第3話 カレー

 木曜日。一週間で一番疲れる曜日。

 金曜日だったら「今日が最終日」と思って乗り切れるんだけれど、木曜日はその希望がないんだな。それでも無理矢理起きる。


 いつも通りコンタクトレンズに装着液をたらす。少し刺激がある。睡眠不足が溜まってきたのだろう。少しの刺激は目覚まし効果だと思える。目をつぶってレンズと液を馴染ませる。

 社員食堂でカレーうどんの汁が服に飛ぶ映像が見えた。……え。地味に嫌なやつ。


 出勤して食堂のメニューを確認すると確かにカレーうどんがあった。食べないでおこう。といいますか、汁が飛ぶメニューは避けよう。

 チャーハンにはスープがついている。カレーライスも危険な気がする。麺類は全てアウト。サラダもドレッシングが怖い。最終的に、天丼にした。

 カフェオレを飲みたかったけれどもやめておいた。ウォーターサーバーから水をくむ。


 昼食は何事もなかった。そのあとも一応、お手洗いで手を洗う時に気をつけた。特に変わったこともなく、終業時間を迎えた。

 なんだろう、何も起こらないのも少し怖いけれども対策も出来るのだと知った。



 帰宅して手を洗うのは習慣だった。台所では母親が夕食の準備をしている。


麻衣まい、手を洗ったらその缶詰開けてくれない」

「うん」

 地元のスーパーで売っている、細長い形の缶詰。母はこのタイプの缶詰は開けづらいと言っている。けれども美味しいので買ってくる。これを開けるのは私や父親の役目だった。


 プルタブに指をかける。力を入れるとフタが少し開く。そこからゆっくりと開けてゆく。丸い缶詰ならばスッと開くけれど、細長いのでなかなか開け切らない。

 あと少しで全開、そこからなかなか進まないのだ。いつもここで時間がかかる。

 これ以上ゆっくり開けても全開にならないのは感覚で分かる。私は一気に力を込めた。

 シュッ。実際に音がしたかは分からないが、缶詰のフタは全て開き、本体から離れた。

 ああ、そのショックで私の服に缶詰の汁が飛んだ。ここで慌ててはいけない。

 濡れぶきんと乾いたふきんを用意する。乾いたふきんを服の内側に置き、濡れぶきんで服についた汁を叩く。こうすると幾らかは、しみが取れると聞いたことがある。トントントン……。少しは取れて、いるのだろうか。


「あら、飛んじゃったの? でも良かったわね、白い服じゃなくて」

 私の様子を見て母が声をかける。


「うん、濃い色だから見づらいけれど多分少しは取れた、はず」

 万が一のために、今日は濃紺の服を着ていた。良かった。けれども油ってなかなか取れないんだよね。やっぱり少しショックだ。


 なんだろう、三度も続くとさすがに偶然ではないと思う。少し怖いけれども対策も出来るのが証明された。汁が飛ぶ、は避けられなかったけれども。



 金曜日。ようやく最終日。気持ちにも余裕があるのか今朝は「何が見えるだろう」と心待ちにしていた節もある。

 またカレーうどんが映る、社員食堂で。けれども一緒にいるのは……山口くんだった。

 食堂で山口くんと一緒になるのかな? そしてその条件がカレーうどんってこと? よく分からないけれども前三回から、この映像が予知だという可能性は高いんだから。今日はカレーうどんを頼もうかな。紙エプロン用意しておけばいいかな、なんて。


「今日の夜はカレーよ。会社でカレー食べちゃいけないから先に言っておくわね」


 母親から告げられる。どうしよう……。

 昼にカレーうどんで夜にカレーライスか。カレーライスがかぶらないだけでも幸いだと思えば……いいのかな。

 しかし昼にカレーうどんを食べると夜のカレーライスの魅力は半減する。それは経験上、確実だった。


 しかもこの時期のうちのカレーは、なすカレーなのだ。

 鶏肉となすと玉ねぎのシンプル具材。こっそりにんにくとショウガが入っている。

 なすのとろみと鶏肉の柔らかくもしっかりとした味。にんにくとショウガは細かく刻んでしゃきしゃきとしている。仕上げにトマトの酸味でさっぱりとして、おかわり確実なのだ。

 私はこのなすカレーが大好きだ。おかわりしたい。そのためには昼食にカレーうどんを選択してはいけない。いけないのだ。けれども……。

 

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