極貧王子は政略結婚をしてもらえない

佐橋博打@ハーレムばかり書く奴🥰

第一話 門前払いの王子

 

「いえ、父上! 流石に無茶が過ぎませんか?」


 青年は焦りの色を見せながら、自らも慕う王に詰め寄った。

 彼の言葉を受けたからなのか、王の顔には申し訳なさが滲み出ていた。


「それは重々わかっておる。しかしお前も気が付いておろう、もはやこのポリーには。故にの国と手を結ぶ必要があるのだ」


 碧い色をした眼が互いにぶつかり合う。


 この地はポリー。

 大陸に位置する、人口おおよそ一五〇万人ほどの極めて小さな国家である。

 気候は穏やかであり、毎年果物が多く収穫できる自然の恵みが溢れる地。

 住まう人々も皆、柔和な性格な者が多く、助け合いをモットーに生きていた。


 だが今、そのポリーは存続の危機に立たされていたのだ。


「ですが……その手段が政略結婚とは……」


 そして先代の王、つまり彼の父から提案されたのが政略結婚の話である。


 外交手段として、次代の王である彼を強国の姫と婚姻させることによって、ポリーの地を守ろうというのだ。

 政略結婚とは言うなれば、半ば人質のようなもの。

 ましてや小国のポリーでは、いくら王子が姫をめとるという形を取ったとしても、巨大な権力と付随する決定権は相手国が掌握するであろう。

 どちらが人質かと問われれば、この場合だと彼の方だ。


 だが、政略結婚は古き因習として認識されていたにも関わらず、未だにこの手段でしかポリーは存続できないでいた。


「意に沿わぬ婚姻など本来であれば避けたいのは山々だ。だがこの小国ポリーが外交の材料にできるものなど、このしかないのだ」


「それは……そうですが」


 父である王の言葉に、彼は肩を落とす。

 それこそ運命の相手に憧れて青い恋をする年頃だ、落胆するのも無理はない。

 とは言え、この因習は脈々と受け継がれてきたもの。

 こうなることは彼にも察しがついていた以上、一種の諦めのような感情もあったのだ。


 そんな息子の姿に心を痛めたのか、父は不器用ながら元気づけようと声をかける。


「わしも母さ……あぁ、ノベルとは政略結婚であったが、結果的に良い関係を築けておる。全てがそう上手くいくとは限らんが……幸せな政略結婚はある。わしも初めは同じ気持ちじゃった、つまり――」


「……背に腹は代えられないってことですよね、わかりました。それで、同盟関係を結ぶ国の候補はどこなんです」


 婉曲えんきょく的に話をしていた父の言葉を打ち切るように、王子は少し語勢を強めて現実的な話を持ち掛ける。

 父は瞬きを多めにした後、咳ばらいをして王として口を開いた。


「無論、このポリーに隣接した国のいずれかだ。例えば東のベイスロットに北のノースライズ。あとは浮島のグリムと、ロックアビスは……避けたほうが懸命だが……。西のスティールヴァンプ帝国は門前払いにもならぬであろう。まずはベイスロットから当たれ。書状は既に送ってある」


 王が国名を挙げる間、王子はその度に眉間にしわを寄せた。

 なぜなら王の挙げた国はどこもポリーより遥かに強力であったからだ。


 門前払いに遭うのはきっとスティールヴァンプだけではない。

 勝算がゼロに近い、勝負にもならない試合をしてこいと言われているようなものなのだ。


「どこも交渉に応じてくれそうにありませんが、どうぞこのメイジ・ミストレーヴェルにお任せを。この国の未来は私が保ちます」


 彼は自分に言い聞かせるように誓い、居城を後にする。

 その足取りは軽かったが、どうにも無理矢理動かしている印象が拭えない。


 父はそんな息子の後ろ姿を見ながら、そっと目を閉じた。



 居城を出て数時間、メイジはお供の一人も付けずに、ポリーより東に位置するベイスロットにいた。

 ベイスロットは故郷であるポリーとは違い、文明の発展した巨大なみやこである。


 それは行き交う人々の服装にも反映されており、王子であるメイジの恰好が貧相に見えるほど、上等なたたずまいをしている者が多かった。


「さて……どうするか」


 メイジはポリーの人々との温度差に戦々恐々としながらも、街を徒歩で進んでいく。


「頭を下げて回ろう……それしかない」


 無策であり、無謀。

 だがそれしかなかった。

 ポリーが強国に捧げられるものなど何もないのだから。


 誠意を見せて情に訴える。

 他の国の王が見れば、失笑するであろう手。


 それでも彼はいくら屈辱的な扱いを受けようが、母国の存続を果たす可能性のある道を選んだのだ。



 ベイスロット、フラッグバイス城。

 メイジは王に謁見えっけんするため、城門にて衛兵と交渉を試みた。


「私の名はメイジ・ミストレーヴェル、ポリーの王子だ。ベイスロットの王、ネオメダル陛下に――」


「ポリー……申し訳ないがお引き取り願えるか」


 屈強な衛兵は、メイジが全てを語る前に言葉を遮った。

 甲冑の奥に見えた瞳には、軽蔑でもなければましてや憤りでもない。

 一種の同情のようなものが垣間見える。


「わかった……」


 メイジは食い下がることもなく、頭を下げてその場を後にした。


 わかっていたこと、最初はこんなもの。

 そう自分に言い聞かせながら、顔を上げて歩く。

 彼は次の目的地であるノースライズへ向かった。



 ノースライズ。

 これはまたベイスロットとは違った強力な国だ。

 都のある場所から更に北に向かったところにあるフェザーギア鉱山からは、採っても採りきれないほどの金が眠っている。

 その金を商材に発展したノースライズは、王家のみならず平民ですら貴族に近いほどの裕福さを誇っていた。


 ベイスロットですら浮き気味であったメイジは、ここへ来て更に格差を痛感することとなる。

 道すがらすれ違う者からは、まるで浮浪者を見るかのような視線を浴びせられた。


 自らに対する奇異の目は想定できることではあった。

 故に全く傷つかなかったと言えば嘘にはなるが、それでも耐えられるものだ。


 彼にとって我慢ならなかったことは、ただ一つ。

 彼の服装には父と母、そしてポリーの民にとってのありったけの贅沢と期待が込められている。

 いわばポリーという国の、を背負っているに他ならない。

 それを憐れまれることが何よりも辛かったのだ。



 ノースライズ、煌天城こうてんじょうパールライト。

 燦然さんぜんと輝く城門を前に、メイジは息を呑む。


 過度に装飾の施された甲冑を身につけた衛兵は、メイジの話を聞くと首を傾げながら対応する。


「王子? ……随分とみすぼらしい格好をされているようだが」


「すまない、あまりその手のことに詳しくなくて」


 先に書状は届いているはずである。

 今更、メイジが王子かどうかの問答など本来は必要が無いはずだ。

 それにポリーの情勢を考えると、王子であっても他の王族や民と比べて身なりが粗末であることは想像に難くない。


 この衛兵はそれが分かっていながら、メイジにそう問うたのだ。


「フッ……あぁ、謁見は許可できません。ノースライズは光り輝く陛下の御座おわす国、泥にまみれた家畜のような存在はそもそも立ち入ることすら許されない」


 衛兵は一瞬、抜刀するような仕草を見せるが、すぐさま嘲笑しながら納刀した。

 メイジも同じく身構えたが、それが下らない脅しだと理解している他の衛兵の醸す、得も言われぬ不愉快な雰囲気で察した。

 周囲で見てた衛兵は脅してきた者と同じような目を向ける者がいる一方で、見て見ぬふりをするように距離を置く者もいた。


 メイジは唇を噛みながら頭を下げ、走るように場を去った。

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