空のリシェル

@908945

第1話

 浮遊島――、


 遥か上空の雲海に浮かぶ大小の島々。数百メートルから大きいもので数百キロメートルもの大陸規模の浮遊する島が、翼を持たない人間が住む世界の全てだ。

 遥か彼方まで広がる雲海と群青色の蒼界の境目に漂う、空の世界で人類に許された最後の生育圏。


 かつて『地上』という地平線の彼方まで続く大陸が存在していたなぞ、古文書に綴られる伝承として語り継がれている程度の知識でしかない。


 人類が地上でどのような生活を送り文化の発展を遂げてきたのか。

 どのような理由で人類は地上を捨て、不自由な空へ移り住んだのか。

 今では理由すら定かではない。


 空に漂う浮遊島も、この広大な大空から見れば小さな石ころ程度にしか見えない。


 世界は広く、未だに人類はこの大空の隅々までを把握できていないのが現状だ。


 そんな世界でも人類は少しずつ文明を、産業を、技術を発展させてきた。


 翼を持たぬ人類が空を飛ぶために欠かせない星舟を造り上げ、誰も辿り着いた事のない未踏域を踏み越えて、少しずつ生活圏を広げていった。


 だが翼を持たない人類にとって、一度ひとたび空に飛べば、その先は常に死が付き纏う命懸けの世界が待ち受けている。


 過酷な自然現象が猛威を振るい、人間が空に住む遥か古来よりこの大空を飛翔する獰猛な生物の数々が跋扈し、物資や人々を運ぶ航空も安全とは言い難い。


 世界は残酷で、弱者には容赦しない現実がそこにはある。


 それでも人々は諦めなかった。


 島同士の物資を運ぶ『輸送連盟』が発足し、輸送船の安全を確保する『機翼連盟』が後に続いた。広大な蒼と白の狭間にある空路を行き交い、すべての島々を繋げる橋渡しの役目を担っている。二つの巨大中立組織に続くように、中小様々な商会が誕生した。


 その中には一つ、新たな時代を切り開く運営体の姿もあった。

 



 空送運営体。




 この広大な蒼と白の空域で、、依頼主が願うものを指定場所へ送り届ける――配達人と呼ばれる運び屋が所属する組織の名である。


 依頼主のあらゆる要望に応え、最善の人選を用意する。


 当然ながら、危険空域への派遣や『死』の危険が高い区域への配達依頼も発生する。そういった『危険物』の依頼は、通常の依頼ではなく特別価格で引き受ける決まりとなっている。


 中でも一際異彩を放つ少女が組織に籍を置いていた。


 ――彼女なら、どんな空も飛んでくれる。

 

 同業者は敬意と信頼を持って彼女を紹介する。

 変わり者の配達人ばかりが居並ぶ社の中でも特に異質。業界内部で彼女の奇行を知らぬ者はいない。


 曰く、空を統べる竜に挑んだ大馬鹿者。

 曰く、その卓越した星舟の技巧術は右に並ぶものなし。

 曰く、死を何度も乗り越えた超越者。


 曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く、曰く―――――


 

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