露と答えて

たけ

 くさむらの中で呆然ぼうぜんたたずむ男がいた。


 空は抜けるようにあおく、湿しめった土の匂いが鼻孔びこうをくすぐる。そんな雨上がり特有のさわやかさとは裏腹うらはらに、男の表情は暗く、病み上がりのように疲れた青白い顔であった。


 奇妙なことに、男は髑髏しゃれこうべを抱えていた。


 石のように干からびた髑髏である。


「もし」


 ふいに男に声をかける者があった。


 しわがれた声であった。老人のもののようである。


 男は緩慢かんまんな動きで振り返った。


 そこには、頭を剃髪ていはつ法衣ほういらしき衣をまとった矮躯わいくの老人が立っていた。


 仏法ぶっぽうの僧侶のようだ。


 男は、胡乱うろんな眼で僧侶を見つめた。


 僧侶は目を細めて、男に問うた。


「まるで物怪もののけにでも魅入みいられたような顔をしていなさるが、何かございましたかな」


 僧侶は柔和にゅうわな笑顔を浮かべていた。


 だが、その眼光がんこうするどく、心の奥底を見透みすかかされるような輝きがあった。


 男は口ごもった。


「よろしければ、拙僧せっそうに何があったのかを話していただけませんか。何かお力になれるやもしれません」


 僧侶はそう言うとすぐ近くの木のかげした。


 男は、僧侶が座るのをぼんやりとながめていた。


 僧侶が貴殿きでんも座りなさい、と手招てまねきをする。


 男はゆっくりとうなづくとそれに応じた。


(いつから私のことを見ていたかは知らないが、全く気配を感じなかった)


 男は不審ふしんに思いながらも、僧侶にうながされるままに身の上に起こったことを訥々とつとつと語り始めた。


「──昨晩。私は、さる高貴な姫を屋敷から連れ出しました」


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