ユズハの策略

ユズハが作戦を打ち明けた直後、不安げな空気が漂う。

作戦は至ってシンプルだった。

ゲンとシャクドウが狸寝入りし、アープが二人を襲おうとしたところをユズハが討ち取るというものだ。


「信頼していいのか?」


「もちろん。じゃないと全員ここでゲームオーバーよ。」


「待て。ユズハ、お前はどうやってその『アープ』とやらを倒すつもりなんだ? 見たところなんも持っていないようだが、まさか素手で倒すって言わないだろうな?」


「そんなまさか。私の相棒はこれ。」


慎重なシャクドウは疑り深くユズハに尋ねる。

するとユズハはどこから取り出したのか、左手に木製の弓を持っていた。


「腕は確かなのか?」


シャクドウが疑心暗鬼になり、しつこく確認する。


その時だった。

『ヒュンッ!』と風を切る音がしたと思えば、何かがシャクドウの髭を掠めすぐ後ろの壁に突き刺さった。


そこには真っ直ぐシャクドウに向かって弓を構えるユズハがいた。


「これで少しは信用してくれた?」


ユズハは得意げな顔で鼻を鳴らす。

シャクドウは少し動揺した表情を見せた後、顔を引き攣らせながら頷いた。

その様子を見ていたゲンは、ユズハは怒らせてはダメなタイプの人間だと悟り身震いした。


作戦を実行するために3人はそれぞれのポジションに着く。

ゲンとシャクドウはベッドだった枯れ草の山に横たわり、ユズハは部屋の隅でそっと息を殺す。


そうして各々待機していると、奥から階段の扉が開かれる音が聞こえてきた。


「ヨツロマウニチルカラコノ。カリコロネクネノルタマセロズ。」


村人、もといアープが独り言を呟いた後、「グェシシ」と下品な笑いが3人の耳をくすぐる。


ゲンは薄らと目を開いて格子の方を見つめた。

そこには右手に細身の棍棒のような物を持つ小柄な人形のモンスターの姿があった。


先の尖った大きな耳と角ばった大きな鼻。

全身を覆うチリチリの体毛。

腰には蓑のような物を巻き、そして、口元は尖った歯を見せながらニチャァと下品な笑みを浮かべ涎が滴っていた。

その容姿は非常に醜く、先程まで見ていた村人の姿が嘘のようだった。


『カチャリ』


と、牢屋の扉が開かれる音が鳴る。

足音が少しずつゲンの元へと近づいてくる。

それと同時に荒い鼻息が大きくなっていく。


ゲンは今すぐ動き出したい衝動を抑え、ユズハを信じその時が来るまでじっと我慢した。


――しかし、いくら待っても何も起きない。

何一つ物音もしなくなっていた。


(あれ、帰った?)


ゲンはゆっくりと瞼を開いた。


「――ッ!!」


目を開いたゲンの視界には、目と鼻の先にこちらを凝視するアープの顔があった。

お互いの目線が交差する。


アープの口角がゆっくりと吊り上がっていく。

歯並びの悪い尖った歯が露わになった。


「ヨッポレアケチエトノ」


ゲンには何を言っているのか理解できなかったが、ただ一つわかったことがあった。

やられた、アープに一本取られたと。

こいつらは他のモンスターと比較すると相当賢い。

それも人の言葉を操るほどに。

そんな頭脳を持ち合わせているのだから、こちらの作戦を見抜く可能性がゼロであるという保証はないのだ。


「くっそ!」


アープが棍棒を掲げ、ゲンの脳天を目掛けて振り下ろそうとした。

それに呼応するようにゲンは咄嗟に手元に置いてあった剣を手に取る。

しかし、相手の方がワンテンポ速かった。


間に合わない。


ゲンがそう思い腕を顔の上に構えた瞬間。

一筋の光がアープの眉間を貫いた。


けたたましい悲鳴が耳を劈く。

急所を貫かれたアープはそのまま膝から崩れ息絶えた。

死を連想したゲンの呼吸は荒く、心臓は激しく飛び跳ねていた。


「間一髪ね。」


ユズハは立ち上がるとゲンの元へ寄ってきた。


「おいユズハ、見てるこっちもヒヤヒヤしたぞ。もうちょっと余裕持って打てなかったのか!」


シャクドウが胸ぐらを掴む勢いでユズハに詰め寄っていく。

しかしユズハはそんな様子を気にすることなく涼しげな顔で口を開く。


「しょうがないじゃない。あいつらは力は弱いけどすばしっこいし、頭もいい。こっちに気づかれたら避けられる可能性もあったし、最悪の場合仲間を呼ばれていたわ。それこそゲームオーバーよ。」


「とりあえず助かったよ。ありがとう、ユズハ。」


ゲンは体を起こし呼吸を整えるとユズハに礼を言った。

シャクドウは腑に落ちなかったが、作戦が成功したからか何も言わなかった。


「さあ、ここからが本番よ。1階にはここの群のボスがいる。それになかなか戻ってこないことに気がついた仲間が不審に思うかもしれない。どの道ずっとここにいるわけにはいかないわ。」


ユズハの目つきが声色が一層真剣味を増す。

ゲンもシャクドウも気が引き締まるのがわかった。


「どうしたらいい?」


ゲンがユズハに尋ねる。


「多勢に無勢。逃げるが勝ちよ。」


ユズハが悪戯な笑みを浮かべる。


「でもどうやって?」


「私がどうやってここに入ってきたと思ってるの? 二人とも、着いてきて。」


ユズハはゲンとシャクドウを牢屋の外に誘導し、通路に並ぶ一つの牢屋前で立ち止まった。

そしておもむろに鍵を取り出すと躊躇なく扉を開ける。


驚く二人を無視し、ユズハは中へと入っていった。

位置が多少違うのみで先程の牢屋とほとんど変わらないが、壁の一箇所だけ不自然に壁と同色の布が掛けられていた。

そしてその布は僅かにはためいている。


「ここから外に出られるわ。」


ユズハは二人に向き直すと、布を捲りそう断言した。

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