底辺WEB作家もどき(ニート)の俺は、神作家のキミに愛を伝えたい。
肩メロン社長
第1話 並木道
「引退しようかな。割とマジで」
総合アクセス数:200
お気に入り登録:1件
投稿部数:30話
合計ポイント:2
それが俺、
大手小説投稿サイト『小説王』。
小説の掲載作品は十万を越え、プロからアマチュア、主婦から学生とさまざまな年齢層がうごめき書籍化をねらう魔境。
ここさいきん売れているラノベや漫画、アニメのほとんどは、この『小説王』から発掘され書籍化に至ったもので埋め尽くされている。
空前のネット小説ブーム。
この場では、プロだろうが学生だろうが関係なく、ランキングに乗ってより多く目立った者が勝利を手にする。
血を血で洗う悪鬼羅刹の伏魔殿。
そんなサイトで俺は、十四歳の頃から小説を書き続けていた。
中学生の頃から、二十五歳になった今でも、書いている。
この投稿サイトが二次創作も取り扱っていた時代を知っている。
執筆歴ならそれなりに長いはず。
一時期は恋に就職にと執筆を怠って時期はあるけれど――。
「ラノベ作家の頂点に立つので辞めます」
と、公務員を退職した一年前から
死ぬ気で書いて、書いて、書き続けて――結果、
上記のザマである。
「……死ぬか」
最高傑作だった。
十年ほど前に放送していたアニメを観たその日の夜。
散歩していて、ふとアイデアが浮かび、これはめちゃくちゃ面白いぞと一週間かけて書いた小説だった。
貯金を切り崩して生活している俺は、みんなが働いている時間に小説を書いて、みんなが遊んでいる時間も小説を書いていた。
過去最高のバトルファンタジー。
尊敬するシナリオライター様の戦闘描写に近づけるよう、必死になって書き殴って何度も修正した、自慢の小説だった。
「お気に入り……一件か。過去最低だな」
とは言っても、どんぐりの背比べ。
過去最高で取得したポイントは精々が三十。
お気に入り数は五件。
心優しい読者が憐れんだのか。慰めの評価を押してくれても、雀の涙ほど。
この一年、いやこれまでの約十一年、俺はいったいなにをしてきたのだろうか。
さすがに今回の結果は悲しくて、胸にくるものがあった。
これまでのすべてを否定された気がした。
もう今夜は、書く気力なんてわかない。
せめて感想ぐらいあれば、モチベは上がったかもしれないのに。
「……
見たくもないのに見てしまうランキング。
底辺の俺とは違う、華やかに彩られた世界。
俺がどれだけ手を伸ばしても、その末端にすら入れない別格の世界で、長きにわたって君臨している女王がいた。
累計ランキングの一位から五位を埋め尽くす
彼女の書籍化された作品はどれも、一ヶ月とたたずしてミリオンセラーを達成。
発売されて二日で重版なんて当たり前。
なかでも絶大な人気を誇る長編小説「パラノイアの少女」は、ライトノベル史にのこる異例の大ヒットを記録した。
他のランキングの小説は読んでいないけれど、彼女の作品だけは読むようにしていた。
噂に違わぬ、なんてレベルじゃない。
もはや嫉妬すら抱かない、同じ物書きとして別次元の域に達しようとしている彼女の小説を、気がつくと俺は信仰していた。
「玖楽さんにってどんな人なんだろ……。色々お話ししてみたい」
顔も本名も知らない。
ただ、彼女の作り上げる世界の一端しか知らないけれど。
俺は、彼女に惹かれていた。
「……散歩しに行くか」
時刻は零時を上回ろうとしていた。
今の精神状態では、きっと眠れない。
軽く体を動かしてこよう。
ウィンドブレーカーに着替えた俺は、肌寒い六月の夜道を歩きはじめた。
散歩をするのは好きだった。
毎朝、六時に起きて散歩するのがすこし前までの日課だったが、二羽のカラスに襲われて以降、こうして夜に散歩するのが日課になっていた。
歩いていると、色々とアイデアが浮かんでくる。
さまざまな描写、言葉が浮かんでくる。
嫌なことも良かったことも、苦い思い出も楽しかった思い出も、歩いていると脳内を
たとえば、税金。市民税とか保険料とか。ああ、あと年金もだ。
開業届を出しているのに、ニートな俺。
そろそろ、バイトをしたほうがいいのだろうか。
焦ってライター業を初めてみたはいいものの、文字単価0.2円の記事をいくら書いても保険料すら払えない。
なら、需要のなさそうな記事を安い単価で書くより、小説を書いていたいと思った。
その結果、この有様だったとしても。
しかし、貯金がもうヤバイ。
あと半年……は、保つかだろうか?
「はぁ……いい感じに追い込まれてきたなあ……。やっぱり、仕事辞めなければよかったのかもしれない」
そろそろ、現実を見るべき頃なのかもしれない。
俺には、才能がない。
だから、もう。
諦めよう。
「もし、次の作品がランキングに載らなかったら……もう、この夢は終わりにしよう」
そう決めて、のちに続くであろう就活に嫌気が差しながらも、俺は――
「――リストラでもされたんですか?」
「いや……ラノベ作家の頂点に立つっていう夢を逆算して、今のように生活してたらいつまで経っても小説家にはなれないからって仕事を…………。え。……だれ?」
表情が強張った。
俺、今だれと話してたんだ?
気がつくと、近所では有名な並木道を歩いていた。
確か、この並木道。
不思議な噂……というより、迷信が一つあった気がする。
なんでも、深夜にこの並木道で出会った男女は結ばれるという、メルヘンな噂だが――
「ラノベ作家の頂点、ですか。いいですね、その夢。ぜひ、ゆかに応援させてください。運命のお方」
そんな言葉とともに、木の影からスッと出てきたのは、中学生くらいのちいさな女の子だった。
段差を両足で着地する。
夜に紛れる黒色のワンピースが、空気をはらませて舞う。
「ぇ―――」
絶句する俺をよそに、月さえも魅了する笑みで少女が現れた。
「やっと、お会いできましたわね。ここであなたとお会いするまで、三十日もかかりました」
その少女は、アニメやゲームの中から飛び出してきたかのように、理想的な容姿を持っていた。
肩まで伸びた茶色のミディアムへアを左右に結ぶ黒色のリボン。
切れ長の瞳は凛々しい印象を与え、絶妙な具合で〝かわいらしさ〟と〝かっこよさ〟を同居させ——。
そして何よりも、その整いすぎた顔立ち。
一瞬で目を奪われた。
魔性、とでもいうのだろうか。
彼女を一目見て、俺は胸の高鳴りを抑えられずにいた。
俺の語彙を余すことなく陳腐に変えたその少女は、かすかに笑みを
「ゆかの名前は、
その場で恭しくお辞儀をする少女。
なんで、急に……ていうか、お願いしますって、どういう……?
困惑する俺に、ゆかと名乗った少女が麗しい声を俺に向けた。
「あなたのお名前を聞いても?」
「あ……え、と……
「カノンさんですね。ゆかのことも、ゆかとお呼びください。では、お歩きになりながらお話ししませんか?」
「え……え?」
「さ、お手をどうぞ。カノンさん」
「あ、はい」
何がなんだかわからず、俺はなされるがままに彼女の手をとって、引かれるがままに歩きはじめた。
久々に触れた女の子の手は、ひどく柔らかくって、すべすべしていた。
「カノンさん。段差がありますのでお気をつけて」
「あ、うん。ありがとう……?」
出会ってきた女性とは一線を画す美少女に、なぜか男の俺がエスコートされていた。
しかも、当たり前のように車道側を歩いてくれているし。
歩幅も合わせてくれている。
なんで俺、エスコートされてるんだろ。
「ゆか、男性とお手をお握りあって歩くのは、初めてなんです。カノンさんはご経験があるのでしょうか? あるのでしたら、少々……嫉妬してしまいますね」
なんて、少女は儚げに笑ってみせた。
ワケわかんない状況だけど、すごい幸せだった。
手から伝わる温もりが、俺の体に染み渡る。
すぐ真横から、嗅いだことのない高貴な香水の匂いが漂ってきた。
「ここの迷信、半信半疑でした。でも、よかった。本当に、運命のお方と巡り会えましたから……。ゆか、十九歳になってまだ、誰ともお付き合いをしたことがなかったのです」
「え、十九歳?」
「はい。見えませんか?」
こくっと頷くと、少女は唇をわずかに尖らせて、
「しっかりお胸はありますよ? 少々、ちいさいですが。絶対にご満足させてみせます」
と、よくわからない意気込みを聞かされて、俺は――いや俺たちは、並木道を通り過ぎた。
後に――この
俺が今の地位に立てたのは、紛れもない、あの日あの場所で彼女と出会ったからに他なりません——と。
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