第二話 吸血鬼の棲む国

 ポリーを出る前から分かっていたはずだ。

 門前払い、その言葉の通りに見事に相手にもされない。

 残されたたくは離れ島のグリムか、最近内部での抗争が激化しているとされているロックアビス。


 前者は地理的に同盟を結ぶにしては遠すぎる。

 数ある同盟のうちの一国であるのならば心強いものになっていたはずだが、生憎ポリーはどの国とも同盟を結ぶことができていない。

 窮地に陥った際に知らせたところで、駆けつけてもらうことができないだろう。


 後者に至っては領地に辿り着いても、無事に帰還できるかどうかもわからない情勢だ。

 元より代替わりの激しい国ではあったが、昨今の国家間の緊張も相まって派閥間抗争が民をも巻き込んで発生している。

 命あっての物種ものだねである、ここでその選択肢は取れない。


 つまり、事実上もうメイジには択などなかった。

 ベイスロット、そしてノースライズから話を断られた時点で既に政略結婚の話は頓挫とんざしたも同然なのだ。




 途方に暮れたメイジは、再びベイスロットに戻り、都市開発から置いていかれたようなひなびた公園のベンチに腰かけていた。


「また追い払われてしまった……これで少しでも可能性のあった国は全てか。僕はどうすれば……」


 足元に出来ていた水たまりを覗き込む。

 そこには主観的に見ても王子には見えないみすぼらしい男が映っている。


 その姿を力なく見つめながら、彼は出立しゅったつの際に自身が発した言葉を思い出した。


「『この国の未来は私が保ちます』か……」


 虚言だったわけではない。

 本当に彼はポリーを、この国の未来を存続させたかった。

 運命はそれを良しとはしないが、それでもだ。

 ポリーはメイジにとって大切な場所であり、その地に住まう両親や民も同様にかけがえのない存在だ。


「あんな見得を切った手前、おめおめとポリーに逃げ帰ることなんてできやしない」


 メイジは顔を手でピシャリと叩き、己を鼓舞する。


 父の前で見せた態度。

 あの時の落胆や反発は政略結婚そのものに対するものではなかった。

 ポリーがいよいよ窮地に立たされていること、そしてその未来を背負う番が回ってきたことに対する自信の無さと焦りが出てしまった結果だったのである。


 引くに引けない状況ではあるが、進める道も無い。

 メイジは何か見落としているのではないかと、思考を巡らせる。


 そして一つの賭けに辿り着く。


「しかしどうする……えぇい! こうなればどのみち同じだ」


 二度敗北したのなら、三度敗北しても変わらない。

 そう言い聞かせながら、メイジは立ち上がった。


 彼の目指す先、それは大陸で最も力を有していると称される国。

 血を啜る悪魔の民族が住まうとされる地、スティールヴァンプ帝国であった。



 かき集めた金を使ってベイスロットからおんぼろ馬車に乗り、頭が痛くなるほど揺られながら二時間半。

 徐々にスティールヴァンプが近づいてくる。


 それは人々の容姿からして判断できた。


「大きいな……皆」


 メイジは小柄な者の多いポリーでは背の高い方だ。

 一七〇センチほどの彼ではあるが、馬車の中から見てもわかるほど人々の背丈は遥かに高い。

 感覚的には二メートル前後であろうか。

 男性だけが高いのではなく、女性も同じほどの身長であり、子供や老人も高身長であった。

 そして誰一人として痩せ細っている者もおらず、皆屈強な体幹を持ち合わせていた。


 軍のみならず国民レベルで強力な人種であるあまり、国名も後押しして『血を啜る悪魔』などと呼称されているが、当然のことながら悪魔でもなんでもなく正真正銘の人間である。


 メイジはまるで大人の世界に投げ込まれた子供のような感覚に陥った。


 入国自体は難なく済ませ、いよいよ王の住まう城を前にメイジは馬車から降りる。

 ベイスロットやノースライズとは異なる、住むための城ではなく戦うための城がそこにはあった。


「すごいな……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 何重いくえにも囲われた高く聳えそび立つ防壁、外敵を破壊するための火器と砲門、そして煌びやかさを捨て実用性だけを追求したような装甲を身にまとった衛兵。

 この光景だけでスティールヴァンプが最大の強国と呼ばれる所以ゆえんが明らかである。


 メイジは唇が渇くのを感じながら、守護神のように構えている衛兵を見上げて声をかける。


「私の名はメイジ・ミストレーヴェル、ポリーの王子だ。メティス女王陛下に謁見願いたい」


 甲冑の奥にある目が、メイジをギロッと見つめる。

 その圧に負けじと、彼も視線を逸らさない。


 やがて衛兵はメイジの辺りを見回す。


「メイジ殿下、従者が見えませんが」


「あぁ……従者はいない」


 王族でありながら従者も付けずに出歩くなど、本来であれば有り得ない返答である。

 しかし元来よりポリーとはそういった国なのだ。

 一応、王位を継承してきた由緒ある家系ではあるのだが、いかんせん国民との距離が近い。

 故に王子であろうと特別な存在ではあるものの、高貴な存在ではなかったのだ。

 普通の人間が出かけるときにわざわざ護衛など付けない。

 そういう意識なのである。


 加えて財力の無さも要因の一つだ。

 もっとも、お供を付ける資金も満足に用意できないほどのものではない。

 だがメイジにとってはその少額でも節約し、国や両親にかける負担を軽減したかったのだ。


 メイジは衛兵の返答を待つ。

 緊張からか、暑くもないのに首筋を汗が伝う。


 衛兵は表情を変えることなく、続ける。


「そうですか、どうぞお通りください」


「え? あ、ありがとう」


 重苦しい音を立て、開かれる城門。

 そのあっけなさに、身構えてガチガチになっていた身体が急激に緩む。

 衛兵は少しばかり頭を下げ、メイジに道を開けた。


 予想外の出来事に彼は目を丸くし、口をぽっかりと開けていたが、徐々に現実であることを確信して少しはにかみながら城に足を踏み入れた。


 門が一つ、また一つとメイジが近づくたびに開かれていく。

 衛兵たちも順に礼をし、彼を迎える。


 王子でありながら、メイジはこのような扱いに慣れてはおらず、どういった面持ちをするのが正しいのかわからず戸惑いつつも嬉しさがこみ上げていた。


 最後の城門が開くと、そこには黒に包まれた居館きょかんが姿を見せた。

 異質なそのデザインに見とれていると扉が開き、中から使用人らしき女性が現れる。


「ようこそおいでくださいました、メイジ殿下。こちらへどうぞ」


 メイジは彼女に館内へ案内された。

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