第3話

 気のせい、だろうか。彼女が眼帯を上に引っ張ってずらしてみせた時、視界の外、つまりは彼女と僕を取り巻くこの教室が妙にように思えた。

 自分でも下手くそなくらい抽象的なのは分かってる。でもそう、何かがズレたんだ。

 例えば時間。一瞬だが、やや時間の進み具合が変だった。

 これが圧倒された、というものなのか?そうは思えないんだけどな。


「感想は?」

 改めて見せてもらったその瞳は、独特な光を放っていた。だが、記憶に齟齬があるため、あの時の記憶と正確に照らし合わせるのは不可能だった。あの時感じた思いと同様、『綺麗です』。これが僕の本心だ。

「返事もしないから、てっきり人見知りかと思ったら、意外と古多君って肉食系なんだね」

 どっちに取られても心外なので、あえてここは黙っておくとしよう。

「それで、感想は?」

「何回言わせる気だよ。どっちが肉食系だ」

「ふふ、そんなに綺麗なんだ。でもそうじゃないの」

 実際に笑ったところは初めて見た。ここで笑うなんて卑怯だ。………卑怯だろ。

「君が忘れたセカイ、もう一度よく見てごらん」

「いや、よく思い出せな―――――」


 おかしい、気づけば外は真っ暗だ。もちろん、生徒はどこにも居ない。

「いつの間に」

「まさしく、いつの間に、だね」

 まるでマジックを披露した時のような得意げな表情。だがあまりの光景に悔しさはない。

「説明してくれ」

「古多君は知的好奇心が旺盛なのかな。それとも細かい質?もしそうなら、女の子に嫌われるよ」

「既にちょっとは嫌われてるさ」

「ネガティブな肉食系なんだ。どっちにしても、説明するつもりが無ければ、もう一度、目は見せないよ」

 いつもより、と言っても普段の彼女は知らないが、それでもどこか明るい気がする。

 僕の他にこのに居ないからなのだろうか。


「私の目には高エネルギーが内包されている」


 だがその顔はすぐシリアスなものへと変わった。何もかもがころころと変わってしまうこの世界を、かつての文化人が諸行無常と表現したらしいが、その勢いたるや、末世末法よりも極端なものだ。体感速度はほんの5分程度なのに、もう満月が僕らを照らしているのだから。

「勿論それは常時、放出されている訳ではないの。そう、それは核分裂に近いかも。つまり、何らかの、私の場合、主として意識の作用によって、私の瞳を直に見た人間に対し、著しく時空を歪ませる」

「時空を、歪ませる…………」

 是非とも僕は彼女を嘲笑したかった。准特等生でも中二病だと辛いね、とか。

「疑わないんだ」

「そりゃあ、まぁ」

「気味悪いでしょ」

「そりゃあ………まぁ」


 新海佳奈は軽やかな足取りで校門へと進んでゆく。

 記憶を曖昧にさせた時のように、一時的な暗示という仮説も、これほど歩きまわってみては破棄せざるを得ない。

 暗がりに照る満月よりも、やはり彼女のその瞳こそ、何よりも怪し気だが、何よりもリアルだった。暗示かもしれないが、あの瞳だけは現実存在なのだ。


「古多君の身が経過した時間は比較的短いから、負荷はきっと明日、頭痛があるくらいだと思うよ」

「タイムスリップの代償としては平気かもな」

「タイムスリップならね」

「違うの?」

「これはどちらかと言えば『圧縮』だもの」

「圧縮?」

 まだ帰るにはように思えた僕は、まだまだ話を聞きたかった。きっとこれまで避けるのを強いられてきたので、その反動でもあったのだろう。


 でも彼女はまたもや、そう数十分前にして数時間前の仕草同様に、やや口角をあげて『またね』と言った。

 今度は改めて謎めいた瞳を見せつつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る