07




「兄さんのこと、追い駆けてた班長が止まった」

「ならば、先程のアウトは能登だな。残りは蒼崎達と、バカ二人組か」


「そうだね。兄さんはそのままポイントに向かって」

「了解した」


 淡々と頷き、ディートリヒは物陰に隠れながら無事ポイントに辿り着いた。後は息を潜め、獲物がスコープの中に収まる時を待つだけだ。


「……ねえ、兄さん」

「どうした」


 エルンストがこういう時、兄に話しかけるのは珍しいことだった。


「兄さんって、何か願い事あったりするのかなって」

「ああ、さっきのバカの話か……」


「……故郷、帰りたかったりする?」


 おずおずとした弟の口調に、本当に珍しい事もあるものだとディートリヒは思わず笑いそうになった。


「お前が帰りたいと思わないなら、俺はどうだっていい。日本の方が、とっくに長いからな」

「そう、だね」


 少しだけホッとしたような声に、自然と口元が緩む。この弟を守るためならば、何だってしてやると、世間に対して牙を剥いて生きてきた。今更、戦場以外の場所では生きられまい……そして故郷にも、帰れはしないだろう。


 ただ一つ願うならば、ほんの少しの平和で良かった。二人でのんびりと過ごす時間。この一年近く、ずっと騒がしかった。最近ではそれも悪くはないと、思う時もあるが。


「……有給と、美味いビールだな」


 ポツリと呟いた兄の言葉を理解したエルンストは、声をあげて笑ってしまう。


「くっ、ははははっ……うん、僕もそれがいいかも」

「お互い歳を取った、ということか」


「そうだね……っ、332:415!」


 二人だけに分かる座標が叫ばれ、片時も目を離していなかったスコープをピタリとそちらに据えて、引き金を絞ろうとした瞬間だった。



『ニヤリ』



 そんな効果音が聞こえそうな表情を浮かべ、スコープの向こうで青鬼が笑っている――



「っ!」



 ハッとして振り向いたそこには、既にナイフの切っ先が迫っていた。




 *


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