第一話 小林清志氏の話

「おい、いきなりアニメ声優の話かよ!? ナレーションはどうした!!」

 怒らないで欲しい。

 これには深い深い訳があるのだから……


 小林清志氏。

 アニメ『ルパン三世』次元大介の声で有名だが、ナレーションでも『勇者王ガオガイガー』などのナレーターをしていた。

 この人、声優になる前は翻訳家だった。

 当時は終戦から復興の時期でアメリカなどから大量の映画が輸入されていた。

 戦中の子供のころから英語に親しんでいた小林氏は映画の台本翻訳をしていた。

 ある時、取引先からこんなことを言われたそうだ。

「吹替をする俳優が行方不明になった。一回でいいから吹替もしてくれないか?」

 それがいつのまにか本職になり、次元大介を作る基になる。


 で、時間をぐっと今に戻して最近の話だ。

 私は仕事上、朝早いので基本的にテレビはここ数年ほぼ見ていない。

 日課である週末のスポーツジムの巨大モニターで『警察24時』みたいな警察特番をやっていた。

 スポーツドリンクを飲みながら休憩がてら見ていた。

「おー、あの建物、○○だぞ」

 トレーナーが言う。

「でも、なんか変じゃないですか?」

 後輩トレーナーも言う。

 私は黙っていた。

 その「変」の理由を知っている。

「『ナレーション・小林清志』? 誰だっけ?」

「あー、ほら。次元大介の声ですよ」

「あー……衰えたなぁ」

 トレーナーの何気ない一言は私の本音そのものだった。


 作家、池波正太郎は言っていた。

「人は死ぬために生きるんだ」

 これ、科学的に正しいことが証明されている。

 学説は今でも諸説紛々あるけどどちらにしても、人間は生まれた瞬間から体にタイマーを仕掛けられている。

 そして、そのタイマーは徐々に体の機能を衰えさせていく。

 いくら健康に気を使っても死ぬ時は死ぬ。

 ジムや健康器具で多少の回復は出来るかもしれないが落ちた視力や筋力が戻ることもない。


 その直後だ。

「次元大介は自分であり、自分は次元大介である」と自負していた小林氏が次元大介の役を降りた。

 このニュースを見た時、涙が出そうになった。

 声優自体を止めたのではないのだが、もう、八十八歳のお爺ちゃんである。

 米寿だ。

 失礼かもしれないが、タイマーがゼロになる日も遠い話ではない。

 残りの時間を次元大介ではない、一人の「小林清志」として生きたいのだと思った。


 実は、この後に大塚明夫氏についても書きたいんだけど、それは後で。

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