第四章 六話 「激戦のカートランド」

 作戦段階では完全に危険性が度外視されていた政府軍の対空攻撃を受け、三機の内、一機のC-130ハーキュリーズが撃墜された解放戦線の空挺兵士達はしかし、積乱雲の厚い壁を越えてからが彼らにとっての本当の修羅場の始まりだった。


 雷光の瞬く暗黒色の空に百数十個の落下傘の影が出現したと同時に政府軍地上部隊の攻撃はカートランド要塞へではなく、降下してくる空挺部隊へと集中した。多数の兵士が機銃掃射の雨に晒され、ある者は体を撃ち抜かれ、空中で即死し、ある者はパラシュートを銃弾に破られて墜落死した。


 地雷原に落ちて着地とともに命を絶たれる兵士達もいる中で同じように地雷原に着地してしまい、頭上すれすれを銃弾が飛び交う状況に落ちても戦い続ける男がいた。


「よし、これで最後だ!」


 味方がバンカーの中から機銃を掃射する轟音がすぐ近くで連続して弾ける中、着地時は二十メートルあった要塞までの距離を八個の地雷を解除して五メートルにまで縮めていた幸哉は最後の地雷を解除すると、一気に要塞外縁部へと匍匐前進で接近した。その瞬間だった。


「敵だ!」


 目の前の土壁、恐らくはその向こうに掘られている塹壕の中から顔を出した解放戦線兵士が幸哉に五六式自動小銃の銃口を向けたのだった。


(殺される……!)


 刹那、弾けた稲妻の閃光に照らされた友軍兵士の自分を睨む形相を視認した幸哉は死物狂いで叫んだ。


「フレンドリー!フレンドリー!味方だ!」


 公用語がフランス語とサンゴ語のズビエ人兵士に英語と日本語で叫んだ言葉が通じるはずはなかったが、叫んだ当の本人は目の前に迫った死から逃れようと本気だった。そんな青年の思いが運命を変えたのか、もう少しで引き金を引き切りそうだった解放戦線兵士の肩を後ろから伸びた手が押さえて止めた。


「止めろ!そいつは味方だ!」


 聞き覚えのある叫び声に幸哉は後ろから銃撃される恐怖も忘れて思わず上半身を起き上がらせた。


「ジョニーさん!」


 死地の中で恩人を見つけ出した喜びで思わず要塞へと匍匐前進することも忘れ、うつ伏せのまま叫んだ幸哉の声を聞き、塹壕から顔を出したジョニーは、


「幸哉!生きていたか!」


と嬉しそうな笑みを浮かべたが、次の刹那、青年の背後に目をやると、再び表情を鬼の形相に変化させた。


「そいつは敵だ!」


 そう叫び、スパス12を構えたジョニーの視線の先を追って背後を振り返った幸哉の数メートル後方では解放戦線の空挺兵とは明らかに装備の異なる兵士が五六式自動小銃の銃口を幸哉に向けている姿があった。


(敵……!)


 自分が地雷を解除した地雷原の穴を掻い潜り、いつの間にか背後についていた敵兵士の姿に幸哉が本能的な恐怖で背筋を凍らした瞬間、暗闇に轟いた銃声とともに政府軍兵士の顔面がハンマーで潰されたカボチャのように砕け散った。ジョニーのスパス12から放たれた十二ゲージ散弾が政府軍兵士の頭部を撃ち抜いたのだった。


「幸哉!早く来い!」


 目の前で即死した政府軍兵士の最期に呆気に取られている幸哉にジョニーが叫ぶ。その瞬間、我に返った幸哉は匍匐前進のまま一気に塹壕に接近すると、ジョニー達の隠れる土溝の中へと身を投げたのだった。


「よく生きていたな!こっちに来い!」


 塹壕に転げ落ちた幸哉の肩を激励するように叩いたジョニーは踵を返すと、身を低くしたままで塹壕の深部へと向かう足を踏み出した。今の戦況も要塞の詳細な構造も把握できていない幸哉だったが、近辺では絶え間なく銃声が轟き、頭上では稲妻が閃光する中、身を低くした姿勢の状態でジョニーの後に続いたのだった。





 ジョニーの後を追って塹壕を進んだ幸哉は地下通路のような場所に入った。何とか大人の男が立つことができる高さの地下通路の天井には薄暗い電球が吊されており、さながら頑丈な天井つきの塹壕といった様子だった。


(これが掩体壕……)


 地下通路の要塞側の壁には兵士達が戦闘以外の時間をそこで過ごすと思われる空間が広がっており、机や椅子、簡易ベッドが置かれていて、生活感の残る様子を呈していた。一方、前線側の壁には通路のような穴が幾つも穿たれており、その向こうの空間からは怒号や銃声が飛び交い、マズルフラッシュの閃光が薄暗い土壁に反射して瞬いていた。


(あそこがバンカーか……)


 事前に聞いていた情報から瞬時にそう認知した幸哉に先を歩いていたジョニーは、


「お前の持ち場はここだ」


と言うと、バンカーの一つを紹介した。


「せっかく生き残ったんだ。死ぬなよ」


 そう一言言い残し、別のバンカーの中へと入った上官の背中に、「ありがとうございます……」と震える声で返した幸哉は自分にあてがわれたバンカーの中に狭い通路を潜って入った。


「兄貴!十一時の方向からも敵が来てるぞ!」


「分かってる!お前は自分の仕事に集中しろ!」


 土臭く狭いバンカーの中に入ると、二人の男がお互いに怒声を上げながら、戦場の方向に穿たれた銃眼に向かって銃を発砲していた。片方の男は自動小銃、もう一人の男は銃眼に設置されたブローニングM2重機関銃を休むことなく撃ち続けている。


 二人とも目の前の状況に集中していて自分に気づく気配はないと思った幸哉は背負っていた装備の中から自前の五六式自動小銃を取り出すと、二人に並んで銃眼の前に立ち、前線の方を見やった。


「おう!来たか!新入り!」


 二人の内、自動小銃を撃っていた男が幸哉に呼びかけたが、夜目がきいていない幸哉には銃撃で吹き上がった土煙も加わった暗闇の中で敵を視認することなど不可能だった。


「お前は戦わなくて良い!新しい弾帯を持って来い!」


 そんな幸哉が戦力外になることを事前に予測していたのか、怒声を張り上げた自動小銃の男に幸哉は何が何だか分からず、


「え?弾帯?」


と問い返した。その声に苛立った様子で幸哉の方を振り返った男は傍らで味方が発砲する重機関銃を指差すと、


「五十口径のだ!」


と叫んだ。


「わ、分かりました!」


「てめぇ、使えねぇようなら俺がお前の尻に鉛弾を撃ち込むぞ!」


 ようやく自体を把握した幸哉は背後から自動小銃の男の怒声が刺さる中、バンカーから出て再び掩体壕の通路に戻った。





 地下通路に出た幸哉の前には偶然、彼のバンカーの前を通ったジョニーの姿があった。


「幸哉、どうした!持ち場に戻れ!」


「違います!軍曹、五十口径の弾帯が必要らしいんです!」


「何?五十口径?」


 切羽詰まった様子の幸哉にジョニーが問い返した瞬間、幸哉が出てきたバンカーとは別のバンカーの入り口から烈火の炎が轟音とともに吹き出した。


「くそ!火炎放射器か!要塞に敵が取り付いている!」


 燃え上がったバンカーの中から火だるまになった兵士が悲鳴とともに飛び出す様子を目撃して唖然とするしかない幸哉にジョニーは、「ついてこい!」と叫ぶと、掩体壕の通路を走った。


 救援にやってきた兵士達が燃え上がった同僚の火を消そうとし、同時にバンカーの消火作業に取り掛かる中、上官についてくるよう命じられた幸哉はジョニーの後を追ったのだった。





 ジョニーの後に続いて幸哉が飛び出したのは掩体壕やバンカーの直上、地上に設置された機銃陣地の一つだった。銃眼の狭い視界よりも広い視野が得られる地上で敵から撃ち込まれる無数の曳光弾が殺到する様子に思わず息を呑んだ幸哉の数十メートル傍らでは敵に向かって、三インチ迫撃砲を撃ち込んでいた迫撃砲陣地の一つが土泥を巻き上げ、土嚢を吹き散らして四散した。敵のロケット砲が命中したのである。


「くそ!十三番陣地がやられた!救護班を向かわせろ!」


 衛生兵である自分が行かなくて良いのか迷っている幸哉だったが、そんな青年を尻目に陣地に設置されたAGS-17プラミヤ自動擲弾銃に取り付いたジョニーは地雷原を越え、要塞に匍匐前進で急接近している敵部隊に向かって、四十ミリ・グレネード弾の掃射を撃ち込んだ。その横で弾帯が捻れぬよう補助をしている人物の顔を見た時、幸哉は地獄の中で一つの安堵を得たような気がした。


「カマル……」


(生きていたのか……)


 カモフラージュ・ペイントを塗った顔には煤と泥がこびり付いているが、確かに親友だったその姿に安堵した幸哉は次の瞬間、自身の役割を思い出して、自動擲弾銃を発砲するジョニーの耳元に叫んだ。


「軍曹!五十口径の弾帯はどこにありますか!」


「そこにある!」


「そこって、どこに?」


「後ろだ!積み上げた木箱の中にある!」


 幸哉は振り返って陣地の中を見た。確かにロケットランチャーの発射機を横たえて木箱が積み上げられていた。しかし、四個ある。


「木箱って、どの箱です?」


「知らん!自分で探せ!」


 目の前の戦況に集中して自分に構っている暇など無さそうなジョニーの傍らから木箱の方へと体を動かした幸哉は必死に自分の求める弾帯を探した。


 一つ目は自動小銃を並べた箱、二つ目はミルズ型手榴弾が満載された箱だった。傍らで銃声が鳴り続け、数メートル脇には敵の陣地から撃ち込まれた砲弾が相次いで炸裂する中、死の気配に急き立てられた幸哉は遂に三つ目に開いた木箱の中に五十口径の弾帯を見つけた。


(これだ……!)


「すみません!持ち場に戻ります!」


 目当ての探し物を見つけた幸哉は聞いていないと分かっていても死地で戦う仲間達に報告を告げた後、自らのバンカーに戻る足を踏み出したのだった。





 十分もはかかっていないはずだったが、幸哉が掩体壕の通路に戻ると、既に先程燃え上がっていたバンカーは消火されており、火だるまとなった兵士の姿も無かった。


「今、戻りました!」


 砲弾が雨あられと降り注ぐ地上から帰還した自分に少しは労いの言葉もかけられるだろうと、持ち場のバンカーに戻った幸哉だったが、待っていたのは悪態と怒号の嵐だった。


「何やってんだ!このボケ野郎!遅すぎるってんだ!弾帯ならもう俺が取って来たよ!」


 幸哉を振り返って怒声を上げた自動小銃の男は既に怒り心頭に発していたが、青年が持ってきた弾帯を見やると、更に激昂した。


「お前!しかも、それ三十口径の弾じゃねぇか!俺は五十口径の弾帯を持って来い、って言ったよな?」


 死と隣り合わせの地上での状況に恐れおののいたせいか、普段は絶対にしないはずのミスをしてしまって自責する幸哉に、


「ちっ!使えねぇ!」


と吐き捨てた自動小銃の兵士は再び銃眼の方を向き直って叫んだ。


「そこで静かにしてろ!俺達の邪魔だけはするな!」


 何かの役に立ちたい、何とか役に立って汚名を返上したい、と思う幸哉だったが、これ以上迷惑をかけては本気で尻に銃弾を撃ち込まれると思った青年はその後、戦闘が終わって周囲が静かになるまでの半時間ほどをバンカーの片隅に立ち尽くして過ごしたのであった。

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