第五話 地獄の啼き声
彼女の変容ぶりに驚かされながらも、メイジも
「ロックアビス……」
父も言い淀んでいた国家、ロックアビス。
内紛の真っ只中であったはずの紛争地帯であるが、外部のスティールヴァンプに牙を剥いてきたことから察するに、取りあえずは一つにまとまったのかもしれない。
しかしロックアビスの連中は、どのようにして安々と堅牢なこの城の防備を掻い潜ってきたのか。
城の内外に配置されていた衛兵の数、そして個の質は相当のはずである。
寸前まで騒ぎもなく突如現れたその災厄に、メイジは違和感を覚えた。
思案しているメイジに、メティスは勧告する。
「おい、メイジ殿下。貴様も早く退避しろ。
彼女に返事をしようとした刹那、別の衛兵が崩れ落ちるようにやってきた。
「陛下! もう手前まで迫ってきています! 奴らは――」
そう口にした瞬間、彼の重厚な甲冑を鋭利な槍が背後から突き刺した。
「ガはッ……!」
叫ぶより前に彼は即死し、地面にドサリと
そして背後より、土煙に紛れながら影が近づいてきた。
「メティス・スティールヴァンプ。ロックアビスの王、ゲルファート陛下の命により、貴殿をここで処刑する」
斃れている衛兵と同じ甲冑を着込んだ男の眼が紅く光る。
それは彼がスティールヴァンプの同胞であることを意味していた。
「その剣先を誰に向けている、
たとえ元が同じ大地に生まれた者であったとしても、彼女の殺意は揺るぐことはない。
「ここは私ではなく貴様らの処刑の場だ。無論、猶予など無い」
彼女はそう宣告すると、ロックアビスの兵、そして寝返った元スティールヴァンプの兵を縦横無尽に斬り裂き肉塊へと帰した。
氷に覆われた幻想的な王の間は、ひと時を経て鮮血飛び散る阿鼻叫喚の地獄界へと姿を変える。
「どうして……こんな……」
思わずメイジは悲惨な戦いに目を背けそうになる。
彼らはどうして主を裏切ったのか。
歯向かったところで勝ち目など寸分たりともないことを、十二分に知っていただろうに。
だが、無謀としか思えない戦いを挑んだのは彼らだけではないことに気がつく。
そう、メイジ自身とてその一人であったはずだ。
勝ち目のない勝負に縋るしかない、そんな窮地に彼らもまた立たされていたのかもしれない。
しかしながら、女王の剣は留まることを知らなかった。
「何故背いたかなど、どうでもいい。強者が生き残る、それがこの国のルールだ」
屈強な敵兵たちは、ボロ布のように引きちぎられ死んでく。
宙を舞う亡骸の表情は、どこか哀しげなものであった。
人が死に、戦の音は徐々に小さくなっていく。
そして同時に耳に入ってきたのは、この城の悲鳴であった。
「……はッ!」
戦禍の衝撃で耐えきれなくなった天井が崩落しかける。
それに合わせて吊り下げられた巨大なシャンデリアが、メイジを案内してくれていた使用人の女性めがけて落下する。
「……リーゼ!!」
戦に集中していたメティスは異変に気がつくのが遅れ、慌ててリーゼと呼ばれた使用人の方へ駆ける。
だが間に合わない。
絶叫をあげるように、シャンデリアは天井もろとも彼女の元へ崩れ落ちた。
メティスは愕然としながらも、瓦礫に近づく。
「リーゼ! どこだリーゼ!」
彼女は必死に呼びかけながら、破片を鷲掴みにしてかき分ける。
すると、僅かに動きがあった。
そして、消え入りそうな声が耳に入る。
「だい……じょうぶですか……」
瓦礫の先でメティスの目に映ったのはリーゼではなく、瓦礫から身を挺して彼女を庇っているメイジであった。
「陛下……私は大丈夫です、それよりもメイジ殿下が……」
彼は額から血を流し、覆いかぶさった影響で背中にいくつものガラスが突き刺さっていた。
彼から滴る血がリーゼに触れる度に、彼女は涙を流した。
メティスは二人を引っ張り出す。
リーゼの方はかすり傷と打撲程度であったが、メイジの方はというと、意識も
「メイジ殿下……すまない。君のことを私は見誤っていた」
彼を横向けに寝かせながら、メティスは血に塗れた彼を拭う。
そんな彼らの背後から、王族の匂いを嗅ぎつけたロックアビスの兵が忍び寄る。
彼らは服が破けて露わになったメイジの腕を見て、確信した。
「ありゃまさかポリーの……おい! 今の内だ、やれ!!」
槍を持った突撃兵たちが、一斉にメイジめがけて襲いかかる。
「させるかァっ!」
振り向いたメティスは、彼に襲い掛かる敵を薙ぎ払う。
兵たちは吹き飛ばされ、そのまま向かいの瓦礫の山に突き刺さった。
だが、メイジを攻撃するロックアビスに注意が持っていかれた結果、メティス自身の防備が疎かになってしまった。
再びメイジの様子を伺おうと目線を戻すと、その先から
「お許しを……陛下ァっ!!」
「しまっ――」
鋭利な刃が彼女の目と鼻の先に肉薄する。
メティスにはもう剣を構えることも逃げることもできない。
彼女は本能的に死を察知する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます