第37話 梅雨空の中、探索の後始末に回る件



「護人叔父さん、最後の戦いで私の作った空気の土台に上がらなかったでしょ!? ビックリしたよ、ミケしか活躍してないのにダメージ受けてるんだもん!」

「いや、済まん……途中で姫香のスキルが切れたり、香多奈が間違って転げ落ちたら不味いと思ってな。後ろでサポートして体を支えてたんだ、一番年少の香多奈だけは守らなくちゃって。

 『硬化』スキルと長靴で平気と思ったけど、駄目だったな」


 今はダンジョンから抜け出して、皆でキャンピングカーへと戻って来たところ。交替で胴丈長靴と革装備を脱いで、リラックス出来る服装に着替えている。

 子供たちは、最初はシャツ1枚で来てたけど、水中探索で体が冷えたせいで。今は全員が、何かしら羽織っての寛ぎ時間を過ごしていて。

 そんな中での、探索の結果報告の途中である。


「まぁ、お姉ちゃんの即席で作った空気の土台を信用しろって、そっちの方が恐ろしいでしょ。上手く行ったのは、本当にラッキーなだけだったと思うけどっ?」

「う~ん、でも……あの作戦はあの場面では最良だったと思うよ? 姫香ちゃんは行動力も凄いけど、作戦を立てる思考力も高いんじゃないかな?」


 香多奈の辛辣な批評には拳固で返事した姫香だったが、紗良の手放しの誉め言葉には照れた様子。ちなみに護人の治療も、ハスキー軍団の怪我チェックも全て終わっていて。

 5層でのドロップ品を、今から確認しようって話になっている所だ。まぁ、かなり苦労したダンジョンだったが、銀箱も出たし5層クリアで間引きも出来たし。

 護人の新取得スキル『硬化』も試せたし良かったのだろう。


 そんな事を思いつつ、車をスタートさせる護人である。雨は止むどころか、朝よりその勢いを増している。山間に住む身としては、土砂崩れの心配もあるので大雨には毎回気を遣う。

 から梅雨も嫌だが、降り過ぎも同じく嫌には違いなく。雨の日の運転に気を滅入らせながら、明日には止んでくれないかなとらちも無い事を考えつつ。

 キャンピングカーは、少し離れた協会支部へと進む。


「自警団にゴム長靴を返して、それから協会に魔石とポーションを売りに行くんだったな。今回は紗良のランク上げで良かったのかな、その次が姫香だな。

 税金対策にもなるらしいし、ランクは皆で上げるに越した事は無いな」

「ランク上げの順番はそれでいいよ、護人叔父さん。今回は色んな層でアイテム入手出来たよね、中ボス部屋の宝箱も銀色だったし!

 変なアイテムも多かったけど、当たりも入ってたよね!」


 姫香の言う通り、中ボス部屋に設置されていた宝箱は何と初めて目にする銀箱で。中には当たりの“オーブ珠”が1個、その他も結構な数のアイテムが入っていて。

 薬品はヒールポーションともう1本、恐らく初めて目にする奴が500mlずつ。それから鑑定の書が2枚に水色の爆破石が2個、後は何故かボロボロに壊れた傘が1本。

 理由は不明だが、宝箱に入ってたのだから仕方が無い。


 それから革の巻物が2枚、スキル書よりは大きくて同じように紐で巻かれた状態で宝箱に入っていた。妖精ちゃんによると、これは強化の巻物と言うらしい。

 香多奈がパンフで調べてみた所、何とスキル書より売値が高かった。結構なレア物が、1度に2枚も出た事になる。オーブ珠も含めれば、素直に売れば200万以上の利益になりそう。

 壊れた傘の混ぜ込みなど、それこそ何の嫌がらせにもならないカモ?


 最後に薬品とはちょっと違う、ポリ容器にたっぷりと入った液体が2つ程。開けて確認した護人は、オイルとかそっち系かなと検討をつけるのだけど。

 ダンジョン産だし、何かの素材なのかもと下手に触らない事にして。紗良に回収を任せて、気になるなら鑑定すればいいやと放置していた品である。

 今回は高額当たりが多いので、外れ素材でも構わないのだが。


 まさかこれが、後の鑑定で大波乱を巻き起こすとは……今回の探索に限って言えば、来栖家チームに大フィーバーが起こった事になる。

 そんな事とはつゆ知らず、護人はようやく見えて来た集会所の駐車場に一安心。視界は相変わらず悪く、昼過ぎなのに周囲は薄闇に包まれている。

 そんな中、集会所の敷地にキャンピングカーは停止して。


 同じ敷地内の探索者協会は、いつも通りの営業の灯りを放っていた。そして自警団『白桜』の集会場所も、実は集会所と同じ建物と言う便利さ。

 そこに借りていた胴丈ゴム長靴を返しに行く護人と姫香。律儀についてこようとするハスキー軍団には、車内で待っていてのサインを送って。

 それでも車のドアは開けておく、犬達の安寧あんねいのために。


「紗良お姉ちゃん、はやく魔石とポーションを売りに行こうっ! 幾らになるかな、今回はツグミが魔石を回収してくれて助かったよね!

 あっ、ルルンバちゃんが役立たずって訳じゃ無いからねっ?」

「……ひょっとして、ルルンバちゃんねてるの、香多奈ちゃん?」


 滅多に立てないモーター音を立てて、抗議の動きを示しているAIロボを見て。紗良の戸惑いの質問に、お掃除ロボに御免ねを繰り返す末妹の構図。

 どうやらそうらしい、ご立腹のお掃除ロボってレアだなぁとか紗良は感心しつつ。香多奈の次に示した行動には、予期しなかった分驚きの声をあげてしまった。

 何と探索でゲットした、オーブ珠を試して良いよとの提案である。


 これに関しては、ここに来るまでの運転中に人間勢は4人とも試し終えていたのだが。案の定と言うか、誰も反応せずの残念な結果に終わってしまって。

 それじゃあ動物勢に試そうかの提案には、ちょっと待ったが掛かっていたのだ。何しろ売れば確実に100万越えの高額品、ただでさえ強い彼女たちに今更必要かと問われれば。

 確かに少々、勿体無い気がしないでもない。


 そもそも待ったを掛けたのは、お金大好きな末妹だった筈。姫香はそれ程お金に執着が無いのか、試してみよう派だったのだけど。ちなみに護人と紗良は、どっちでもの日和ひよった派閥である。

 そんな訳で、ハスキー軍団とミケはまだオーブ珠の反応は未確定である。それをすっ飛ばしてのルルンバちゃん優先に、彼も少しだけ気を直した様子。

 途端に静かになって、おずおずと差し出されたオーブ珠へと近付いて行き。


 この後の一幕に関しては、紗良は何となく予感出来てしまっていた。そして案の定の立ち上がる光の渦と、それに驚くハスキー軍団。ミケだけは、どっしりとソファで貫録の箱座り。

 光が収まると、妖精ちゃんが律儀に鑑定に舞い降りて来て。そして《合体》系のスキルかなぁと、鑑定の結果を少女に教えてくれた。

 ――これがルルンバちゃんが、新能力を得た瞬間だった。




「いや別に、反対はしなかったけどさぁ……そう言うのは、家長の護人叔父さんの了解を得てから試すのが筋でしょう、香多奈のアンポンタン!

 護人叔父さん、叱ってやって!」

「いや、まぁ……俺も反対はしてなかったし、ルルンバちゃんも家族の一員だしな。今回活躍出来なくって、落ち込んでたのを慰める香多奈の優しい気持ちは大事にすべきだよ。

 今度からは気をつけなさい、大事な事は家族の誰かに確認を取るって」

「は~い、ゴメンなさ~い!」


 アンタの謝罪には気持ちがこもって無いよと、姉の怒りは御尤ごもっとも。新生ルルンバちゃんの顛末を聞き終えた護人と姫香の反応は、両極端ではあったモノの。

 高額品のオーブ珠の消失には、特に驚きの感情は無かったようで何よりである。叱られ慣れている香多奈も、それじゃあ魔石を売りに行こうと元気いっぱいだ。

 その頭を叩きながら、姫香が魔法の鞄を手に車外へ。


 傘を差してそれに続く一行、待ち侘びていたように支部長の仁志が扉を開けて顔を出している。依頼を出した結果に、恐らくは心配して表に出て来ていたのだろう。

 大量でしたよと、明るい姫香の声に明らかにホッとした表情を見せる支部長。それから香多奈に同伴している、妖精ちゃんの存在にメロメロになる能見さん。

 相変わらずの遣り取りを終え、ようやく全員が椅子に腰掛ける。


 今回は全員分のが用意されていて、ちょっとお洒落な喫茶店の雰囲気の机と椅子のセットである。能見さんが全員のコーヒーや紅茶を用意してくれて、お茶請けのビスケットまで差し出され。

 それに真っ先にかじり付いたのは、誰あろう妖精ちゃんだったけど。途端に蕩ける表情の能見さんに、誰もそれをたしなめる者は無し。

 何しろ妖精ちゃんなのだ、法や秩序やお作法の範囲外の存在には違いなく。


「ええっと、5層までの間引きと言うお話で宜しかったですか、来栖さん? あっ、チーム名が決まってましたね……チーム『日馬割ヒマワリ』様は、今回の依頼を見事に達成という事で。

 それで今回も、魔石とポーションを売って頂けるとのお話で」

「はい、今回は紗良のカードでの販売をお願いします。それから今回から、スマホで撮影した動画の編集を頼むので良かったかな、姫香?」

「うん、お願いします……編集の支払いは、出来上がった後で良いんですか?」


 能見さんによると、出来上がりのデータの受け取りの際で良いらしい。仕上げに約2日掛かるとの事で、このデータ提示で間引き階層のチェックも兼ねるとの事。

 その際に依頼の報酬の支払いも行われるそうで、護人もそれを了承する。今回の魔石は雑魚が大量だっただけあって小粒の数も百を超えそう。

 更にはピンポン玉サイズも、2つ追加で売りに出されて。


 これは中ボス部屋のカエル男の分と、それからコロ助が倒した野良のカエル男の分である。護衛にいた超大蛙のは、碁石サイズで他の雑魚よりは大きかった。

 ちなみに、中ボスのカエル男のドロップには、他にも蛙の皮っぽい雨具も落としていた。残念ながらスキル書の類いは落とさなかったが、銀箱からオーブ珠が出たので問題無し。

 そう言えば、服を着ていた野良のカエル男は腕輪を落としていたっけ。


「あ~っ、そう言えば5階の部屋にいたカエル男は、何も服を着てなかったねぇ? って事は、やっぱりあそこから出て来た奴が、保険の勧誘員をしてた男の人の服を奪ったんだ。

 ヤな事するよねぇ……カエル男も、やっぱり裸が嫌だったのかな?」

「そ、そうですね……カエル男の性癖はともかく、中ボス級のモンスターが外に出て来ていたのは我々も危険と判断しています。自警団『白桜』も、今週は外回りの警備を強化するとの事ですし。

 特に小学校の付近は、常時林田兄妹に依頼して警護して貰っています」


 それなら安心かなと、護人は末妹の安全対策に安堵の思い。ダンジョンに連れ込んでおいてアレだが、保護者の一人として地域の安全には気を配りたい。

 香多奈の怖いモンスター考察は置いといて、これで暫くの間はあの“橋の下ダンジョン”の安全は確保された筈。来栖家チームも経験値とアイテムを稼げたし、良かったと思う事に。

 そんな話の途中にも、香多奈の暴走は止まらない。


 今回獲得したアイテムを机の上に取り出し、車内で出来なかった鑑定会をしようと切り出して。紗良の言葉によると、今回得た鑑定の書は全部で8枚との事。

 どれを鑑定すべきかと、仁志支部長と能見さんにアドバイスを貰いつつ。アイテム品を眺める面々、今回はたった5層の攻略なのに結構品数が多い。

 ただし、薬品系は意外と少なくて。


 MP回復ポーションも、今回の探索で出た分は全て使い切ってしまった。ヒールポーションは魔石と一緒に売って、何と17万円近くの稼ぎに!

 雑魚の肉食オタマジャクシの出現数が、とにかく多かったのが効いてるみたい。これでめでたく、紗良がEランクに上がる事が可能だとの報告に。

 周りから祝福され、照れまくりの紗良だったり。


「ツグミちゃんが、一生懸命に水の中から魔石を拾ってくれたお陰だよ。後でちゃんと、お礼を言っておかないとね」

「ルルンバちゃんも、新しいスキル覚えたから次の探索から大活躍するよっ!」

「おや、またスキル書を獲得出来たのですか、それはおめでとうございます! こちらの革の巻物も、恐らく強化アイテムですね。手持ちの武器か防具を、巻物で描かれた魔方陣で強化するタイプだと思われます。

 ただ、確か発動には赤か青の魔石が必要だったかと」


 仁志のその言葉に、アレっと言う顔をする姫香。魔石は全部売っちゃったと、自分たちの迂闊さを今更悟るモノの。まぁ良いかと、武器や防具にはこだわりの無い少女。

 護人も取り敢えず、この場では鑑定を急いでさっさと家に帰ろうと計画を立てて。能見さんのお勧めで、合計6つの用途不明アイテムを鑑定する事に。

 結構な数に上るが、効果も知らずには使えないから仕方が無い。


【解呪ポーション】服用効果:呪いの解除

【蛙の雨具】装備効果:水耐性・大up

【蛙の腕輪】装備効果:水&氷耐性・小up

【蛍のブローチ】装備効果:暗視可能

【ガマの油】使用効果:万能オイル・秘薬素材

【強化の巻物】使用効果:武器強化(赤の魔石使用)



 妖精ちゃんが、“強化の巻物”での武器強化には赤くて大き目の魔石が必要だと口添えしてくれた。今回売った2つの魔石は両方黄色だったので、まぁまた今度集めようって感じ。

 カエル装備は、水耐性が上がる感じらしい。蛍のブローチは暗視効果だそう、暗い洞窟タイプの探索には便利かも。灰色の薬品は、呪い解除のポーションだった。

 家族で話し合って、これは売らずに取っておく事に。


 小さな装備類も、話し合って誰が何を持つかを決める事になりそう。それより2.5ℓも取れたガマの油だが、万能オイルで秘薬を作る際の素材になるっぽい。

 それを同じ机で聞いていた仁志支部長は、何かに気付いてギョッとした顔付きに。何かの素材の活用方か、或いは高級素材が混じっていたか。

 たいして期待せずに、護人は支部長に訊ねてみる。





「あの、ガマの油ですが……確か“若返りの秘薬”の作成に、必要な素材だったかと」






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