第2話

「っあ゛~ねみぃ…」


ボーッとした頭のまま、講義室の席に座る。マジで休もうかと思った。でも、ここを妥協したら堕落の道まで一直線。乾きすぎた目を何度もパチパチさせながら、講義室に入る。


(結構埋まってんな…)


講義開始10分前に来てしまった人間への罰とでも言うべきだろうか。端の席はもう人が座っており、真ん中の前側しか空いていない。


「隣、いいですか」


 肩につくかつかないか程度の少し茶色がかった髪をした女の人が小さく頷く。ヒラヒラの白いレース編みのシャツ。中からわずかに見える白い腕にドキリとすると同時に、何故か知っているような、不思議な気持ちになる。


「あの、これ、プリント、です…」


 前から来たプリントを渡すために身を乗り出した。時に、見覚えのあるアイコンが彼女のスマホの画面に見える。


「ありがとう」


あ、この人って、まさか。


「ふわりの癒し屋さん…?」


「えっ、」


ああ、分かりやすい。声でもしかしてって思ったけど、紅潮した頬、明らかに動揺した声を今も上げ続けているところに、もう確信を持たざるを得ない。


「あっ、え、いや、ちがぅ…です…」


俯いてしまった。マスクの紐のかかった耳までも、赤い。


「そ、そうですか…あの、人違いでした…」


束の間の無言時間の後、空気を読んだかのように教授がやってくる。あくびが出そうになるモニョモニョした声は、当然俺の頭に入ってくる訳もなく。無意識に、さっきの出来事を考えてしまう。




 何て言えば良かったんだろう。黙っておきますので?いや、怖い怖い。顔出ししていない人間、しかも女性にとって身バレは致命的だ。いや、そもそもあのチャンネル名を言わなければよかったんだ。1人反省会が止まらない。


(でも…)


いつも配信で見ている白い手。その手が今、普通にペンを持って、文字を書いている。その事実が何だか不思議で、思わず見てしまう。


(あ、やべっ、)


 見すぎてしまった。慌てて目を逸らすが、もう遅い。女子の手を眺め続けるなんて、キモすぎる。厄介ストーカーと間違えられていないだろうか。


 よし、この講義が終わったら、一目散に逃げよう。そして、もう関わらないようにしよう。




「あの、ちょっといいですか…?」


待ちに待ち焦がれた終わりの合図。あらかじめまとめておいた資料をカバンの中に突っ込み、退散しようとしていた時、意外にも彼女から声をかけてきた。


「な、なにか?」


予想外の出来事に加え、滅多にない女子との会話。少々吃った返事には気づかないでいただきたい。


「単刀直入に言いますね?私の配信の実験台になってください」


「え?」


耳を疑うような提案は、人の居なくなった講義室で俺の間抜けな声と共に静かに消えた。

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