末さん……もみのき森林公園にはダンジョンなんてありませんよ?」

「その理由までは、高坂の『予知夢』では分からなかったよ。毎度の事だけど、奴が視えるのは意図した任意の情景じゃなくて、完全なランダムだからな。

 そして最後に、“飛翔するモノ”に空一面を覆われた三段峡らしい」


 三段峡には、物凄く入り口の立派で階層も不明な深いダンジョンが存在する。と言う事は、ここも近い内にオーバーフローが起きる可能性が高そうだ。

 そこまで考えて、岩瀬は思わず頭を抱えてしまった。雪の深いこの山間部では、何をするにも冬季は極力避けるべきなのだ。ダンジョン対策も同じく、何しろ入り口の大半は山中に存在する。

 雪掻きしながら間引き探索など、誰がやりたがるだろうか?


 ――難題の山積みに、頭を抱える両者だった。









 広島市内の人口推移だが、栄えてた中心部は完全にドーナツ化状態。昼も夜も人の姿は見掛けないエリアも、随所にみられる荒廃振りで。

 ダンジョン発生での逃避行道とも違う、単純に食料不足から来る疎開が原因だ。野良モンスターが暴れて崩壊した建物も、放置されたままの場所も数多く存在して。

 “大変動”後の都市部は、大抵こんな感じ。


 広島市内も類に漏れず、活動部分はごく一部に限定されている。JRの駅近辺で、流通がしっかり確保出来る地区や、工場が今も稼働している地区など。

 “大変動”の騒動で、人口もかなり減ってしまった現状では。治安もライフラインの供給状況も最悪で、過疎化の進んだ都市部に好んで住み続ける人もいない有り様だ。

 ただし、昼の賑わいはそれなりに保たれている。


 探索者の活動も右に同じ、広島市は広いのでダンジョン数も比例して多い。協会もいち早く設立されていて、そのせいか探索者チームも多く在籍している。

 隣の海田町にある自衛隊の駐屯地のせいもあって、初年度にダンジョンから溢れ出た野良モンスターの対処は割とスムーズだった。それでも治安維持には程遠く、行政の機能不全も相まって。

 自衛隊の崩壊からの、探索者の誕生には歯止めが掛からず。


 何しろ自衛官もただの人である、食べて行くには先立つモノも必要で。自身に備わった武力で、己の生活を向上させるのにさほどの躊躇いも無い訳だ。

 しかもそれで治安は回復するし、企業には良い値でドロップ品が売れると言う。行政の指示でこき使わていた頃よりは、遥かに優雅な生活が探索者に転身すればなれるのだ。

 こうして広島市の、探索者事情の土台は完成して。


 それで5年後の現在、有名チームやギルドの数は広島県内ではトップを誇る程の勢力に。その中でもAランクの探索者を擁する『反逆同盟』は超有名チームである。

 “皇帝”のあだ名を冠する甲斐谷かいたに光琉ひかるは、広島で初めてのAランク探索者である。探索歴は5年のベテランで、元自衛官のアタッカー。

 スキル10以上を所有する彼を、周囲は畏怖を込めて化け物とも呼ぶ。


 レベルも40近いので、探索者としては本当に高みに近い存在でもある。“大変動”が起きた年から活躍している者は、実はそんなに多くない事案を含めて。

 その頃ダンジョンの間引きに当たる者達は、知識も何もない状態で危険な任務に臨んでいたのだ。銃を含めた火器を装備して、ひたすらダンジョンの内外でモンスターと対峙して。

 そんな危険を切り抜けた猛者は、そんなに多く無いのも事実。


「甲斐谷さん、お疲れ様です……今日は協会に、何か用事があるんですか?」

「おうっ、翔馬に淳二か……久し振りだな、調子はどうだ? こっちは夏休みの青少年事業の、手伝いに関する打ち合わせだよ。うっかり受けちまったからな、講師なんて向いてないと思うんだが。

 若い探索者の育成はしっかりやらないと、今の事故率を2人とも知ってんだろ?」

「確かに探索初心者の死亡率、相変わらず高いですよね……俺らも時間が合えば手伝いますよ、確か実習訓練もあるんですよね?」


 そんな“皇帝”甲斐谷が広島市協会の建物に入って来た途端に、2人の若者が話し掛けて来た。チーム『ヘリオン』所属の結城ゆうき翔馬しょうまと、チーム『麒麟キリン』所属の西荻にしおぎ淳二じゅんじである。

 故知の間柄らしく、気安い対応で応じる甲斐谷は早速愚痴モード。それでも探索者の向上への責任感はあるらしく、若者育成について熱く語り始める。

 そしてその熱は、翔馬と淳二も同じ様。


 この夏休みの青少年に対する『実習付きの講習会』は、実は今年が初の試みである。探索初心者の事故率は、毎年問題になる程度には酷い数値で。

 特に若者の死亡率が問題となって、それで立ち上がった企画と言うか事業である。そしてやたらと張り切った協会が広島でトップの探索者の甲斐谷に声を掛けて。

 見事釣り上げに成功して、講習が決まったと言う経緯が。


「協会も初回開催だからって、粋なゲストを用意しましたよね。でも甲斐谷さんって、他の探索者からのあだ名が“化け物”ですよ?

 子供たちに怖がられないか、それだけが心配ですよ」

「確かになぁ……“皇帝”なんて洒落たあだ名で呼んでるのは、結局は協会の連中だけだもんな。持ち上げられた結果、面倒な仕事を押し付けられてちゃ話になんねぇよ。

 まぁでも、怖がって貰えりゃ大人しく俺の話を聞いてくれるだろ?」


 楽しそうな笑顔でそううそぶく“化け物”甲斐谷である。その実力と二つ名は、広島県内はもとより、中国地方や四国の遠方まで轟いている。

 生意気なガキ相手に、講習会やら実習訓練で多少のヤンチャをされたとしても。それを軽くあしらうパワーが、彼に備わっているのは間違いなく。

 ――それを頼もしく、そして恐ろしく感じる翔馬と淳二であった。









 その男は残業帰りで遅くなった道を、くたびれた足を動かしながら帰路についていた。ついさっき最寄りの駅で電車を降りて、後は家へと歩いて帰るだけなのだが。

 最近は務める工場の残業が多くて、本当に嫌になる。とにかく稼働しないと、世間の流通が途絶えてしまう理屈は良く分かるのだけど。

 中小企業は辛い、でもまぁ“大変動”を乗り越えただけ上出来か。


 大企業にでさえ、操業が停止した工場が幾つも存在するのだ。電力に加えて人手も不足し、部品などの物資も滞ると言う三重苦はどこも一緒には違いないけど。

 最低限の生活必需品の製造工場については、とにかく行政が支援してくれていて。かくして工場の稼働が、残業にまで及ぶ日々が続くと言うサイクルに。

 それでも、食べて行けるだけ満足と思うべきか。


 男は元は広島市内の住まいだったのだが、治安の悪化と食料品を含む物資の高騰から、4年前に郊外へと引っ越していた。そんな事情を持つ者は周囲にも多く、そして都会は過疎化を辿って行って。

 幸い収入は途絶えなかったので、生活的には安定の兆しが出て来たけど。そんな人ばかりでも無い訳で、治安の悪化も当然だと男は思う。

 実際、今も男は護身用に警棒を携帯してるし。


 それだけで心強いし、暗い夜道も割とへっちゃらだ。何しろ電力の安定供給など、まだまだ当分先の話。と言うか、見上げれば大きな月が夜空に存在を主張している。

 “大変動”以降の、夜の世界の大きな変更点はこの月にあると言っても過言ではない。不思議なのは、相変わらず月の裏面は拝めないし、月の満ち欠けも昔と変わらない事だろうか。

 潮の満ち引きも然り、何とも変テコな現象ではあるけど。


 誰も説明出来ない事象は、ダンジョンやら何やら他にもたくさんあるので。今更ながら、月の体積の倍化など取り上げる程の話題でもない。

 それにしても見事な満月、一説にはその光を浴びるのは“大変動”以降良くないと言われているけど。男が家に辿り着くまで、あと10分余りは歩かないといけない。

 家で待つビール缶を楽しみに、男はひたすら歩く。


 ふと、道路脇の空き地に目が引き寄せられた。何故かは分からないが、何か動くモノを捉えたのかも知れない。そこは元は2~3軒の家屋が建っていた、廃墟になりかけの空き地だった。

 放棄されて、今は人などは寄り付かない小集落だ。その家屋同士の隙間の奥のスペースに、やはり人影が動いていた。3人いる、その内の子供が光を振り撒いて踊っていた。

 それは楽しそうに、残りの2人の大人に見守られながら。


 3人に共通するのは、着物を着ている事だろうか。大人の内訳は見事な髭を生やした老人と、もう1人はまだ若い女性のよう。派手な着物で、長身で髪も長くて目立つ容姿だ。

 男が思わず息を呑み込んだのは、その存在が人間ではあり得ないと気付いたから。光る子供はもちろん、老人の肌は青白かったし、女性の長髪は生き物のように波打っていた。

 そして全員、額から角を生やしていた。


 これは鬼なのか幽霊か、もしくは野良モンスターのどれかに違いない。どちらにしろ、関わってもろくな事にはならないし、人類が関わるべきではない存在だ。

 男は上がりそうになる悲鳴を懸命に堪え、震える足を無理に動かしてこの場を去って行く。幸いにも、向こうの連中はこちらに気付かなかった様子だ。

 距離を稼いだ男は、ようやく安堵の吐息を漏らす。


 家に無事に帰り付いて、あの現象は何だったのだろうと考える余裕が出て来た男だったけれど。時が経てば、友達や仕事仲間に「実はこの前、こんな経験してさぁ」と、話せるようになるのかも知れない。

 そう思うと心は軽くなるのだが、実はそうではない事が次の日の通勤時に判明した。モロにその場所、つまりは放棄された集落跡地に、巨大な樹木が生えて来ていたのだ。

 昨日までは、絶対に存在していなかったモノが突然に。





 ――それは広島で初発見の、樹木型ダンジョンに他ならなかった。






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