序章 十三話 「初めての戦場」

 銃声があちこちで鳴り響き、砲弾が間近で炸裂する難民キャンプの中を日本人傭兵の後ろに続いて、幸哉は必死に走り続けた。


「伏せろ!」


 前を走る日本人兵士の指示に従って、時折身を伏せたり、障害物に身を隠しながら体験するその場所は幸哉にとって初めての戦場だった。


「遅れず、ついてこいよ……!」


 幸哉という足手まといがあるにも関わらず、日本人兵士は現れる政府軍兵士達を全く無駄のない動きで無力化していった。飛び交う銃弾に身を屈め、カービン銃を敵に向かって、正確に撃ち込むその後ろ姿は幸哉の想像していた兵士の粗暴なイメージとは全く異なり、むしろ芸術的な美しさすら感じさせるほどであった。


 どのくらいの時間が過ぎただろう……。初めて経験する戦場という空間の緊張感と恐怖を何処かで感じつつも、目の前の男について行けば大丈夫だという圧倒的な安心感に包まれながら、幸哉がキャンプの中を十数分ほど走った頃、砲声が止み、銃声が散発的になった。


(終わった……、のか……?)


 そう思い、屈んだ姿勢で周囲の様子を窺っていた幸哉に振り返った日本人兵士が忠告した。


「気を抜くな……」


 銃声が散発的になったとはいえ、砂塵と硝煙に包まれた周囲にはまだ緊張感が漂っていた。そんな中、微かに背後で聞こえた物音に幸哉が恐る恐る首を振り向けると、そこにはいつの間にか人影が立っていた。音も立てずに背後に近づいてきていた、恐らくは身長百八十センチほどはある黒い人影に再び死の気配を感じた幸哉は危うく悲鳴を上げそうになったが、その口を日本人兵士に塞がれて沈黙した。


「大丈夫、味方だ」


 誰が味方か敵かなど分からない幸哉は塞がれた口の中で、「え?」、と聞き返したが、そんな幸哉を訝しそうに見つめながら、長身の男は日本人兵士の傍らで中腰になった。よく見てみると、この男も黒人ではなく、白人だ。


「もう政府軍はいないぞ。俺達が全部殲滅した。それより何だ、こいつは?」


 白人の男は幸哉の方を睨みながら、饒舌な英語で日本人兵士に問うた。


「NPOの生き残りだ……」


 深い溜め息とともに目頭を押さえながら答えた日本人兵士の言葉に、幸哉は何かを思い出したかのように突然、立ち上がった。


「NPOに友達が……」


 二人の兵士が怪訝そうに見つめる前で、虚ろな目を宙空に向けた幸哉はそう呟くと、数十分前に自分が捕らえられていた高床式住居の方へ踵を返し、そのまま走り出そうとしたが、その背中を日本人兵士の声が止めた。


「止めとけ!」


 真剣な、太い芯の通った声に思わず振り返った幸哉の前で日本人兵士は言いにくそうに続けた。


「全員、処刑されてた……」


 処刑されていた……、その言葉を聞くと同時に幸哉は平衡感覚を失い、視界が左右にぐらつくような気がした。


(健二が死んだ……?)


 幸哉にとって、健二は大学入学当初からの親友の一人だった。今まで多くの時間を共に過ごし、沢山の経験を共有してきた仲間……。加えて、幸哉がズビエに行くと言った時には自らの命の危険も顧みずに同行してくれた心優しき親友でもあった。その親友が死んだかもしれないという事実が幸哉に与えた影響は大き過ぎた。


 視界が左右にフラフラとふらつき、足取りも覚束ないままで、幸哉は親友の安否を確認する足を踏み出していた。その背中に日本人兵士が制止の言葉を投げかけたが、既に幸哉の耳には届いていなかった。

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