手を洗う

にゃりん

 ハッピーバースデー、トゥーユー。


 小声で歌いながら手を洗う。

 スローテンポでゆっくりと。

 あたりには闇が広がり、小さな蛍光灯の明かりだけが手元を照らしている。


「いつまで手を洗ってるの?」

 洗いすぎよ、とすっかりふやけてしまった私の手を見て笑ったあなた。

 止め時がわからなくて、と困り果てた顔で言うと、この方法を教えてくれたね。

「ハッピーバースデーの歌、知ってるでしょ?あれをゆっくり、2回歌えばおわりの合図よ。

 ちゃあんと爪の間も、手首も、手のひらのシワの間まで洗うのよ」


 私はまた困ってしまった。

 シワの間を洗うなんて、どうすればいいのだろう。

 困惑する私を見たあなたは、軽やかに笑っていたね。

「手に絵の具やペンキがベッタリついたと思って、しっかり擦って洗えばいいの。そういうスキマにこびりついた汚れって落ちにくいでしょう?それを落とすように洗うのよ」


 私はまさに今、それを体感している。

 さっきから手についた汚れを落とそうとしているけれど、シワの間に入り込んだそれを落とそうと洗えど洗えど、すすぐ水は染まってゆく。

 本当に落ちにくい。あなたの言う通りだ。


 埒が明かないので、シャワーを浴びて全身くまなく洗うことにした。

 服を脱ぎ捨てると、さっきキレイにしたはずの手にまた汚れがベッタリとついている。

 ああ、よく見たら服にもついているじゃないか。

 鏡を見ると、顔にまで跳んでいる。

 これじゃあいつまで経っても水が汚れるわけだ。


 服を洗濯機に放り込み、熱いシャワーを頭から浴びる。

 なかなか湯がキレイにならない。髪にも付いていたようだ。

 次からは気をつけないといけないな。

 なんせ部屋の一角を盛大に汚してしまったままだ。体がキレイになったら大掃除をして、その後またシャワーで汚れを落とさなければ。

 面倒だな。やっぱり外でやれば良かった。


 悪戦苦闘しながらなんとか部屋の掃除を終わらせ、さっきと同じようにシャワーを浴びる。

 もうクタクタだ。

 ゴミをまとめたら手を洗って、ゴミ出しをして、帰ったら手を洗ってようやく終わり。そうしたらひと眠りしよう。


 体力の残滓を振り絞って、バスタブの前にかかったカーテンを開ける。

 青白く歪んだ顔をしたあなたと目が合った。血はあらかた抜けたようだ。

 恐怖からだろうか、大きく見開いた目がじっとこちらを見ている。

 なんとなく居心地が悪い気がして、その目を手でそっと閉じさせた。



―終―

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手を洗う にゃりん @Nyarin_AV98

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