Welcome to the Apocalypse

雪白楽

01

「シッッ」


 風を切って凶悪な音を立てて迫る軍靴に軽く肩を捻り、そのまま脚の動きを封じるべく手を伸ばす。


『甘ぇよっ……!』


 そんな幻聴が、聞こえた。腰の重心をズラして、首に致命傷が叩き込まれるのをギリギリで回避する。


「っち」


 思い切り舌打ちをする顔は、いつもヘラヘラと笑っているのが嘘のように凶悪だ…… 強引に腕を差し込んで当初の目的通り脚を掴み、頭から地面に叩きつける。



 ズダァアンッ


 綺麗に決まった――


「なっ」


 凄まじい音を立てて叩きつけられたはずの男が、ニヤリと笑っているのを一瞬の内に視認した俺は、慌てて飛び退って距離を取る。


(あぶね、首やられる所だった……)


 俺の首を優しく『ぽっきり』と折って昇天させようとしていた、行儀の悪くて美しい脚がクルリと翻って宙を舞う。胴がガラ空きで隙だらけに見えるのに、その青みがかった瞳はこれでもかと見開かれ、真っ直ぐに俺の目だけを見つめてやがる。動けねえ。


 蹴りを諦めて左手で拳を振り抜くと、着地した相手も同じ事を考えたのかピタリと動きが重なる。さっきからダダ漏れのアドレナリンの所為で、自然と気持ち悪ぃくらいに口角が上がる。返す刀で、と次の動きに腕を移すべく、軽く引いた瞬間だった。



『ニッ』



 そんな効果音が聞こえたような気がして、咄嗟に方向転換を図るも間に合わない。


 ガッっ

 腕に走る衝撃に、自分が相手の細腕で極められかけている事に、ようやく思考が追い付く。ただ、野性的な本能の方は、ずっと早くに回避行動を取り始めていた。


(くそっ、止められねぇっ)


 こいつ相手に、本能に従って回避すんのが一番の愚策だ。分かっているのに、それでも。クルリと意に沿わないまま視界が回転し、凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。



 ダァァアンッ


 耳元で爆発音のようなものが聞こえ、キィンッと音が遠くなる。喉元を万力のように締め付けられ、衝撃で吐き出させられた酸素を取り戻すことが出来ない。白く飛んでいく視界の中で、ニタリと笑った悪魔にゾクリと死をすぐそばに感じた。


(ああ、死んだわ)


 どこか思考の残りカスみてえなトコでそう思った瞬間、パッと手を離されて一気に重い酸素が肺の中に雪崩込んで来る。



「かはっ……」


 ヒュウヒュウと危険な呼吸を繰り返しながら、全身の骨を砕かれた感じの激痛と『生きてる』って実感が戻ってくる。それより、何よりも。



「つーぐちゃん」


 甘い甘い声で、猫のようにすり寄ってくる眼の前の男は、本当にさっきまでの悪鬼羅刹と同一人物なのだろうか。つや消しの黒いグローブが、ザラリと愛おしげに頬を撫でていく。地味に痛い。


「どうどう?さっきの、一撃必殺って感じのヤツ!ふふん、俺も日々進化してるでしょーほめてほめて。でもさっきの、つぐちゃんが実戦みたくナイフだったら死んでたわ。やっぱりナイフ持たせたら、つぐちゃんが一番だよ。誰も勝てない……さっすが俺の旦那様」

「お前の旦那になったつもりはない」


 まだアドレナリンが出ているのか、熱を瞳に浮かべてキスでもして来そうな顔をグイ、と押しやる。まあ、この『最強』に『一番』と言われて悪い気はしないが。俺が溜め息を吐いて立ち上がると、俺よりも微妙に身長が高い大男が、ベタベタとまとわりついて来る。


「ね、もう一回遊ぼうよ。まだ模擬戦まで時間あるんだし!」


 まあ、一回くらいは付き合ってやってもいいか、と口を開きかけた瞬間だった。



 ぴろりん


「……アオ」


 一瞬『無視しよっかな』と言う顔をした男は名残惜しそうに俺から離れ、端末をちらりと確認した。


「あ、はんぞーからだ。新人にメンバーと施設紹介しろってー」


 ポイ、とまた端末を投げ捨てる。従う気はないらしい。



 ぴろりん


「………」


 再び鳴った端末を取り上げて、今度は俺が確認する。



「『バックレたら、一週間は模擬戦抜きだって能登が言ってる』だとさ」

「はぁっ?ナニソレ横暴!クソ能登!だいっきらい!」



 俺に言うな……そもそも、模擬戦を脅しの材料に使われるバトルジャンキーも、なかなか居ないだろうが。



「ちぇっ、めんどーな仕事はさっさと終わらせて、午後の模擬戦楽しもっと……新人いじめ抜く」



 一瞬だけ真顔になって低く呟かれた言葉に、哀れな新人の冥福を祈った。



 *


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る